出発
あれから三年がたった。
最初こそ衰弱した体を動かすのは大変で筋肉痛に悩まされたけれど、それも数か月もすれば慣れていった。
両親とはまだぎくしゃくとした関係が続いている。
父さんも母さんも僕をいないものとして扱っていたことを気にしているのか距離を感じるし、僕も迷惑をかけ続けてきた両親との接し方がわからない。
両親を恨む気持ちがこれっぽっちもない。
僕がいるせいで生活は困窮し、家族を増やすこともできなかったのだから。
本来なら口減らしされてもおかしくない。
育ててくれたことを感謝こそすれ、恨むなんてできない。
そのことが余計に気を使わせている気もするけれど、僕にはどうすることもできなかった。
とはいえ、僕も家族の一員として家事の手伝いや父さんの仕事の手伝いをする中で全く打ち解けなかったわけじゃない。
何でも話せるような仲じゃないけれど、挨拶はするし雑談も軽い談笑もできる。
このまま数年過ごせば今までの溝なんて気にしなくなれるんじゃないかなと思う。
けど、そうはならない。
僕は今日、この村を出るからだ。
別に黙って出ていこうってわけじゃない。
父さんも母さんも納得して僕の夢を応援してくれた。
女神さまに救ってもらったあの日から僕には神父になるという夢ができた。
女神さまの素晴らしさを多くの人に知ってもらいたい。
少しでも女神さまの力になりたい。
僕の命は女神さまに救ってもらったものなのだから、女神さまのために使いたい。
それが僕の第二の人生の目的だ。
本当は神父様より神殿騎士様になりたかった。
女神様を信じず、邪教のめりこみ、他人を貶める人々を断罪し正しい教えを人々に示す力ず良い存在に。
けれど、僕は非力で体力がない。
体を鍛えようとしたことはあったけれど、女神さまに病気を治してもらっただけで僕は元々病弱だったみたいで、激しい運動をするとすぐに貧血で動けなくなってしまう。
筋トレすらままならない体では神殿騎士なんて到底なれないと諦め、体力がなくてもなれる神父様を目指そうと思ったのだ。
もちろん、体力は多いほうが長く説法を解けるし、遠くの村まで遠征ができるので体力作りは無理のない範囲で続けてはいる。
村を出て僕が向かうのはこの村に一番近い町トールだ。
この街には父さんにつれられて何度も行ったことがある。
村とは比べ物にならないほど大きく、初めて行ったときはとても驚いたものだ。
この街には教会があり、僕は町に行くたびにそこに寄らせてもらっていた。
そこで何度も神父様の説法を聞いたし、僕が神父様になるために見習いとして雇ってほしいと嘆願したのもここになる。
神父様は僕の無茶なお願いを聞き入れてくれた。
本来ならそんなすんなりとは以下ないのだろうけれど、僕は女神さまの祝福を受けたからと、自分の想像よりあっさりと許可がもらえて拍子抜けしたくらいだ。
父さんからも母さんからも反対はでず、成人————つまり十五歳になったら見習いに行ってもいいということになった。
この村にはいい思い出が多いというわけではない。
僕が祝福を受けて最初のほうは村の人々からはれ物に扱うような感じで扱われた。
それでも、収穫祭の時には友人と呼べるものもできたし、大雨の日には村中で力を合わせて作物を守り抜いたり、時には幼子の面倒をさせられたりと、様々な出来事を通して僕はこの村の一員になることができたと思う。
だから、この村をでるのは寂しい。
これからさき、この村のように自分が受け入れられるかわからない。
不安は胸に広がっている。
けど、それを上回るほどに、僕の体は興奮に包まれている。
これから本格的に女神さまについて学べること、神父となって女神さまの役に立てること。
そのことを考えるといてもたってもいられない高揚感が湧き上がってくる。
朝早くから出かける僕を見送ってくれるのは父さんと母さんともう一人。
村の中でも一番仲良くなったフレッド。
彼は村の若手の中でも一番の力自慢で、いつか村を出て冒険者として世界中を回るのが夢なんだと語ってくれた。
彼は僕よりも一つ下で、来年この村を出る。
僕が一足先に出発する形だ。
いってらっしゃい、と母さんからもらった。
体を大事にしろよ、と父さんからもらった。
夢をかなえて来い、とフレッドからもらった。
いってくると、気をつけると、任せろと、伝えて村を出た。
夢をかなえるために。