1-1・狐耳に麦わら帽子に白ワンピで狐の神様に憑りつかれた幼なじみと忘れられない夏休みの始まり
――八月七日午前十一時・蔵御町観光案内所の傍の『ごっどの湯』足湯にておぬしを待つ。
果たし状にしか見えないメッセージを真に受け、約束の場所に向かった瀧見克崇が見たものは変わり果てた幼なじみの姿だった。
瓦の載った四阿の下に石造りの足湯があり、湯口付近の席に彼女は座っていた。
白いワンピースに麦わら帽子という夏が見せた幻の少女のごとき服装に、金や銀や白に地毛の黒が混ざったもさもさの長い髪。極めつけは頭に狐耳まで載せているときた。
尻尾は生えていないため、どこか不完全な印象を受けるが、狐を擬人化した女の子のキャラクターのコスプレ姿に違いない。
呆然と立ち尽くす克崇に彼女は親しげに挨拶をした。
「克崇か、久しいの。わしじゃよ、わし。嶺川澄麗じゃよ」
わし? のぅ? じゃよ?
しばらく会わない間に見た目だけでなく、喋り方も変わってしまったのか。
「そんなところに突っ立ってないで、おぬしも足湯に浸かるといい」
真夏日だというのに足湯に浸かろうとするのは、足湯が珍しくてはしゃぐ観光客くらいしかいない。しかも熱々の湯口付近に浸かる人はもっといない。
「いや、せっかくじゃし『ごっどの湯』でひとっ風呂浴びていこうかの。おぬしも一緒にどうじゃ。混浴ってやつじゃの」
克崇の知る澄麗は内気で恥ずかしがり屋な女の子だった。自分から混浴を提案するなんて大胆な発言はしない。
そもそもこんなにハキハキと話すところなんて見たこともない。彼女はいつもぼそぼそと小声で話す子だった。
だから克崇は彼女の隣に座らずに八月の太陽に背を向けて問う。
「おまえは誰だ?」
「さっきも言ったじゃろ。わしはおぬしの幼なじみの嶺川澄麗じゃよ」
一瞬も目を離さない。隙を見せない。後ずさりなんてしない。
「嘘はやめろ。澄麗に化けるなら、もっと練習をしておくべきだったな」
克崇が化けの皮を剥いでやると意気込んでいると、彼女はクツクツと喉を鳴らした。
「あっさりバレてしまうとはのぅ。さすがは幼なじみの絆というやつか」
「気に入った!」と膝を打ち、彼女は足湯の浴槽に立ち上がると宣言した。
「瀧見克崇よ、澄麗とわしの三人で『あやかしスタンプラリー』をするのじゃ」
意気揚々とイベントの開催を宣言されても彼女が何者かわからないままでは一緒に遊びたくない。克崇はチベットスナギツネのような目になって黙る。
「これ、そんな顔をするな。バレたからにはちゃんと名乗る。ようく聞くがいい」
ニシシと人間にはそぐわない鋭い犬歯を見せて彼女は笑った。
「わしは狐の神様じゃ。理由あって澄麗に憑依している」
克崇が「はぁ」と溜息で返すと彼女はぷりぷりと怒り出す。
「おぬし、これっぽっちも信じとらんな、けしからーん!」
こうして克崇は狐耳に麦わら帽子に白ワンピで狐の神様に憑りつかれた幼なじみと忘れられない夏休みを過ごすことになった。