16話 情を捨てる覚悟
どうやったら先生に勝てるのか。
3年間、考えなかった日は1日もない。
原動力となる想い自体は180度変化した。
王様や先生に対しては、今や感謝しかない。
それでも、いやだからこそ勝つために。
ひたすらイメージを積み重ねては、修正し続けた。
自分よりも強い相手だ。
彼女の性格的に油断を誘えないことも分かっている。
どうすればいいのか。
考えて考えて、たどり着いた勝利のイメージはたったひとつ。
『彼女の強さを逆手に取る』
それしかないと思った。
本来ないはずの手を考えさせ、思い込みをつくる。
警戒をとかないことで、逆に制限を作る。
狙うなら、鍛えることの出来ない感覚器だろう。
鋭すぎる感覚は、逆に足を引っ張ってしまうものだ。
大まかに決めた方向性のもと、
持ちうる手札を全て洗い出して組み合わせて。
あとはひたすら脳内でシミュレーションを重ねた。
確信に近いレベルまで、イメージを固め続けた。
それでも、博打の要素は強かったけれど。
(これで、おしまい)
僕の放った雷のマギアが、先生の視界を灼く。
あとは彼女が視界を回復する前に、傷を負わせるだけ。
限界ギリギリ、もう体は動かない。
残された力で、浮かせたナイフを彼女に突き立て…ることができなかった。
(やばい、魔素が、足りな…)
フラッシュに全力で魔素を注ぎすぎたらしい。
ナイフをもう1ミリですら動かす力は残っていなかった。
それどころか、意識を保つことさえもうできそうにない。
視界が歪む。
ナイフと一緒に、僕の体が地面に落ちていく。
(負けちゃったな、ああでも)
僕は気づいてしまった。
思ってしまった。
(やっぱり、彼女が傷つかなくてよかった)
傷つけなくては勝てないのに。
負けた悔しさと、同じくらい僕は安堵してしまったから。
バカみたいだと自嘲しながら、僕は意識を手放した。
目を覚ますと、天井が見えた。
見覚えのある景色だ。
僕はどうやら自室のベッドに寝かされていたらしい。
「起きたか、お前ほんと魔素欠は学習しないよな」
声の方向に目線を向けると、ベッド脇の椅子には先生がいた。
どうやら僕を介抱したあと、
本を読みながら目覚めを待っていてくれたらしい。
本が読めるのなら、
目潰しからはもう回復できたのだろう。
「すみません…」
謝りながら、僕はベッドから体を起こす。
少し体がふらつくようだ。
最初にマギアの基礎を
教わったときにも魔素欠を起こした。
それから制御ができるにも関わらず
ついうっかり使いすぎて倒れること数回。
そのたびに、先生は呆れながら介抱してくれていた。
(大事な勝負のときに魔素欠で負けるなんて…)
笑い話にもならない決着を
迎えたのに、僕はあまり落ち込んではいなかった。
ただ、先生はどう思ったのだろう。
それだけが気になった。
僕の様子を横目で見ながら、
先生はぱらぱらと本のページを弄んでいる。
しばらくしてから、深くため息をついて、ぽつりとこう零した。
「まあ、何にせよオメデトウ。勝負はお前の勝ちだよ」
告げられた言葉に、僕は呆然とする。
勝利条件は、僕が先生をナイフで傷つけること。
でも、あと一歩のところでその条件を果たせなかった。
それなのに、なぜ。
「正確には勝ち確定の状況は作れたが、勝ちを決めるのをやめたってところか」
「半分達成ってとこだけど、一応勝ちにしといてやるよ」
僕は、その言葉にうつむく。
勝ちと言われても、釈然としなかった。
「でも」
先生が僕を鋭い目で見つめた。
ひどく重たい声で、忠告だと僕に言葉を告げていく。
「あの甘さは捨てろ。目的のために情を捨てる覚悟を持て」
僕は何も言えなかった。
彼女は、気づいてしまったのだろう。
大事な人を傷つけずにすんでよかった。
ナイフが動かなくなった瞬間、
僕の心がそう喜んだことを見抜いてしまった。
覚悟を貫くこと、非情になってでもやり抜くこと。
それは確かに大事なことなのだろう。
それでも、それでも僕は。
僕の守りたいものは、きっと。
「僕は…」
先生にどうしても教えてほしいことがあった。
どう思われたとしても、今確認しなくては前に進めない。
僕は、必死に口を開いた。