12話 マギア制御の仕方
元魔王と執事、彼らと縁ができてわずか2日。
それでも、二人の人となりは少しずつつかめてきた。
元魔王は表面的上はゆるくてちゃらんぽらん。
でも、時折驚くほどの鋭さを感じさせる。
かつて魔界を治めていたくらいだ
僕が思う以上に曲者なのだろう。
執事は見かけは細身の女性だが、
性格は勝ち気で男勝りに見える。
僕よりも頭が回るはずなのに、
肝心なところを力で押し切っていくタイプ。
(それが悪いわけじゃないんだけど…)
はっきり言おう。
体育会系すぎて、実技指導には向いてない人だ。
マギアの仕組みや魔素との
関連を教えてくれたところまではよかった。
自分のマギアを使いこなすために、
僕がすべきことは魔素の出力を制御すること。
だから、先生である執事に
やり方を尋ねたわけだけれど、即こう返された。
「ない!マギアは全て感覚重視だからな。
上手い奴は上手い!下手な奴は下手!」
あははと楽しそうに彼女は笑っているが、
何の答えにもなっちゃいない。
「んな、雑な…」
思わず心の声を口に出してしまう。
そんな指示だけでどうにかできる
なら、簡単に魔界最強になれそうだ。
もちろん、そんな能力が
あるわけがないので単なる冗談だけれど。
呆気にとられている僕に、
執事は手足をぷらぷらと揺らしてぼやく。
「だってなあ、マギアっていうのは身体機能みたいなもんだぞ。
手足の動かし方なんて、教わって動かすものか?」
なるほど、感覚重視というわけだ。
僕は自分の手のひらを見つめながら、
握って開いてを繰り返す。
どうやって手を動かすか、
なんて尋ねられても僕だって困ってしまうだろう。
(とはいえ、マギアを使うイメージがまだよくわからないしなあ)
とっさに使えたときには、命の危機だった。
火事場の馬鹿力というやつだ。
感覚をつかむ余裕なんてなかったのは仕方ない。
「そうだなあ、あえて言うなら蛇口か」
思いついたように、執事はぽんとキーワードを口にした。
「蛇口を捻って、出したい水の量を調節する。
言われてみれば、そんなイメージで使ってるな」
執事はそれだけ言い放つと、地面にごろんと横になった。
これでも本当に説明は終わりらしい。
彼女から与えられた課題は2つ。
まずは魔素を体の外に漏らさないようにすること。
それができたら、ゼロから一気に限界値ぎりぎりまで
魔素を放出すること。
「できたら起こしな」
寝転んだまま、ひらひらと彼女の手が振られる。
とことん放置の姿勢を決めたらしい。
(まったく、自由な人だよなあ)
ため息をついたところで状況は何も変わらない。
少ないヒントをもとに、
魔素を使いこなすコツを体で会得するしかない。
(蛇口、か…)
僕は目をつぶる。
まぶたの裏に、思い描くのはかつて生まれ育った家の台所
採ってきた木の実を母さんと二人で洗って食べた。
鈍色の金属の管を水は絶えず流れている。
今の僕の状態は、ハンドルを締めきれていない状態だ。
ぼたぼたと水が漏れ落ちている。
だから、ハンドルをぎゅっと捻る。
ちょっと捻っただけじゃ、完全には閉まらない。
ぽたん、ぽたんと水滴落ちていく。
だからもっと、もっと念入りに力を入れる。
締りのよくないハンドルを全力で捻る。
ぽたん、ぽた、ぽた…流れが、止まった。
(あれ、もしかして出来た?)
せき止めた、と思った。
流れ自体は体の中にあるまま、
外に行けずに渦を巻いている。
(割と簡単、だった…)
蛇口のイメージのおかげで、魔素の流れを明確につかめている。
今の感覚を忘れないうちに、次の段階に進んでしまおう。
漏れがなくなった力は、
今か今かとあふれ出る瞬間を待っている。
流れを通す管を壊さない程度に、
今度は全力でハンドルを逆に捻るだけ。
さあ、全力でいこう。
蛇口に手をかけて、ぐっと握る。
さっき固く締めた力を逆回し。
いざ、解き放て!
僕は目を見開いた。
蛇口からは、管自体を壊しそうな勢いで
膨大な水が爆発した。
(これが、僕のマギア。僕の力…)
壊す前に、もう一度蛇口を捻る。
ぎゅっと力をこめて、流れの全てを堰き止めた。
ぜいぜいと荒い息を吐く。
「で、できた…」
力の流れを感知した執事は、
とっくに起き上がって僕を見つめていた。
自分の内に集中しすぎて、気づかなかっただけだ。
執事の口元はひきつっていた。
見えない魔素を制御する訓練は、基礎とはいえ難易度は高い。
センスがよい者でも一週間はかかるのが普通だ。
(おいおい…)
それを1時間もかからずに、あっさりと成し遂げた。
とんでもない才能の片鱗を、彼女は目の当たりにしていた。
「つ、次…教えて下さい」
彼女の内心に気づかないまま、僕は彼女に続きを乞うた。
今ならいける、もっと先に進める。
そんな確信があった。
「生意気な…」
執事は薄く笑みを浮かべて、ある魔道具を取り出した。
一見、ただの古ぼけた壺だが重要なのは中につまった砂の方だ。
魔素の操作に合わせて動く砂は見えない力の流れを可視化する。
つまり、訓練に最適の便利道具なのだ。
執事は、僕にそう説明した。
「砂の粒子が細かい分、操作も繊細な方がうまく動く。
さ、やってみろ!」
操作の仕方も、体で覚える方式らしい。
でも、今度は僕も細かい説明を求めなかった。
ただ、やれると思った。
きっと僕は「操作」できる。
細かく緻密に、砂を動かすために蛇口をゆっくりと捻る。
流れを研ぎ澄ませる。
蛇口の所有者は僕だ。
流れる水も僕のものだ。
僕のものなら、僕の思い通りに動く。
それが道理だ。
手の中の壺から、砂がぶわりと浮かび上がった。
砂は、ぐねぐねとうごめきくるりと円を描いた。
僕の心が描いた、砂の丸印。
「どうですか?」
期待を込めて、執事を見る。
彼女は一瞬だけ真顔になったかと思うと、笑い出した。
「さすが転生者だな、ここまであっさりやってのけるか」
アハハハと声を出しながら
「いっそキモい」
とまで言い放つ。
言葉とは裏腹に、彼女は心底うれしそうで
楽しそうだった。
僕が初めて見る、少女のような執事の笑顔だった。