10話 大変な作業
安全な暮らしを手に入れるために挑んだはずだった。
ナイフを手に、ほんの少しでも
執事を傷つけることができれば僕の勝利。
結果は、ボロ負け。
僕は、汗だくのぼろぼろで、立つことも出来ない有様だ。
本気で頭を使え、と彼女は僕に忠告した。
経験値や能力で敵わない相手なら、
いかに思考を巡らすかが鍵になる。
そして、執事に勝つ瞬間まで、
僕が挑戦を諦めなければいい。
負けが悔しかった。
無力さが歯がゆかった。
それなのに、不思議と僕は笑えていた。
負けた日のペナルティは、
執事の言うことを1日聞くこと。
どんな命令が来るのか、僕は正直不安だったわけだが…
(まさかの元魔王様まかせ。
しかも、それで僕に命じる内容がなんで)
「草むしり…?」
思わず疑問が口をついて出た。
呆然としていた僕をよそに、
元魔王と執事の間では話が進んでいく。
「監督は執事!よろしく~」
元魔王がぴしっと執事を指差した。
しかも強制ねー、とおどけた口調で念押しまでしている。
「えっ…マジで?」
思わぬ役を振られて、執事が端から見て面白いほど表情を崩す。
ものすごく、ものすごーく面倒くさそうに顔をしかめている。
むしろ元魔王の彼は、執事をわざと
からかっているだけのようにも見える。
だって、
「うん、マジで」
と返す彼の顔はいたずらに成功した悪ガキの笑顔そのものだ。
つまり、ものすごく楽しそう。
(この二人、本当に主従関係なんだよな?)
対等すら通り越して、即興コントをやれそうなノリなのだが、
魔王と執事というのはそういう間柄が普通なのだろうか。
魔界の常識は奥が深い。
「草むしりってあの、そんな程度のことで…」
本当にいいのか、やっぱり
気になって僕は二人のやりとりに口を挟んだ。
無理難題を言われたら困ってしまうけれど、
それにしても簡単すぎると思ったのだ。
「ははあ~ん、そんな程度だって?」
元魔王の視線が僕に向けられる。
「断言するよ。今のお前には相当大変な作業だぜ…
まあやってみるほうが早いか」
にやりと意地悪く笑って、
彼は手近に生えていた草を一本指差した。
「抜いてみな?」
僕はそっと草を手にとる。
どこにでも生えている雑草にしか見えない。
手に力を込めて、草を抜いた瞬間
ギャウという鳴き声を耳が拾う。
「今の変な声、草から聞こえたような…」
草の根本には、鋭い葉と大きな目があった。
抜いた僕を威嚇して、鳴き声をあげていた。
「そうそう、言い忘れたけどそいつら全部
プランターっていう魔獣だからね」
元魔王が今更な説明を言い出した。
どう考えても意図的に言葉を省いたとしか思えない。
爆弾だけ落として屋敷に戻っていくあたり、
愉快犯の気がありそうだ。
僕は思わず、抜いた草を手放した。
草の魔獣、プランターは地面でぽんと跳ねる。
そして、狙いを僕に定めて一目散に飛びかかってきた。
「抜いた者に襲いかかってくるぞぉ」
(そういうのは早く言え!)
頬杖をつきながら、世間話のように
重要な情報を落としてくる執事に僕はムカッとした。
でも執事に抗議するより今はやるべきことがある。
目の前の敵をどうにかせねば。
考えをまとめて動く前に、
プランターは僕の右腕に噛み付いてきた。
ガブッと歯が食い込むが、思ったほど痛みはない。
ただ、なんだか力が抜けていく気がする。
「そいつら攻撃力はゼロに近いけど、魔素を吸うからなー。
はやくナイフ使ったほうがいいぞぉ」
(だからそういうことは早く言えってば!)
聞き捨てならない情報をだるっと投下してきた執事に、
心のなかで文句を言う。
体内をめぐる魔素は、魔人の力の源。
消耗が多ければ、力が枯渇し気絶する。
短期間に気絶を繰り返せば、死ぬ危険もあるはずだ。
僕は慌てて、左手でナイフを握りプランターに突き刺した。
魔素を吸うのに必死だったのか、刃をよける素振りもなく
プランターは枯れていった。
あとに残ったのは、地上部分の雑草だけだ。
プランターを一匹倒したところで、「草むしり」の
実態が明らかになった。
ようは、庭に生えているプランター退治なのだ。
庭にはたくさん草が生えている。
数をこなさなくちゃいけない分、余計な手間は省きたい。
考えた結果、僕は最初の一匹と同じ要領で
まずは草を抜き体のどこかを噛ませてから、
ナイフで刺すことにした。
噛まれる前に刺せればいいのだけれど、
一度試してみたところ、逃げ足が早くて手こずるのだ。
(魔素を吸われるから、ちょっとふらっとするけど…まあ大丈夫だろう)
攻撃されても痛みがほとんどないのが僕にはありがたかった。
「あーあー、あのやり方じゃあ…」
魔獣を退治していく僕の様子を見ていた執事はぼやいた。
眉間にはしわがよっている。
「そろそろ、まずいだろうな…」
執事のつぶやきは小さすぎて、僕には届かない。
もし聞こえていたら、プランター退治のやり方に
問題があると気づけたかもしれない。
が、後の祭りだ。
ぐらりと僕の視界が揺れる。
(まずい、意識が落ちる…)
魔素を吸われすぎたんだ、と
原因に思い当たったのは気を失う刹那だった。
気がつくと、僕は庭の木陰に寝かされていた。
執事は近くの木にもたれつつ、
僕の目覚めを待っていたらしい。
やらかしたという思いで、僕は頭を抱えた。
「もう察してるだろうが、気絶の原因は魔素欠だよ」
執事が小さくため息をつく。
「プランターに吸われて体内の魔素が空っぽ。
当然、何度も繰り返せば死ぬ」
死にたいのか、と執事に問われた。
僕はぶんぶんと首を振る。
「じゃあ、もっと学べ。知識は生きるための武器だ」
「お前、魔素のこと、さらに言えば
マギアのことをどのくらい知ってる?」
マギアが僕の命を救ったときのことを思い出す。
内側からあふれだしてきた強い力。
でも、僕はマギアのことをほとんど知らない。
「魔物が使える才能・能力のこと…としか」
母さんが教えてくれたのは、残念ながらそこまでだった。
僕は、執事の目を見て頭を下げた。
「どうか、教えて下さい!」
もっと自分の力を知りたい。
僕はきっと、もっと強くなれる。