Happy End Maker
「おめでとうございます!あなた達は無事にハッピーエンドに辿り着きましたわ。」
断頭台であの女はそう叫んだ。その笑顔は本当に幸せそうで…そして狂っていた。
この国の王子もその婚約者である心優しい平民の少女も騎士団長の息子も次期宰相の侯爵子息もそして俺自身もあの女を憎んでいた。
だってそうだろう。あの女は自分の気に入らないものを権力と財力にものを言わせて苛め抜きボロボロにした後に排除した。
病気で動けない父親に成り代わり領の政を恣にし、自己の欲望を叶える道具にした。
その権力を笠に着て逆らえない使用人に対して玩具遊びをする様に暴力を振るった。
領民の税を不当に多く徴収し、国に収める分と徴収した分の差分を自分の懐に収めた。
馬車の前に平民の子供が飛び出してきた時には御者に轢くように命令をし、それに逆らった御者はむち打ちになった上でクビとなった。
王子の婚約者であるにも関わらず、夜の街に繰り出し男遊びに耽った。
何で俺がそんな事を知っているのかって。
俺はあの女の弟で、あの女に幽閉されていたからだ。
そしてあの女は自分の悪事をまるで武勇伝でも語るように地下牢にいる俺に聞かせた。
だから俺達は決起した。
悪政に嘆く民を救うため、虐げられた者の怒りを思い知らせるため、自分の愛する者を守るため。
あの女の悪事は白日の元に晒され、そして今、あの女は断頭台の上にいる。
ストンッ!!!! ボトッ・・・・
ワァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!
あの女の首が落ちる音が響き渡る。
そして次の瞬間、民衆達の歓声が沸き起こる。
何故だろう。みんな幸せになったはずなのに。
王子は悪女を排除し愛する少女と結婚出来るというのに。
騎士団長の息子は理不尽な命令で民を不当に傷つける事が無くなったというのに。
次期宰相は権力者の不正に心を痛めずに済むようになったというのに。
そして俺は公爵位を継いで民の為に良き領主として務めを果たせるようになったというのに。
全く心が晴れない。
理由は分からない。多分あの女が最後まで勝ち誇っていたからだろうか?
あの女は何故自分が死ぬ瞬間に俺達を祝福したのだろうか?
あの女の目的は一体何だったのだろうか?
あの女が本当にただの俗物なら死ぬ間際にあんな勝ち誇った事は言わないだろう。
だがあの女は死んだ。だからその答えは永遠に分からないだろう。
そして何よりそんな事に気持ちを割く余裕などこの国にはない。
あの女が悪政を敷いたツケをこれから支払っていかないといけない。
財政の健全化、騎士団の再編、飢饉への備え、治水事業の再開、街道の整備、橋の建設、ホームレス対策に失業対策。やる事が山積みだ。
おそらく10年間はまともに休みなど取れないだろう。だがやるしかない。
幸いあの女がろくでなしどもを一纏めにしてくれたお陰で、今手元にいるのは善良な者達ばかりだ。
そして何よりあの決起の際に俺を支えてくれ、一生を共にしてくれると誓い合った最愛の女性が隣にいる。
大変だろうがきっと俺達ならやり遂げられるだろう。
それから俺は、俺達は必死に国を良くするため、皆で幸せになるために働いた。
その甲斐もあり、餓死者は少しずつ減っていき、水害も減り、街同士の往来が活発になり、ホームレスはいなくなり、国に活気が戻った。
そしてこれは個人的な事だが俺と妻の間に子供が出来た。それも男の子が2人と女の子が3人。みんな可愛くて仕方がない。それにみんないい子だ。
長男は将来、俺の跡を継ぐと言ってくれているし、次男も兄のサポートをしたいと言っている。娘達も何かしら領や国の役に立てる仕事に就きたいと言ってくれた。
本当に私には出来過ぎた、本当に誇るべき子供達だ。きっと妻の教育と愛情の賜物なのだろう。彼女には本当に頭が上がらない。
そんな忙しくも幸せな日々が続いたが、時間が経つのは本当に早いもので俺は70歳になった。
もう20年前には長男に全ての権限を譲り、それからは妻とゆっくり静かに過ごしていたのだがその妻が先日亡くなった。
俺はぽっかりと胸に穴が開いたような気分で、日々をぼんやりと過ごす事が多くなった。
そしてある時、俺は数十年前に抱いていた疑問を思い出してしまった。
あの女の最後の言葉
『おめでとうございます!あなた達は無事にハッピーエンドに辿り着きました。』
その意味とは一体何だったのか?
どうせ時間はタップリあるんだ。
俺は当時を知るものに話を聞きに行く事にした。
まず向かったのは現在の騎士団長の父親で先代の騎士団長。
あの女が死ぬときにはまだ騎士団長の息子だった男である。
俺は騎士団長の息子だった男に当時の事を聞いてみる事にした。
「なぁ、お前はあの女の最後の言葉をどう思う?」
「そうだな。よく分からん。それにそんな事思い出したくもない。だってそうだろう。あの女は俺達の共通の憎むべき敵だったんだ。」
「それについては同意だ。だがどうにも気持ちが悪いんだ。こう…何かが胸につっかえているというか、喉の奥に魚の小骨が刺さっているというか。」
「…一つ心当たりがある。」
「んッ、それはなんだ?」
「あの女が理不尽に罪もない人に暴力を振るうよう、騎士に命令していたのは知っているな。」
「あぁ、それがどうした。」
「あの女、命令はしたけど、その命令を拒否した者を一度も罰した事がないんだ。」
「はぁ!そりゃどういうことだ!」
「分からん。だが確信はないが仮説ならある。」
「その仮説とは?」
「すまん。これは言えない。言ってしまえば俺達は大義を失う事になる。だから確信を得るまでは聞かないでくれ。」
「…分かった。他の奴にも聞いてみる。」
そう言って俺は騎士団長の息子だった男の元を去った。
次に俺がやって来たのは前宰相、あの女が死ぬときにはまだ次期宰相だった男の所だ。
俺は次期宰相だった男にあの女の最後についての質問をする。
「あの言葉の意味か…どうして今になってそんな事を?
あの女は性根の腐った外道だった。あの女のせいでどれだけの官吏が心を病んだ事か。」
「それは分かる。だが気にならないのか。何故あの女が最後に俺達を祝福したのか。」
「…思い当たる事が無いわけじゃない。」
「なんだ、言ってみろ。」
「あの女、不正を行う事を官吏全員に持ちかけたのだが、逆らった者は別に何の咎も受けていないんだ。
それどころか不正に乗った人間にもっと旨い話があると言って引き抜いて行った。
そのおかげでマンパワーが足りなくなって少し大変だったが、結果的に仕事がうまく回るようになった。」
「はぁ?人が減ったのに仕事が回ったのか?」
「あぁ、その不正に乗った人間はさぼりが酷い連中で、爵位が高いだけのろくでなしだったからな。
まぁ、自分の言う事を聞く人間で周りを固めたかったのかも知れんが。」
「う~む…無能な連中を引き抜いて一体何をしようとしていたんだろうな。」
「分からん。だがもしかすると…」
「何か分かったか?」
「…いや、止めておこう。これを言ってしまったら我々は大義を失う事になってしまう。確信無しでは言えない。」
「そうか…時間を取らせてすまなかったな。他を当たらせてもらうよ。」
そう言って俺は次期宰相だった男の元を去った。
次に俺が訪れたのは王城。
そこにいる前国王と王太后、あの女が死ぬときには王子だった男とその婚約者だった平民の娘である。
俺は王子だった男と平民の娘だった女にあの女の最後について質問する。
「貴様!俺の前であの女の話をするな!あの女は我が妻を苛め抜いた悪女だぞ!!」
「申し訳ありません。軽率な質問でした。確かに王太后陛下の前でする様な話題ではありませんでした。」
「それが分かっていて何故そのような話を口に出した!!」
「はい、陛下。私はあの女の最後の言葉が忘れられないのです。何故あの女は私達を祝福したのか?」
怒り狂う王子だった男を俺が宥める中、平民の娘だった女が疑問に満ちた表情で俺達の話に割って入る。
「ねぇ、あなた。何故私の事でそんなに怒っているの?確かにあの方は民を弾圧したかも知れませんが、私個人に何かした事はありませんわ。」
「えっ!それはどういう事ですか?」
ここに来て情報の食い違い、俺と王子だった男は平民の娘だった女があの女に酷いいじめを受けていたと認識している。
だが平民の娘だった女の認識は違うようだ。それについて俺は2人に確認する事にした。
「私が聞いた話なのですが、王太后陛下はあの女に酷いいじめを受けていたという話です。
例えば厚い教科書を投げつけて怪我をさせたとか、使用人の服を無理やり着せて嘲笑ったとか。」
「それをどこで?確かに私はあの方に教科書を投げられた事はあります。でもそれは私が当時教科書を買うお金が無くてそれを周りに悟られない様にしてくださっての事です。
それに使用人の服とおっしゃいましたが私が当時着ていたものはその使用人の服よりも粗末なものでした。
『ウチの使用人が使わなくなったから処分してくださいませ。』とおっしゃっておりましたわね。どうして使用人の服の処分をお嬢様がするのでしょうね。」
「そんな馬鹿な!私はあの女から直接聞いたのだぞ。『わたくしの婚約者に近づく羽虫がいるから手持ちの教科書を投げつけてやりましたのよ。ちゃんと死んでくれているといいのですけど。』とな。
それに服の件だって『わたくしのものにちょっかいを出した阿婆擦れにふさわしい粗末な服を無理やり着せて差し上げましたのよ。泣きながら許しを懇願する姿は滑稽でしたわ。』と確かに言ったんだ。」
「あら!あの方、あなたにはそのようにおっしゃっておりましたの!」
「…私もあの女の悪事はあの女からしか聞いておりません。陛下、これはもしかすると!」
「あぁ、私達はとんでもない勘違いであの女を断頭台に送ったかも知れない。」
この後俺は勿論、王子だった男も平民の娘だった女も騎士団長の息子だった男も次期宰相だった男も巻き込んで必死にあの女の情報を集めた。
その結果、受け入れがたい事実が判明した。
「あぁ、俺達は何て事をしてしまったんだ。」
「仕方ない…と言いたいがそんな事許されるはずがない。」
「そうだな。断頭台に掛けられるべきはあの女ではなかった。」
「クソ!!どうしてあの女はこんな嘘をついたんだ!!」
「ごめんなさい…あなたの事をみんなに話していればこんな事にならなかったのに!」
結論から言うと、あの女が行った罪は一つだけ。それは自分の罪を捏造した事だ。
あの女が自分の気に入らないものを権力と財力にものを言わせて排除したのは、その者が不正に関わっていたから。
病気で動けない父親に成り代わり領の政を恣にし、自己の欲望を叶える道具にしたと言うのも真っ赤な嘘。本当は自分の手柄だと分からない様に領地運営に心血を注ぎ、善政を敷いていた。
権力を笠に着て逆らえない使用人に対して玩具遊びをする様に暴力を振るったというのも出鱈目。この使用人は貴族の出で平民の使用人を虐めていたのでお灸を据えてやったまで。
領民から多く税を取っていたのは事実だが、それは治水工事や失業者対策の為。
馬車の前に平民の子供が飛び出してきた時には御者に轢くように命令をし、それに逆らった御者はむち打ちにしたというのは完全に事実関係が逆になっていた。本当は子供を轢こうとした御者を引っ叩いて止めたのである。
王子の婚約者であるにも関わらず、夜の街に繰り出し男遊びに耽ったというのは完全に口から出まかせ。そんな事実は一切出てこなかった。
あの女の悪評を追った所、最終的には全てがある一点に集約される。そう、あの女自身だ。
何故あの女がこのような事をしたのか分からない。
だがこれだけは言える。
自分達は間違った情報に踊らされて一人の罪なき女性を断頭台に送ったのだ。
そしてそれはもう取返しが付かない。
今、目の前にある幸せは一人の女性の犠牲で成り立っているものだ。
これを知って幸せになれるほど自分達は人の心を捨ててはいなかった。
全員の目から後悔の涙がこぼれる中、俺は呟く。
「俺は忘れない。あの女…姉さんの事を…」
その後彼等は周りの幸せの為に尽力した。
それがあの女へのせめてもの償いだと信じて。
「以上があなたがお亡くなりになった後の彼等の人生です。」
「くっそ~~!!途中までうまくいっていたのに、どこで失敗したんでしょうかね。ノーラ様。」
そこには羽の生えた銀髪、銀目の10歳くらいの姿をした女神ノーラとプラチナブロンドの髪と青い瞳の20手前くらいの女性、あの女がいた。
「いえ、無理でしょう。あれだけ善行を積み上げておいてそれを全部隠しきるだなんて。」
「いや、前世ではちゃんとやれたんだから今世でも行けると思ったんですけどね。
ほら私の言葉で有名なのがあるでしょう。『パンが無いのでしたらお菓子を食べればいいじゃない』ってやつ。あれって本当は私が言ったやつじゃないんですよ。
それに『赤字夫人』なんて言われてましたけど、国家予算のたった数%しか使えないのにどうやって国庫を破綻させられるって言うのかな。」
「それはあなたがわざとそういう情報を流して自分に敵意を向けたからでしょう。
実はその裏で失業者政策やら炊き出しの為のカンパやら色々やってたなんてほどんどの人は知りません。
何故あなたはいつも自分に民衆の敵意を向けさせるのですか。マリー=アントワネットさん。」
この言葉を受け、プラチナブロンドの女性マリー=アントワネットが自嘲したような笑みを浮かべながら、言葉を紡ぐ。
「あの時のフランスは敵が必要だったんです。
そうしないと人々は傷つけ合い、それがやがて大きな戦禍を生んでいたでしょう。
だから私は諸悪の根源、悪女マリー=アントワネットになったんです。
私ね、みんなの事が大好きなんです。だからみんなには幸せになって欲しいんです。
私という悪党以外誰も憎まなくていい。そんな人生を送って欲しいんです。」
「…それで今回は満足していただけましたか?」
「いえ、最後の最後で大ポカしましたからね。
と、言うわけでもう一回転生お願いします。」
「はぁ…分かりました。まったくなんで満足するまで何度でも転生させるなんて契約をしたのでしょうね。
今度も過去でいいのですか?」
「はい、弟が生まれたタイミングでお願いします。赤ん坊の時だけですから。弟を可愛がれるのは。」
「毎回飽きずによくやりますよね。5歳の弟を周りから守る為に幽閉するだなんて。」
「お父様が病気になってからの公爵家は魔窟ですから仕方ありません。無駄話は結構なので早く転生お願いします。」
「分かりました。今度はちゃんと満足してくださいね。」
こうして光に包まれたマリーは再び転生する。
そしてそれを見送ったノーラがそのまま後ろを振り返る。
「これがあなたのお姉さんの全てです。弟さん。」
「あんたは…こんなものを俺に見せてどうしろと…」
ノーラに全てを教えられた俺は力なく呟く。
それに対してノーラは少し呆れた表情で俺に語り掛ける。
「もう分かっているのでしょう。あなたはちゃんと忘れずにここまで辿り着いたのですから。」
「分かってる。俺は…俺達は姉さんと幸せになりたい。」
「はい、よくできました。ではもう一度頑張って下さい。」
こうして俺も姉さんと同じ様に過去へと転生した。
そして気が付いた時には俺は5歳に戻っていた。
目の前にはプラチナブロンドの少女の姿。俺は彼女に手を引かれて地下室まで連れてこられていた。
「さあ、お父様も虫の息ですし、わたくしがこの家の主ですわ。あなたには申し訳ありませんが邪魔なのでここに閉じ込めさせて頂きますわ。
恨むのなら下衆なわたくしの弟として生まれた自分を恨んでくださいませ。」
「……」
俺は姉さんのその表情に思わず言葉を失う。
何故前回はこんなに悲しそうをしている姉に気づくことが出来なかったのだろう。
俺は無理やり地下牢に俺を押し込めようとする姉さんの手を振り払う。そして、
「姉さん…今までずっと守ってくれてありがとう。」
「えっ?」
困惑する姉さんの胸にしがみつき、かすれた声で呟く。
「今度は俺も戦うから。一緒に幸せになろう。姉さん。」
Happy End Maker 完