1-3・フォックスランドへようこそ
言われるまま左に顔を向けると三メートルは優に超える巨大な猿の置物が視界に入った。
両手を上げた猿の置物は『ようこそフォックスランドへ!』と書かれた看板を持っている。
フォックスと名前が入っているのに入口に猿の置物があるという、ツッコミどころ満載なこの場所は蔵御町の隣、黒岩市の北西部にある狐の飼育と展示をしている動物園兼テーマパークである『フォックウランド』だ。
森の中にある放し飼いコーナーでは放牧されてのびのびと過ごす狐たちを間近で眺められ、ふれあいコーナーでは飼育員の指導のもと狐を抱っこすることもできる。
ここの狐たちはすべて人工繁殖されているため、エキノコックス症に感染する心配はない。思う存分眺められるしモフモフできる。
克崇は幼なじみの誰かから澄麗はここの売店でバイトをしていると聞いていた。休日に自分の職場に遊びに来たことになるが澄麗は気にする素振りもない。駐車場に原付を止めると、ヘルメットを脱ぎ捨てて迷いない足取りで入口へ向かっていた。
澄麗が自分の前を歩くなんて珍しい。
感心しながらついていく克崇に澄麗はここでの目的を話し始めた。
「ここで『あやかしスタンプラリー』のひとつめをこなすのじゃ」
エントランスで「年パスで!」とドヤ顔で入場する澄麗と、普通に入場料を払う克崇。
すると受付の女性スタッフが同僚の澄麗に気づくと安堵の表情を見せた。
「嶺川さん、元気そうでよかった……」
「皆には迷惑をかけてすまぬ。来月から復帰できるはずじゃから心配するな」
狐耳にのじゃ口調の澄麗に平然と対応するとは、訓練されたスタッフさんだ……。
などと彼女たちの会話のシリアスさとは温度差のある感想を抱いた克崇。
受付の女性スタッフは襟を正すと、他の観光客に接する時と同じように穏やかな態度で園内での注意事項を説明した。
一通り説明を聞き終え「楽しんできてくださいね」とにこやかに見送られると、澄麗は勝手知ったる様子で柵に囲われた放し飼いコーナーへ向かった。
「克崇よ。おぬしが、ここに来るのは数年ぶりだな?」
「そうだな」
克崇がフォックスランドに初めて訪れたのは小学校の校外学習の時。それから年に数回ほど通ったが上京してからは足を運んでいない。
久々に訪れる狐たちの世界に、克崇は緊張しながら一歩踏み出す。
すると、二人を歓迎するようにたくさんの狐たちが出迎えてくれた。
油揚げ色のキタキツネ、黒と銀のギンギツネ、白銀の雪を思わせるプラチナギツネなど、様々な種類の狐たちが自由に走り回ったり、じゃれあったり、木陰や小屋の中で昼寝をしている。
狐たちを観察して克崇は気づいた。今の澄麗の髪の色はいろんな狐たちの毛色をミックスしたようなカラーリングだと。
――初めて見た時は衝撃が大きかったけど、見慣れてくると狐に似ていてお洒落かもな。
「わしらに見惚れてないで、こっちへ来い」
澄麗に促されて傾斜のある森の中の通路を進むと、二人を導くように数匹の狐が現れた。
彼らに誘われるまま数分ほど歩くと、真っ赤な鳥居が何本も立ち並び、奥に狛犬ならぬ二対の狛狐と鳥居と同じ色をした小さな神社が見えてきた。
案内を終えた狐たちは鳥居の近くで遊び始めた。
澄麗は狐たちを優しく見守っている。
克崇は写真を撮ってみることにした。
スマホの画面に映った鳥居と狐と狐耳の澄麗は、どこか現実離れした光景だが味がある。
「ここは『金々稲荷神社』じゃ」
画面の中で澄麗はカメラに気づくと、むふーんと胸を張って神社の由緒を話し始めた。
「昔この地で遠くから来た商人が旅の途中で出会った子狐の可愛さにモフモフキュンになった。商人は子狐に何度も魚を与え、子狐は大層喜んだ。それからしばらくして商人が再びこの辺に商売に来たんじゃが道に迷ってしまった。その時に現れたのがなんじゃと思う?」
「わかった。猿だろ」
入口の猿の置物の伏線がここで回収されると確信した克崇だったが、コン様は首を振った。
「正解は謎の美女に化けた母狐のわしじゃよ」
「マジか」
猿の置物の正体が気になった克崇は後で調べてみた。あれはフォックスランドのファンからのプレゼントらしい。しかし猿をチョイスした理由は結局わからなかった。
「マジだ。ついでに言えば子狐もわしじゃ」
「まさか商人もおまえなのか?」
「わしじゃ! と言いたいが、それは違う」
商人以外のキャストの狐が全員澄麗に憑りついている狐の神様だったなんて、製作費が控えめな昔話だ。
「子狐にお腹いっぱい魚をくれたお礼に母狐は商人を助け、加護を与えた。やがて商人は商いを成功させて大金持ちになった。だが商人は謙虚じゃった。『突然の大成功ヒストリーの仕掛け人はあの美女だ。きっと彼女は御稲荷様の化身だったのだろう』と感謝を込めて、ここに『金々稲荷神社』を建てたそうじゃ」