6-13・面白い人間たち
もさもさの長い黒髪が風に揺れる。
遅れて白いワンピースの裾もそよぐ。
真っ赤に目を腫らしながら、澄麗は想いを伝えた。
克崇にとっては漫画を描いてプレゼントするなんて当たり前で些細なことだったかもしれない。けれど澄麗にとっては世界を変えてしまうくらいの出来事だった。
「だからずっと蔵御にいてほしかったの。私の住む町でずっと一緒にいてほしかったの。私の隣にいてほしかったの。遠くへ行かないでほしかったの」
――重たくて、迷惑で、気持ち悪い。好きな人の夢すら応援できない醜い私の気持ちなんか。
「でも、もう諦める」
――溶けてなくなってしまえばいい。
「克崇くんは夢を追って、東京に戻って。もう蔵御には戻らないでいいから。また面白い漫画を描いてたくさんの人を笑顔にしてね。私はずっと蔵御にいる。……遠くであなたが頑張ってる、それだけでこれから先も生きていけるから」
想いの丈を叫んだ澄麗は踵を返そうとするが。
「待った」
克崇は澄麗の腕を優しく掴んだ。
「勝手に俺の気持ちを決めないでくれ」
返事なんか聞きたくもないのに、澄麗は克崇の腕を振り払えない。
――腕に触れられた。それだけで泣きたくなるくらい嬉しいなんて、私は本当に馬鹿だ。
澄麗が振り返らないままでも、克崇は言葉を紡ぐのをやめない。
「驚いたけど、その……嬉しかった」
素直に感じたままに彼は伝える。
「澄麗には嫌われてると思ってたから、すごく意外で……。あ、でも部屋のクローゼットで俺の写真とか漫画がいっぱいあったの見つけてからは隠れファンなのかとは思ってたけど……」
克崇のファンでも、克崇の漫画が好きなわけでもなくて、澄麗は克崇自身が大好きだった。
だが克崇本人に好意がまったく届いてなかったわけでもないようで。
「それで、さっき思い出したんだが、漫画を描いてみんなが笑ってくれるのは嬉しかったけど澄麗が笑ってくれた時は、なんか違う気がしたんだ。心臓が気持ち悪いくらい暴れて、むず痒くて大変だったんだ。これ、なんだかわかるか?」
「わ、わかんない……。心臓の病気かな……」
当事者が答えを見つけられずにいると、今まで静観していたコン様が「カーッ!」と牙を剥いた。
「黙って聞いていればなんじゃとはなんじゃ! それくらい幼稚園児でもわかるぞ」
両前足をクロスさせてハートマークを作って動かすコン様を見て、克崇は雷に打たれたように飛び上がった。
「ま、待ってくれ。つまり、俺のほうが先に澄麗のことを好きになっていたってことか!」
あの尋常じゃない心臓の脈動は『澄麗の笑顔が可愛くて恋に落ちた』と伝えていたのだが、恋とわからずに命の危機と勘違いした克崇の脳は感情をセーブし、『鈍感モード』を稼働させることで己の命を守ったのだった。
克崇と澄麗は朝焼けぐらいに顔を真っ赤にしている。
「そんな……! もっと早く教えてくれたら……」
「澄麗こそもう少しわかりやすくしてくれよ。というかさっき『蔵御には戻らないでいい』って言ってたけど、それは取り消してくれ」
「うっ、うん?」
「これから先も挫けたり立ち直れなくなったり、前を向けなくなる時があると思うから。そういう時に澄麗がいる蔵御に帰りたいんだ」
夢を叶え続けることからの逃げ道ではなく、夢を叶え続ける中で挫けかけた時にもう一度立ち上がる力をくれる大切な味方として、蔵御や澄麗の力を借りる。それなら不誠実にはならないだろう。
「……いや、本当は俺もずっと……。……い、いや、なんでもない」
言いかけた言葉を飲み込んで、克崇は澄麗の顔を窺った。
澄麗はもじもじとして、こそばゆそうだ。
「一緒にはいられなくても、克崇くんの帰る場所になれるなら、悪くないかも……」
「そうか」
「で、でもやっぱりダメ」
「なんでだ」
「私は克崇くんにずっと蔵御にいてほしいの」
「さっきと言ってることが逆じゃないか」
「こ、こっちが本心に決まってるでしょ。なんでわからないの。克崇くん鈍感すぎ……」
「鈍感で悪かったな」
上手に話せなかった時間を取り戻すように二人は口喧嘩をする。
人間たちの恋模様を愛おしそうに見守りながらコン様は笑った。
「コッコッコ、本当に人間は面白いのう」




