青年
「え、魔法……?」
「ん? どうしたの?」
ある日、リクは突如として魔法を覚えた――
「なんか俺魔法覚えてるんだが!!」
「えええええ!?!?」
リクだけに記された魔法一覧を見て、リクは俺の時代来たぜぇ! と両手を突き上げる。
「ねぇねぇどんな魔法なの?」
「んーと、【絆】、対象1人の力を増幅させる……。いや補助系かよ……」
「いいじゃんいいじゃん! 私に使ってみてよ!」
もっと派手な攻撃系が良かった……。とテンションを下げるリクだが、まぁ魔法が使えるだけいいわ! とエリスに向かって右手を突き出す。
「この魔法……詠唱要らないのか……。よし! 行くぞ! 絆ッ!!」
「………………………?」
「ん?」
そこに残されたのは右手を突き出したリクと、こーーい! と両手を広げたエリスの姿のみ。
「はぁぁぁぁ!?つっかえねぇなぁぁ!!」
「いやいやいや! 失敗しただけかもよ! もう1回してみて!」
激怒するリクを慰めるようにエリスは、ね! ほら! ともう一度魔法を行使するよう促す。
「そ、そうだよな……? うっうん、絆ッッッ!!」
「………。う、うおおおお! ち、力が漲ってきたぁぁぁ!!」
「って、ゴラァァァァッッ!!」
「痛いっ!」
一瞬の間の後、これはまずい! と空気を読んだエリスが適当に叫ぶ中、リクはチョップをお見舞いする。
「もうダメだ俺……」
こうしてリクの初魔法は、苦い思い出となった――
「リクのバカ……。私の事本当に好きじゃないんだ……」
使えねぇ! と文句を言うリクを他所に、エリスは何故か不貞腐れるように唇を尖らせた――
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それから数ヶ月の時が経ち――
満月の登る深夜の事だった。
「誰かぁぁぁ! 助けてくれぇぇ!!!」
街から響き渡る阿鼻叫喚に目を覚ましたリクは、何事だと虚ろな目で外に出て絶句した。
「何がありやがった……!!」
目に飛び込んできた光景。
それはあまりにも悲惨なものだった。
「きゃぁぁぁぁっ!!!」
『ウウウウウウ』
「誰かぁぁぁぁ!!!」
「助けてくれぇぇぇ!!!」
蜘蛛の子を散らすように街から逃げようとする街人は、たった一匹の化け物によって赤く染め上げられる。
「は、早く逃げねぇと!」
街のど真ん中で暴れている、上半身が顔の無い人間の様な姿をした蛇の化け物を見て、ガクガクと足を竦ませたリクは、動け俺の足! と無理やりムチを打って動かす。
足が重い、慣れ親しんだこの地面も今は泥沼のように思える。
「あんな化け物と対峙したら即死んじまう!」
魔法使えねぇんだぞ俺は! と当てどころの無い怒りと共に加速して、リクはふと足を止めた。
「エリス……」
街に住むエリスの事を思い出したリクは、ゆっくり後ろを振り返る。
街は燃え、人も沢山死んだであろうその場所を見て、リクは考えてしまう。
エリスがこの世に居ない未来を――
「別にあんな奴いなくたって……」
俺は元々嫌われ者だ。そう頭に擦り込んだリクは頭を振りながら前を向いて再び走り出す。
「あいつに俺は何を貰った? 何も貰って――」
そこまで言いかけて脳裏に過ぎったエリスとの過去の出来事――思い出。
魔法の練習をした日々、晩御飯の余り物を持ってきたと思えば、図々しく家に入り一緒に晩御飯を食べたこともあった、リクが風邪をひいた時には一生懸命看病してくれて、一緒に隣町まで買い物をしに行き、気付けばいつも……。
隣で笑ってくれていた――
「くっそがぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
分からない。
何も分からない。
この心臓の音が、化け物に対する恐怖なのか、エリスを失う恐怖によるものなのか――エリスへの高鳴る気持ちなのか。
それでもリクは理解していた。
「俺は、俺はもっとアイツと一緒にいたい、アイツの笑顔をこの先も見ていたい――」
こうして青年は、一人の女の子の為に走り出した――
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