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魔界冒険譚  作者: ASOBIVA
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18話 魔王の真実

毎朝繰り返した勝負の勝利条件は、

ナイフで先生に傷を負わせること。


魔素欠で最後の一手が届かなかったものの、

確実に刃が届く状況まで追い込んだことで僕は

半分だけの勝ちを認められた。


もちろん僕としては色んな意味で納得のいかない判定だ。


最後の詰めを誤ったのなら、先生を傷つけたくないという

甘さの表れでもあった。


どう考えても負けでしかない。


でもどうしても情を捨てられない


僕は、先生に見限られるのを覚悟した。


半分だけの勝利報酬は働き口の紹介。


きっと追い出されるのだろうと、そう思った。


でも、彼女はこう僕を誘ったのだ。


「王と私を手伝ってはくれないか?」


僕に用意された新しい道。


運命を決める選択肢が目の前に差し出される。


「『執事』やるか?」


その問いかけに、僕は即座に反応した。


迷いなんてあるはずがない。


「やります!!!」


僕の答えを聞いて、先生は大きく頷いた。


かと思うと、くるりと背を翻してそのままドアへと向かっていく。


「いい返事返ってきましたよ、聞こえていたでしょう?」


コンコンと先生はドアを叩いて、

向こう側にいる誰かへと声をかけた。


僕たちの様子をこっそり伺っていた誰か。


そんなの一人しか思い浮かばない。


「というわけで、ちゃんと雇ってやってくださいよ。


ね、マオウサマ!」


やっぱり王様が盗み聞きをしていたらしい。


しばらくして、開いたドアから

バツの悪そうな顔をした彼が姿を現した。


「バレてたか…話は聞いてたよ」


カツカツと靴音を立てながら部屋に入ってくると、

王様は僕たちのすぐ側の椅子に腰掛けた。


「即決してくれたのはうれしい。でもな」


ふうっと彼が大きく息を吐く音が聞こえる。


何を言われるのか、僕はどぎまぎしながら続きを待った。


「話さなければならないことが、あるんだ…


それを聞いてから改めて、決め直してほしい」


ごくり、とツバを飲み込んだ。


彼の声が今までに

聞いたことがないほど重たく響く。


「実はな…」


慎重に言葉を選びながら、

ゆっくりと彼は話を切り出した。


「お前が捕まって奴隷にされたのは、俺のせいなんだよ」


何を言われたのだろうと思った。


想像すらしなかった内容に、僕の理解が追いつかない。


ただ反射的に、どういうことなのかと

声に出していた。


説明がほしくてたまらなかった。


「少し昔話を聞いてくれるか」


彼の問いかけに僕はただ頷いた。


先生は何も言わずに、僕らのやりとりを傍らで見守っていた。


僕を転生者として生まれさせ、育ててくれたミテス母さんは

かつて彼に仕えていたらしい。


オークとはいえそこらの魔人よりも優秀な部下で、

信頼を置いていたそうだ。


「大抵の魔物は魔人を恐れるか媚びるんだが…

俺を叱るオークなんてミテスくらいだったな」


彼は懐かしそうに、僕の知らない母さんの昔を語る。


相手が魔王でもひるまないあたり、実に母さんらしいと思った。


異世界から魂を招き転生者を生み出す転生の儀は、魔界における禁呪だ。


それでも、彼はかつての部下であるミテスに命じ、儀式を行った。


「今の魔界の有様は、教えたよな?」


僕は、首を縦にふる。


奴隷の解放を目指したのも、その話がきっかけだったからだ。


現在の魔界に君臨する王の名はフィクスター。


奴が魔界にもたらしたものは、血と涙ばかりだ。


奴隷の貿易、奴隷を利用した非人道的な実験を許容し、

各地で紛争やテロが起きていても知らぬふりを続ける愚かな王。


むしろ愉悦とばかりに、各地の惨劇の裏で糸を引き、

事態を加速させているという噂すらある。


「魔界をなんとか救いたかった。それだけだったんだ。

世界の理の外の転生者の力を借りたいほどに、俺たちは行き詰まっていた」


王様は静かにうなだれる。


まるで懺悔のようだった。


転生を終えたあと、ミテス母さんは彼らに

定期的に報告を上げていたらしい。


転生者の生育状況、周囲の治安の変化など

彼らはずっと文面ごしに僕らを見守っていた。


「時々、親バカみたいな報告も混じっていたけどな」


思い出したように、王様は笑う。


実の子でなくても愛されていた証のようで、

僕の頬がついゆるんでしまう。


(ちょっと気恥ずかしいけど、どんな報告してたんだろう。母さん…)


いつか見せてもらおうと思う。


彼らの計画は最初、上手くいっていたらしい。


誰にも気取られずに、僕という転生者を守り育てていた。


けれど、平穏は2年で崩れ去った。


「どこからかバレて、ミテスは殺されて

お前の行方はわからなくなって…」


マギアも使えない転生者の子供が生き延びられる可能性はきわめて低い。


転生者の子供もきっと殺されてしまった、と彼らは絶望したらしい。


部下のミテスが命をかけて行った儀式を無駄にした。


自分たちの都合で生まれさせた命を救うことができなかった。


転生の儀をもう一度行うにはあまりにリスクが高すぎた。


悔やんで嘆いて、そうして気づいた。


子供の死体を彼らはまだ見つけていなかった。


もしかしたら生きているかもしれない。


そんな一縷の望みを捨てずに、情報を集め

彼らは「僕」を探し続けた。


偶然、路地裏で僕を拾うまでずっと。


「だから、お前の口からミテスの名が出てきた時は驚いた」


いもしない魔界の神に思わず感謝した、と彼は笑った。


生きていてくれて良かったと思う反面彼は考えてしまったらしい。


執事から報告を受けた従紋の名残、見つけたときの衰弱具合。


彼を探していた1年の間、奴隷として想像も

できない目にあってきたのだろう。


もし転生の儀を行わなければ。


魔界を救ってほしいなんて勝手な願いを押し付けなければ。


苦しみばかりが多い新たな生を、

この魔界で得ることもなかっただろうに。


「生きているのはいいことだ、なんてこの魔界じゃ言えやしない」


だから、と彼は言葉をつなぐ。


「償えることがあるなら何でもするよ。

自害しろと言われても、甘んじて受ける」


この言葉はさすがに聞き逃がせなかったらしい。


珍しく顔に焦りを浮かばせて、先生が制止の声をかけようとした。


が、一瞬でキンッと空気が張り詰める。


さすがは王様。


視線の圧だけで、執事の動きを制してしまう。


邪魔をするな、とその目は雄弁に語っていた。


自分が仕える王のことだ。


執事は誰より知っていた。


その覚悟も、後悔も、何もかも。


逆らってでも止めたいとは思う。


けれど、できない。


唇をかみながら、執事は一歩引く。


執事は王の望みを叶える者。


全てを見届けることだけが彼女の王が今望むことだった。


明かされた事実を、ひとつひとつ飲み込んでいく。


目の前で母さんが殺されたのに何も出来なかった無力な自分。


痛くて苦しくて、いっそ殺してくれと

泣きわめいた奴隷の1年間。


僕の力でヨゼを殺した瞬間、

マグマのように溢れ出した激情全てが僕の記憶だ。


何一つ、消えずに刻まれている。


目の前で僕の言葉を二人は待っている。


告げる答えはもう、自分の中に浮かんでいた。

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