⑧保健室の落書き【実咲視点】
気が付くと私はダッシュで保健室に向かっていた。
きちんとノックはしたものの、勢いで許可を待たずに扉を開けてしまう。
保険医はそれに特に動じた様子もなく「あら」と小さく答えた。
「あの! さっき一年生の……」
「ああうん。 奥のベッド」
「失礼します!」
教えられると早足で奥のベッドまで向かい、閉じられたカーテンを軽く引き中に入る。
とにかく輝の様子が気になる。
だが、
「──……!?」
私は眼前の光景に、言葉を失った。
そこには輝が安らかな顔で眠っていた。
──何故か大量のペーパーフラワー(行事の際に壁に飾られるやつ)に囲まれて。
(……いやこれどういう状況よ?!)
ハッキリ言って困惑しかない。
「あ、その子大丈夫だから。 ちょっと頭を打っただけよ~。 ただ、寝不足だったみたいでそのまま寝ちゃったの」
「……そう、ですか」
保険医はそう私に説明しつつ「ちょっと席を外すけど、それ片しといてね」とゴミ袋を渡した。
つーか結局なに?この花。
(※輝の友人達のはからいによる『ヒロインっぽさ』を醸す演出)
(しかし……『寝不足』か……)
時折行き詰まってはいたし、それとゲーム下手なのを差し引いても彼は結構な早さでゲームを進めていた。
ジョギングを休んだり、遅れて来たこともない。
……夜中までゲーム、早朝ジョギングなんて、慣れなければキツいよな……
(そんな素振り見せなかったから、気付かなかった)
『クラスの皆応援してるんだから!』という、菜摘の言葉がふと頭に過る。
(そういうトコなんだろうな……)
皆が彼を応援したくなる。
だからきっと、この花も。
……いや、相当意味わからんけどなコレ。
私は保険医に渡されたゴミ袋を広げながら、献花に飾られた風の輝の、安らかな寝顔を見た。
──っていうか改めて縁起でもない演出だな?
誰だよ考えたの。
なんとなく魔が差して、私は近くのホワイトボードの予定表にくっつけられた水性ペンを取り、蓋を開けるとペンの先を輝の頬に向ける。
──ヒタ。
「ふぁ!?」
「お」
ペンをくっつけると、その感触に身体をビクリとさせ、書く前に起きてしまった。
「えっ……えっ? うわっ何コレ?! ……花?」
輝は自分が倒れて運ばれたことをきちんと認識していなかったらしく、見事に狼狽えている。
「具合はどうだ」
「先輩ッ……えっ……ええと、大丈夫ですが……この花は?」
「それは知らん。 君は倒れたんだ、寝不足で」
「あ……」
寝不足がバレたことが気まずかったのか、彼は小さくなって「すみません」と言う。
……私に謝ることじゃないだろそれ。
(馬鹿だな)
そう思った。
小さな苛立ちと、それ以上のくすぐったいような歯痒いような……そんな色々と混ざった、妙な気持ちで。
「ところでなにを書こうとしてたんですか?」
花を片付けながら、彼は先程の頬の落書き未遂について尋ねた。
「……やっぱり『バカ』とか? ですか?」
「──……まあ」
『バカ』とか言う割に、その顔は嬉しそう。
……そう思うなら何故そんな顔をしているんだ。
「そんなところだ」
「うわ~酷いなぁ」
『酷い』と言いながらもやっぱり輝は何故か嬉しそうで、その間抜けな顔に、私も笑った。