14話 3年という月日
あっという間の3年間だった。
何も分かっていなかった僕に、
たくさんのものを与えてもらった。
温かな日々にそのまま浸っていたいとすら思った。
でも、どうしてもやりたいことがある。
僕は、助けてくれた人たちの恩に報いたい。
彼らに誇れる僕でありたい。
それに何より、心に決めたことを
やり抜く男のほうがかっこいい。
力が必要だった。
強さを身に付けなくてはいけなかった。
心からの感謝を込めて、僕は先生に勝つ。
「今日こそ、先生に勝たせていただきます」
ぐっと力をこめて、僕は先生に正対する。
「3年で私より強くなったつもりか?」
挑発するように、彼女は僕を笑う。
確かに執事は強い。
純粋な実力差ではまだ僕は彼女に追いつけない。
だからこそ、温めてきた切り札が活かされる。
先生にすら隠して、磨き続けた僕だけの力。
さあ、今こそ解放しよう。
「万物の傀儡師」
僕の力で、背後に無数の刃が浮かび上がる。
「このマギアで、僕は勝ちます。そしてやり遂げます」
「この魔界で虐げられ、
奴隷になっている人たちを僕は解放する!」
僕は、決意を初めて口に出た。
覚悟は受け取ったとばかりに、力の具現たる刃がさらに強く輝いた。
「口だけは立派だな。それがお前のマギア、か」
執事は目の前で展開されたマギアを観察する。
防御や反撃といったパッシブではなく、
攻撃を仕掛けていくアクティブな力のようだ。
切り札は隠し持つこそ、
ここぞというときに最大の効果を発揮する。
弟子の強かさを、彼女は内心で高く評価していた。
(少しは本気になったほうがよさそうか)
臨戦態勢をとって、視線を交わす。
互いに言葉は発しない。
木の葉が風に擦れる音が耳に入ってくる。
あとは、かすかな呼吸音だけが空間を満たしている。
『相手に情報を与えるな』
『与えるなら、都合のいい情報だけ。先入観を利用しろ』
先生が教えてくれた教訓の数々を僕は思い出す。
彼女相手に、口で惑わすことは今の僕には難しい。
なら、沈黙こそが最善。
視線をそらさずに、静かに刃を向ける。
『激情は胸に秘めておけ。自分が不利なときほど、頭を働かせろ』
『感情で暴走すれば、負けは必然。
逆に、自分を律することができるなら
どんな状況でも勝機は見つかる』
教わったことに忠実に、自分の心と体をコントロールする。
「そうだ、それでいい」
弟子の成長を確かめて、執事は微笑んだ。
きっといい勝負になるだろう。
僕は手に握ったナイフをわずかに動かした。
先生の意識を誘導してからの、初撃。
狙いは、相手を崩すことだ。
草むらに潜ませておいた刃をまず一本。
僕のマギアによってナイフは
急加速し、執事の背後から急所を狙い撃つ。
相手に意識させないタイミングで、
視野の外から仕掛ければ一撃必殺の攻撃になりうる。
イメージ通りに、初手は仕掛けることができた。
が、先生はやっぱり甘くない。
ノールックのシングルアクション。
気配を察知し、最小の動きで刃を避けてみせた。
もちろん、避けられることも想定内だ。
無駄のない動きで回避したとしても、
その一瞬生まれる隙を逃さない。
(僕の意志に従え!)
浮かんでいた刃を、断続的に仕掛けていく。
闇雲な手数で勝てる相手じゃない。
一本一本を狙いすませ、避けるであろう方向にはさらに刃を向かわる。
(やっぱり避けられる…違う、もっと読めないパターンを組み込むんだ)
先生の動きをひたすら目で追う。
イメージを修正しろ。
避けられて当たり前じゃない、獲物に刃が届く未来を実現させろ。
焦りは邪魔だ。
冷静に、追い詰めろ。
涼し気な笑みすら浮かべている、あの獲物の余裕を奪い取る…!
刃と僕は一心同体だ。
僕は指揮官であり、一人の兵でもある。
避けられた刃は、地面に突き刺さっていく。
チェスと同じ、全ての兵はただ王を獲るためだけに動くのだ。
気配を殺し、間合いを測る。
チャンスは一瞬だ。
逃すな。
刃の動きに紛らわせて、やるなら一気に。
(今だ!)
距離を詰めて、僕は跳んだ。
全ての手数は、この一瞬をつくりだすためだった。
先生の背後をとる。
がら空きの首へと、僕はためらいなく刃をふるった。
死角からの一閃は最高のタイミングで決まった、はずだった。
(あ、だめだ)
当たるイメージが、揺らぐ。
「いい攻撃だったが、まだまだだな!」
数秒後、無傷で笑っていたのは執事の方だった。
むしろ、反撃をくらってしまったのだから笑えない。
刹那の攻防を振り返る。
タイミングは完璧だった。
先生が飛んで回避できるだけの余裕はなかったはずだ。
恐ろしいのは、彼女の咄嗟の判断力と戦闘センスだ。
回避が間に合わないと踏んだから
こそ、あえて体勢を崩して刃の軌道から外れたのだ。
重心がかかっていた片足の力を抜けば、普通ならそのまま倒れ込む。
もしそうなっていれば、僕の追撃はあっさり成功して
今頃勝てていたはずだ。
だが、そうは問屋がおろさない。
(まさか遠心力を使って、立て直すなんて…)
ぐるんと執事の体がひねり、反撃体勢に転じる。
思わぬ展開に、不意を突かれたのは僕の方だった。
先生の強烈なアッパーが
僕の顎に決まり、体がふっとばされる。
そうして、また振り出しだ。
3年の間、実力差は身に沁みて分かっていたはずだ。
それでも、目の前の彼女はきっとまだ本気を出していない。
僕の獲物は、やっぱりとんでもないバケモノだった。