1-2・いざ出発
ごっどの湯がある温泉街から国道四百五十七号線を南へ進み、途中で右折し県道五一号線へ。
緑溢れる山中の県道を原付で駆ける。運転手は原付の持ち主である澄麗、後ろに座る克崇は澄麗の腰にしがみついて振り落とされないようにするのが精いっぱいだった。
急カーブや急坂を越えるたびに「イヤッホコーン!」と奇声を上げる澄麗は初めての運転かのようなはしゃぎっぷりだ。
「克崇よ。久々の故郷の道は楽しいか?」
「おまえの運転が荒くて楽しくない」
「わしは楽しいぞ。自分の足でなく乗り物で地を駆けるのは爽快じゃ」
どんどんスピードを上げていく澄麗を止めるのは難しそうだ。
克崇は自分が蔵御町を離れた二年半の間に澄麗になにがあったのかと思考を巡らせる。
しかし、なに一つ思い浮かばない。
克崇は高校を卒業後『漫画家になる夢を叶えるまで絶対に故郷に帰らない』『自分から蔵御の幼なじみたちとは連絡を取り合わない』という誓いを胸に上京した。
東京から遠く離れた東北の小さな田舎町でだって夢を掴むことはできただろう。通信技術が発達したことで、住む場所が都会でも田舎でも漫画家になる上でハンデにはならない時代だ。
それでも彼は東京を目指した。生まれ育った町を飛び出して外の世界を知りたかったから。
克崇は上京してすぐに週刊誌の人気作家のアシスタントにこぎつけ、一年半ほど修行する中でオリジナル漫画『なきにしもあらず』を制作し大賞に挑戦。それが受賞しデビューに至った。
でき過ぎたシナリオはここまで。デビュー作は半年ほどで打ち切りになってしまい、それからは読み切りや連載に向けて新作を用意するもどれも鳴かず飛ばず。
憧れの東京は一度だけは夢を叶えてくれたものの、夢を叶え続ける力を与えてくれなかった。
そんなこんなで上京してから二年半が経った七月の終わりのある日。克崇が置いてきた故郷の町に今も住み続けている澄麗からメッセージが届き現在に至る。
「ココン! 風に乗ってわしはどこまでも行けそうじゃぁ」
そう、彼の目の前で夏風を味方に原付を爆走させている彼女からだ。
澄麗は小学生の時に両親の仕事の都合で蔵御町に引っ越してきた。少子高齢化や過疎化が進み子供が少なく、通える学校が限られていたため克崇と澄麗は小中高同じ学び舎で育った。
澄麗はいつも俯いてみんなの後をついてくる子だった。そのせいか他の幼なじみたちと比べると克崇とは心の距離がある。
二人の関係は何人かいる幼なじみのうちの一人といったところだが、学生時代にだってメールや電話をロクにしなかった澄麗からメッセージが来れば心が揺れ動くもの。
「一度夢を叶えたから蔵御に帰ってもいいかな」とか「久々に地元の友達や家族に会いたいな」とか「都会の喧騒を離れて田舎でのんびりしよう」なんて考えてしまうのも仕方がない。
いざ帰郷すればその澄麗が変になっているなんて、神様は克崇になにを求めているのやら。
ちょうど目の前に神様がいるし直接答えを聞くのが早いだろうと、克崇は口を開きかけるが。
「目的地に到着したのじゃ。運転お疲れさまでした、わし!」
カーナビの音声の真似をした澄麗の声に遮られる。
「そして左手をご覧あれ」