17話 僕のやりたい事
王様と先生と、3人で暮らした3年間
破天荒な二人にしばしば振り回されて、
修行も合わせて毎日くたくた。
それでも毎日が温かくて、幸せで。
こんな日がずっと続けばいいと、本気で思った。
それでも、僕にはやりたいことができてしまった。
誰にどう言われても、やり遂げたいと願ってしまった。
それは、『奴隷の解放』。
きっかけは、いつのことだっただろう。
二人に様々なことを教わっていくなかで、
僕は魔界の現状を知った。
転生者は迫害される。
それは事実だ。
でも正確には少し違う。
転生者だけじゃない。
希少価値のある者・利用できる者
そして力の弱い者はことごとく迫害を受けていた。
転生者は殺されることも多いらしいが、
大半は奴隷として売買される。
売られた先の扱いなんて、当然ろくなものじゃない。
僕を拷問していたヨゼはまだマシな部類だったなんて
まさか想像もしなかった。
玩具や実験材料としての扱いではあった。
痛めつけられ、心身を壊されて…死ぬ寸前まで追い込まれた。
それでも少なくても食事や服は提供された。
拘束する鎖だって、外してもらえる時間もあった。
僕の人間としての最低限の尊厳は、
ぎりぎりのラインではあったが保障されていた。
最悪の場合、奴隷がもつ全ての
尊厳が主人によって奪われる。
従紋を使って互いを殺し合わせたり、
言葉に出来ないような辱めを与えたり。
苦しんでいる奴隷たちを笑いながら
鑑賞する遊びだってあるらしい。
いろいろな事例を詳しく教わったが、
正直思い出したくもない。
ただ、胸の奥にあったくすぶりに一気に火が付いた。
かつて僕を奴隷として扱った者たちへの復讐だろうか。
僕以上に今も迫害される奴隷たちへの同情だろうか。
それとも、子供じみた正義感なのか。
自分でもよく分からなかった。
偽善だとしてもいい、どうせ自分のためだ。
僕は僕のために、虐げられる彼らに自由にしたいと思った。
きっとそうすれば、どんな底辺からだって
新しい世界が拓けていくはずだ。
そう、王様と先生が僕に見せてくれたように、
(だから、覚悟を決めたつもりだったのに…)
僕は甘かった。
『目的のためになら情を捨てる覚悟』
先生の忠告はきっと何も間違っていない。
でも、心がその言葉を拒ぶのだ。
「先生…」
思いのままに、僕は声を絞り出す。
「僕は、必ずしも非道にならなきゃいけないんでしょうか…
情を捨てなきゃ、全ての甘さを捨てなきゃ、目的は本当に果たせませんか…?」
奴隷として扱われる者たちを助けたいと願うのだって、僕の甘さだ。
二人に助けてもらったからこそ生まれた情だ。
それをどうしても捨てたくないと、思ってしまった。
先生は、ただ静かに僕の言葉を聞いていた。
呆れたり笑ったりすることもない。
凪いだ水面のような表情からは、彼女の感情を伺うことができない。
「とりあえず、勝ったときの約束の報酬を半分渡すことにしよう」
僕が尋ねたこととはぜんぜん違う方向から、
先生の答えが返ってきた。
「お前に働き口を紹介してやる」
なるほど。
僕が甘さを捨てきれなかったから、
半分勝ちということにして追い出すのだろう。
見込みがない弟子だと、見限られたのかもしれない。
(これからはひとりで生きていくのか…)
さっきの言葉は混じりけのない
本音だったし、言ったことに後悔はしない。
それでも、やっぱり終わりは寂しい。
自分が招いたのなら、なおさらだ。
うつむきながら、先生の言う新しい働き口の情報に耳を傾けた。
どんな場所にやられたとしても、やるべきことを果たそう。
落ち込んでいく意識を強引に切り替える。
「最近、あのバカ王の世話がなかなか大変で一人ではきつくてな」
と思ったら、いきなり先生の愚痴が始まった。
(口では悪く言うけど、王様の面倒みるの好きなくせになあ、この人…)
僕の先生は有能な執事だけれど、素直じゃない。
困惑しつつ、僕は口を挟まずに話の続きを促した。
「…でな、もうひとり執事がほしいと思っていたところだったんだ」
がばりと顔をあげて、彼女の顔を直視する。
この話の流れでいうなら、まさか。
「それって、つまり…」
僕の言葉を先生は遮って、こう声をかけた。
「つまり、だ。王と私を手伝ってはくれないか?
奴隷の解放は私達も目指していることのひとつ。
なら、方向性は同じと見た」
にやっと先生が執事として笑う。
「『執事』やるか?」
僕の運命を左右する問いが、投げられた。