②朝のジョギング【実咲視点】
健康と体力、体型の維持に欠かせないのは、地道なトレーニング……なによりその継続である。
ヲタクにそれが必要か……と尋ねられたらこう答える。
『真のゲーヲタにこそ必要なのだ』と。
なにぶん時間は限られている。
深夜に及ぶまでゲームに心血を注ぐ身としては、肉体の健康は必須……
また小遣いでゲームを購入しているからには、万が一にも成績を落とす等の愚行を働くべきではないだろうし、そんなことをすれば『ゲームなどしていないで勉強をしろ』等と言われかねない。そしてバイト等に時間を割くならばゲームをしたい。
社会人になった暁には、ゲームに収入と余暇を注ぎ込む予定である為、就職先の選択肢を広げるのに学業の成績は大切だ。
学業とゲームを両立する為には、睡眠時間を削らねばならない。
故に体型はともかくとしても、健康な身体と体力は重要であると言える。
──そんな持論を語るに至ったのは、質問してきた相手がいるからに他ならない。
「うわ~流石ですね、先輩ッ!」
キラキラした目でそう宣う、謎の陽キャ後輩である。
『一緒に走りたい』とは言われたものの、朝の5時だ。
彼の家がどこなのかは知らないが、まさか本当に来るとは思わなかった。
……流石に眠そうだが。
「あっ! 先輩『仮スパ』さっそくやりました! まだ序盤ですが!!」
…………まさかゲームまでやるとは更に思っていなかった。
(そりゃ聞かれて答えはしたが……)
「『乙女ゲーム』って初めてですが、なかなか面白いですね! 確かにバルバロッサ大佐、カッコイイです!!」
(ははぁ……コイツ、やった態で媚を売ろうとしているな?)
そう思った私だったが、
「『弛まぬ努力……それはお前の力になる……』とかめっちゃカッコイイですよね!」
「!」
や っ て た 。
その台詞ひとつなら、『どうせネットで調べたに違いない』とか思うところだが、ヤツはバルバロッサ大佐関係ないミニゲームの詳細まで熱く語りだしたのである。
乙女ゲームと侮る勿れ──『仮スパ』のミニゲームは、ゲーム好きには堪らない名作パズルゲームのリスペクトを感じさせつつ、チビキャラの魅力をふんだんに散りばめた素晴らしい仕様……
ちなみにバルバロッサ大佐の台詞は、最初の彼のミニゲームをギリギリでクリアした時に出る台詞である。
……ゲームは下手くそなようだ。
「序盤でこう言うのもなんですが……」
「なんだ?」
「バルバロッサ大佐……カッコイイんですが、めっちゃ僕に塩対応で……」
彼はそう泣きそうな顔で言った後、小声で「本当にあれ恋愛シミュレーションですか……? ゲームも難しいし」と漏らした。
当然である。
大佐は超硬派……難易度Sキャラだ。
(だが、バルバロッサ大佐のエピソード1まで辿り着くとは……)
ストーリー構成上バルバロッサ大佐の最初のストーリーエピソード(※最初のミニゲーム開放)まで四時間は掛かる。
ゲームの下手さを考えると、眠そうなのはそのせいかもしれない。
(……ま、最初のうちだけだろ)
そう思っていた。
だが、私の予想は裏切られた。
彼……依田 輝は、毎朝やって来た。
しかも、着実にゲーム進めている。
そして、ほぼゲームの話しかしない。
それなりにハマったらしく、割と熱く語ってくる。
──なんなんだろう、コイツ。
そうは思いつつ、私もゲームの話は楽しいのでつい乗ってしまう。
これはいつの間にか、彼のペースに乗せられているのでは……とチラッと脳内に過るも、別段迷惑ではないのでそのままにしている。
更に言うと攻略本ナシでやっている様子。
ゲーマーとしてその姿勢には好感が持てるものの、ちょいちょい分岐で間違った選択をしている。
……それではバルバロッサ大佐は攻略できないぞ?
教えてあげないけど。