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魔界冒険譚  作者: ASOBIVA
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8話 執事の意図

行き倒れた僕を拾ってくれたのは、

かつて魔界を治めた魔王とその執事だった。


二人は主従の割に、気安い関係のように見えた。


元魔王の雰囲気が妙にゆるいせいかもしれない。


僕を助けたのは成り行きで、彼らに害意はないという。


その言葉に嘘はなさそうで、僕は二人に気を許し始めていた。


だから、救い上げられた分叩き落されれば辛くなる。


まさか生まれ育った村や母さんの話題から、

彼らが僕を転生者だと見抜くだなんて思わなかった。


二人が部屋を出ていってすぐ、

僕はふかふかのベッドの中で丸くなった。


ひどく頭が痛んだし、体が泥のように重たかった。


もう何も考えたくなかった。


目の前の全てから逃げるように。


僕は暗闇に沈んでいった。


気づけば、とうに日は暮れていた。


ガタンという大きな音に、僕の意識は現実に引き戻される。


執事が部屋のドアを蹴り開けたらしい。


(執事って足癖が悪いものだっけ…)


少しだけ引いたけれど、口には出さなかった。


彼女が足を使った理由がすぐに分かったからだ。


食事の盆で、彼女の両手はふさがっていた。


「夕食だ、食える分だけ食いな」


「あ、ありがとうございます」


一瞬狼狽えるが、それでもなんとかお礼の言葉を口にする。


喉がからからなせいで、随分ぶっきらぼうな口調になってしまった。


執事は特に気にした風もなく、

お盆をベッドのサイドスタンドに置いた。


ただよってきた香りに、お腹がきゅうと鳴る。


「食い終わったら、そこに置いとけ」


「はい」


さばさばとした執事の態度に僕はそっと胸をなでおろす。


下手に気遣われるより、

事務的に対応してもらえた方が気が楽だ。


用はすませたとばかりに、執事はドアを閉めた。


と思ったら、言いたい事があったのかまたドアが開けられた。


「そうそう、毒なんて入れてないよ。だから安心しな」


つぶやきだけ勝手に残して、今度こそドアは完全に閉められた。


屋敷の地下室で過ごした1年の間、

食事は1日1食、ちゃんと運ばれていた。


簡素とはいえ、まともな食事がほとんどだった。


そう、ほとんど。


ヨゼが気まぐれを起こして、毒を盛った日を除けば。


もちろん致死量の毒ではなかったし、後で治癒された。


ヨゼにとっては、医療実験の延長線だったのだろう。


毒だって苦しかったけれど、拷問よりはずっとましだった。


それでも、数少ない安心が

奪われた記憶はずっと僕の中で影を落としていた。


じっとお盆に並べられた料理を見る。


ほかほかと湯気の立つスープにパン、

あとは肉と野菜のテリーヌだろうか。


いかにも手作りの家庭料理といった感じだ。


生きるために、食事は必要だ。


怖くても、ずっと食べないわけにはいかない。


恐る恐る、スープに口をつけた。


小さく切って

テリーヌとパンを食べた。


(おいしい…)


あたたかな、懐かしい味だった。

気づけば泣きながら、必死に食べていた。


思っていたよりずっと、体も心も飢えていた。


料理を作ってくれたのは、執事の彼女だろうか。


それとも別に料理人がいるのか。


人の温もりがうれしくて、だからこそ怖かった。


もし、他人を信じて、そして裏切られたら?


一度止まってしまえば、

再び動き出すのにはより大きな力がいる。


今の僕に、そんな力はきっと残されていない。


体は大丈夫でも、心が耐えられなくなる。


「逃げよう。誰もいない場所なら生きていけるはずだ」


この先どうなるにせよ、

こんな温かい食事は人生最後になるかもしれない。


一欠片一滴だって残したくなくて、皿を抱え込む。


生きるために、僕は食べる。


そして、生きるために、逃げるのだ。


夜も更けたころ、僕は部屋を抜け出した。


ドアに鍵はかかっていなかった。


音を立てないように、そうっとドアを閉める。


「礼すらまともに言わずに去るのか?」


淡々と、声が僕に問う。


振り返ると、そこには執事がいた。


壁にもたれながら、感情の見えない目で僕を見つめている。


「まあ礼うんぬんはいいよ。でもお前、当てはあるのか?」


痛いところを突かれて、僕はうつむく。


誰もいない場所なら、きっと生きていける。


でも、そんな場所がこの魔界のどこかに本当にあるのか。


あったとしても、地理すらあやふやな僕がたどり着けるのか。


執事のため息が、廊下に響く。


「ないよな!!」


強い言葉で言い切られる。


彼女は、僕が置かれている状況を

把握し、僕以上に冷静な判断を下していた。


路地で倒れていた僕を

介抱したときに、彼女は身体検査を行っていた。


そこで、うなじに刻まれていた従紋を見つけていたらしい。


ヨゼが死んだ後も、契約の名残がしつこく残っていたのだろう。


数刻もしないうちに、紋章は今度こそ

きれいさっぱり消えた。


主人を殺して逃げた元奴隷。


しかも転生者。


末路なんてたかがしれている。


執事は容赦なく僕に現実を突きつける。


いわく、闇取引で高値取引されている魔人の子供


ましてどう扱っても文句を言われない転生者なら、

どこに行こうが商品として追われ続ける未来が待っている。


食い物も寝床もない状態で

子供が生きていけるほど魔界は甘くない


遅かれ早かれ待つのは、無惨な死でしかない。


「絶望的な状況ってやつだな」


彼女の言葉に、僕は怒りを覚えた。


言われなくても分かっていたとも。


わざわざ残酷な現実を知らしめて、何が楽しい。


ふざけるな。


理不尽な八つ当たりだと、もちろん自覚していた。


彼女の言葉は残酷だが正しい。


僕はただ、目をそらしていただけだ。


「さて、お前に提案だ」


執事がにやっと笑って、何かを床に放り投げた。


カラカラ音を立てて転がってきたそれは、

ナイフだった。


刃にはきちんとカバーがかかっており、

使い込まれた様子がうかがえる。


「朝に時間をやる。そのナイフで私に傷をつけてみるがいい」


「手段は問わん。一筋でも傷を負わせれば、

お前の安全な暮らしは保証してやろう」


王の名に懸けて誓ってやってもいい

そう言って彼女は挑戦的な笑みを浮かべた。


「ただし、できなければその日一日

私の言葉に全て従ってもらおう」


「危害は加えんし、期限は設けん。

傷を負わせられるまで毎朝挑んでくるがいい」


確かに悪くない条件だ。


ただ何のために、執事は


こんな話を持ち掛けてきたのだろう?


僕は、今何を試されているのだろう?


僕と彼女の間に火花が散る。


「自分一人でなんとかなると思うのなら、

ここから去ればいい。今度は止めん」


「挑むのならナイフを取るがいい。

朝に備えて、とっとと部屋に戻って寝ろ!」


執事は不敵に笑って、決断を迫る。


今、この瞬間に選ばなくちゃいけない。


僕は――――――


「どっちだ!」


執事の大きな声と、言葉の圧に、ぐっと歯をかみしめた。


痛いほどに、こぶしを握り締める。


退いてたまるか。


逃げ続ける人生なんてごめんだ。


ナイフを手に取って、切っ先を執事に向ける。


負けたくない。


目の前の彼女にも、わけのわからない運命にも

何より自分自身に負けてたまるか。


心を奮い立たせろ。


覚悟を決めろ。


さあ、勝負だ。


やってやる。

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