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魔界冒険譚  作者: ASOBIVA
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5話 絶望

僕を買った男、ヨゼ・ヤトロスは医者だった。


そして、子供のように人を痛めつけては楽しむ

拷問マニアでもあった。


僕の部屋として与えられた

地下室は拷問のための装置であふれている。


鞭で打たれ、恐怖で心が折れそうになりながら、

それでも僕は諦めていなかった。


初日の鞭打ちが終わり、

ヨゼが部屋を出ていった後、

僕は壁の鎖から解放された。


ヨゼが使った治癒のマギアの効果で、

体の傷もなくなっている。


ヨゼがマギアの話をしたおかげで分かった。


無知で無力なマギアとは縁のない子供。


それが、僕に対するヨゼの認識だ。


傷は癒えても、記憶にこびりついて取る事の出来ない恐怖と痛みを思い出し、

僕は自分の体をぎゅっと抱きしめた。


マギアのことを教えてくれた母さんはこう話していた。


「貴方にはマギアがあるはず。

自覚していなくても、いつか使えるようになる」と。


だからこそ、その力を

誰にも知られないように

立ち回れと生きる知恵として伝えたのだ。


いまだ定かではない僕の切り札、眠る力「マギア」


それが、僕に残された希望だった。


ヨゼは毎日のように、なぶっては治癒、なぶっては治癒を

繰り返した。


治癒のマギアを毎日受けるのだ。


少しでもマギアのヒントにつながらないか。


最初の1ヶ月くらいは、まだそんな思いがあった。


痛みにうめき、やめてと叫びつつも

ヨゼを観察できるだけの余力があった。


ヨゼはさすが医者だった。


魔人の身体や心の仕組みを熟知し、

壊れる一歩手前で拷問を止め癒やしを与える。


いつだったか、ヨゼは僕を痛めつけながら楽しそうにこんな話をした。


彼いわく、破壊と再生はセットなのだ。


骨は折れると、再生してより太くなる。


筋肉は繊維が断裂した後、より強度を増して回復する。


様々な症例を診ながら、彼は好奇心にまかせて研究を続けた。


どこまでが許容される破壊なのか、

どこまで生命は鮮やかに再生するのか。


なんて楽しい、なんて面白い!


興味はとどまるところを知らなかった。


ヨゼはやがて、とても表には出せない医療実験すら

奴隷で試していくようになった。


生命を相手にするとき、ヨゼは神になった心地だった。


魔界を統治する魔王すら上回るほどの万能感。


生かすも殺すもヨゼが全てを決められる。


もっと全てを壊したい。


もっと全てを治したい。


そうして、命をなぶる快感、

希少なモノを壊す高揚を彼は得ていったのだ。


その話を聴いたときの僕の感情は言葉にできなかった。


狂っている、おかしい、確かにそう思うのに、

彼を詰ることもできなかった。


ただ、彼の見ている世界と

僕の見ている世界はきっと交わることはない。


僕はただ生きたかった。


彼の世界を壊しても、自分の人生を生き抜きたかった。


ヨゼは仕事が終わると、

すぐに僕の部屋に来ては、鎖につないだ。


僕を相手に飽きることなく、

様々な拷問や過酷な医療実験を施しては、癒やすのだ。


僕が限界を迎えないように、

ヨゼは拷問や実験が終われば鎖の拘束を外した。


鎖で縛られていなければ

屋敷から逃げられるのでは、と考え

ヨゼが部屋に鍵をかけ忘れた偶然を見計らい、

脱走したこともあった。


結果どうなったか?


僕は、さらに絶望することになった。


当然だ。


僕の心を折るためにヨゼが仕掛けた罠だったのだから。


階段を駆け上がり、屋敷のエントランスから

一歩外に出ようとした瞬間、頭に響いたのは「戻ってこい!」

というヨゼの命令だった。


正気に戻った頃には僕はまた鎖に繋がれていた。


ヨゼは楽しそうに笑いながらこう尋ねた。


「最初で最後の脱走ごっこ、楽しかったかい?」


僕は悟った。


つかの間の自由は、彼の手の内で

遊ばれていただけにすぎない。


距離は関係なく、従紋がある限り

僕はヨゼからは解放されないのだ。


地下室に閉じ込められてから、

僕はヨゼ以外の人とは会えなくなった。


かつて僕の世界を占めていた記憶の中の母さんが、

ヨゼが与える痛みに塗りつぶされていく。


一度だけ、召使いの女性を見かけたことがあった。


弱っていた僕は、思わず「助けて下さい!」と彼女にすがった。


僕の姿が彼女にどう映ったのかは分からない。


驚き、哀れみ、そしておそらく憎しみをもって、彼女は僕を見た。


何一つ言葉を発することなく、

着替えと食料を置いて彼女は立ち去った。


鍵をかける音が響いて、扉は閉ざされた。


それから、着替えと一日一食の食料は毎朝届くのに、

彼女の姿は見なくなった。


頼れそうな人はいない。


助けてくれる誰かを願っても、現実は何も変えられない。


それだけが、心にすとんと落ちてきた事実だった。


だから、僕は知らない。


彼女が「一定時間、特定の人物を記憶から消す」

マギアの持ち主であることを。


かつて僕と同じように売られた彼女が拷問で

心を折られながら生きながらえたことも。


そして、マギアが評価され召使いとして

自分よりも強い支配を受けながら働いていたことも。


マギアの効果が切れ記憶が戻った後、僕の存在を思い出し

助けようと彼女が苦しんでいたことも僕は何一つ知らなかった。


毎日毎日、痛みと治癒が繰り返される。


癒やされるということは、

終わりがなく明日が来るということだ。


また痛みが来る…


ヨゼのマギアの観察も何もかも、考えられなくなっていった。


3ヶ月たてば、怯えは懇願になった。


自分が何の罪を犯したのか、もうどうか許してほしい。


6ヶ月たつころには、憎悪になった。


やり返してやる、殺してやる。


胸のうちにとぐろを巻く熱は

マギアの片鱗なのか、ただの殺意なのか。


自分で自分がよく分からなかった。


1年たてば、毎朝起きるたびに絶望した。


もう無理だ、いっそ殺してくれ。


生きると決めた決意は壊れる一歩手前だった。


とうに、壊れていてもおかしくなかったと思う。


部屋でうずくまり、いきなりわめいたり、

泣き出したり、笑いだしたり。


僕を観察していたヨゼが「そろそろ限界か」と

何度もぼやいていた。


壊れる寸前の僕を引き止めていたのは、

眠っているときの夢だ。


6ヶ月がすぎる頃から、

夢の中でも苦痛と治癒のループが繰り広げられていた。


現実と変わらない悪夢は、

頭をやさしくなでてくれる感触で終わりを告げる。


まるで母さんのように、無条件に僕を慈しんでくれた手。


幻のような温もりが、僕をヒトとしてつなぎとめていた。


力のたまった器は、表面張力ぎりぎりを保っている。


あと少しで、あふれるのか。


先に器が壊れるのか。


雫が落ちる。


転機は突然だった。


いつもと変わらないある日、ヨゼは見たこともない

輝きをした刃物を手に、部屋を訪れた。


「今日はとても貴重な物が手に入りましたよ。

魔殺の鋼で作られたナイフです」


ヨゼは宝物を見せびらかすように、

自慢気に笑っている。


ただし、ヨゼの「宝物」はいつだってひどく物騒で、

僕の心身を脅かすものだ。


ヨゼが言うに、魔殺の鋼というのは

魔物の体に入ると細胞を破壊する

毒のような作用をもつ特殊な金属らしい。


「今日はこれの実験をしましょう。実際にどのようになるのか」


ヨゼはどうやら、おもちゃの耐久寿命はもう限界だと判断したらしい。


だから最後にとっておきを使って遊ぼうと決めたようだ。


「私も使うのは初めてでしてね、楽しみですね…」


ぎらりと光る刃が僕に向けられる。


僕の心臓に向かって、刃が。


心臓を一突き。


母さんのように。


あっけなく、一瞬で僕は殺される。


「く、来るな」


もう終わりたいとあれだけ願った。


生きていても苦しいだけだから、殺してくれと思った。


でも、思い出した。


僕を守って母さんは死んだ。


僕は、生きると約束した。


「やめてッ」


ヨゼは笑いながら、一歩一歩近づいてくる。


怖い、それでも生きなきゃ。


生きて、この魔界を。


熱い何かが、ぶわっと溢れ出す。


器からあふれる力を留める縛りはもう、いらない。

昨日投稿が出来なかった為、2話連続で投稿させて頂きます☆彡

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