15話 勝負の行方
時間を味方にできるかどうかは、本人のやる気次第。
そう思っていた。
転生者だから、ある程度の才能は備えているだろう。
でも、才能という石をどこまで
磨き上げられるかは未知数だった。
(3年間は生きてるな)
改めて執事は思った。
目の前の少年の一番の才能は、素直さなのかもしれない。
王や自分の教えることを、とことんやり抜いた。
ときにこちらの想像を超えて、求めた以上の成果を出した。
(楽しい)
強者との戦いは心が躍る。
まして、相手が愛弟子なら、なおのことだ。
今日の日まで少年が隠し持っていた切り札、特殊型のマギア。
その力で、浮かび上がった数多のナイフに自分を
襲わせているのは間違いないが。
(ナイフを増やす力?それとも操る力?…どうもしっくりこないな)
ほんの少し思索にふけっていると、またナイフが飛んでくる。
なるほど…敵に情報が分析されるのを防ぐ、教えたセオリー通りだ。
執事は首を傾けて、刃を躱す。
(師匠として、負けられんな)
そしてにやりと笑う。
長期戦は悪手だ、それは僕にも分かっていた。
相手は格上だ、切り札のマギア
だって時間を与えれば解き明かされる。
そうすればもう勝ち目は薄くなる。
相手にとって警戒すべき不
明な要素が多いうちに、一気に決めるが最善。
迷うな。
全部を賭けるのは今、この瞬間を置いて他にない!
全ての刃と僕自身とを限界まで加速させる。
疾走れ、疾走れ、疾走れ!
先行したナイフが一本、二本…
全てあっさりと先生に避けられていく。
大丈夫、どんなに兵が倒れても
目的を達すれば勝負は勝ち。
無駄な手数すらも、想定範囲内だ。
(これで決めなきゃ、終わりだ)
勝ちたいのなら方法はひとつ。
僕の内側にある勝利のイメージを具現化させればいい。
確実な方法ではないけれど、
ハイリスクハイリターン、上等だ。
僕は、手に持ったナイフを宙高く放り投げた。
高く高く、ナイフが青い空に弧を描いた。
きっと数秒後に地面へと一目散に落ちていくだろう。
でも僕は、その行方には一切目もくれない。
ただ、目を凝らして先生の反応を伺っていた。
動いたものを反射的に目で
追いかけてしまうのは生物の本能だ。
しかも、目の前で武器が投げられれば、
いくら達人でも意識は逸れる。
思い込みは、人の行動を制限する。
だって僕のマギアは、ナイフを操るのかもしれない。
空に向かった刃は、一気に奇襲攻撃を
かけてくるのかもしれない。
きっと彼女はほんの少しでもそう考えたに違いない。
僕のマギアが正体不明のままだから、
警戒をきっと緩めない。
熟練者だからこそ、反射行動は
防衛本能と直結する。
彼女が本能を制御できるかどうかは賭けだった
ああほら、やっぱり。
僕のイメージは間違っていなかった。
先生は一瞬、視線を宙に泳がせる。
時間にして1秒あるかないか。
彼女はきっとすぐに
僕の意図を見透かして、次の行動に移る。
この刹那の隙が、最大のチャンスだ。
「本命は下か!」
視線誘導を仕掛けたことに気づいたらしい。
彼女がバッと体ごと視線を僕に向けた。
勢いよく、その目に僕の姿を捉えたことだろう。
僕と執事の視線が交わる。
きっと今、僕は笑みを浮かべているだろう。
全てが、計算通り。
(大丈夫、これなら、勝てる)
内にある蛇口を全力で捻る。
コンマゼロ秒、発動は一瞬だ。
溢れ出た爆流はそのまま
僕のイメージに合わせた属性へと変換される。
制御・操作・変化、マギアの基礎の三段階。
最初に教わった基礎の基礎を、
3年間何度繰り返しただろう。
預かっていた魔道具の壺は
使い込みすぎて壊れる一歩手前だったらしい。
眠っていても力を操れるほどに、
僕が地道に積み上げてきた3年間。
きっと、何一つ、無駄じゃなかった。
光を、ここに。
狙いに気づかれたとしても、もう間に合わない。
雷の速さからは、誰も逃げられない。
さあ、今こそ全力で解き放つ。
属性「雷」のマギア、フラッシュ!
王様が教えてくれた目くらましの力だ。
攻撃力なんて少しもなくて、いたずらに最適で。
子供すら使えるお遊びのマギア。
(教わったことが、役に立ちましたよ…)
思い切り力を注げば、お遊びの光だって
凶悪な武器へと変貌する。
今打てる手札のなかで、勝負を決め打つ
最強のジョーカーがこれだった。
「くそ、目が…ッ」
暴力的なほどの雷光が、僕の手の内から放たれた。
そして、執事の視界を灼き尽くす。
3年間続いた僕たちの勝負が、いよいよ終わる。