転生悪役令嬢はループからの脱出を図る
「ジェニー・グローヴァー! 貴様の身分を傘に着た非道な行いの数々、全く以て許し難い! その行いはこの私の妻、つまり王太子妃、引いては未来の王妃として相応しくない! よって貴様との婚約を破棄する!」
煌めくシャンデリア、豪華な楽団、見目も良く味も良さそうな数々の料理に飲み物、美しく装ったうら若きご令嬢方、凛々しく立つ未来あるご令息方、それら全てが揃った大広間。目出度い学園の卒業パーティの会場。そこに朗々とその声が響き渡る。そして集まる視線。
──という光景は、分かっていてもやっぱり嫌なものだ。
溜息をつくくらいは許されると思う、心の内なら。だって己の婚約者である人物からその婚約を一方的に破棄されてついでに罵倒されて喜ぶ女がいる? Mな人じゃなきゃないでしょ。私はその気はないから無理。完璧アウト。
──おまけにこの婚約破棄、15回目だし。
そりゃ、繰り返し1回目の時は驚きパニクりつつも「やり直せる!」って喜びもしたさ。その時から数回目までは死ぬ運命を回避しようと色々足掻いてもみたよ。けどさ、何回も失敗し続ければ心も折れるってもんでしょ。もうどうにでもなれって思っても仕方ないと思う。
とは言え、相手は厄介なことにこの国の王太子殿下。下手な態度は許されない。ああ面倒臭いったら。
「──何か申し開きすることはあるか!?」
訊いているようで訊いていないこの問いに、渋々答える。答えなきゃ、いけない。しかも答えは1択。もう面倒臭過ぎる。
「……非道な行い、とは、一体、何のことでしょう……?」
「惚けるつもりか!」
「……そんな、惚けるなどと……」
「いいだろう! 2度と同じ罪を犯す者がないよう、貴様の悪行、ここで詳らかにしてくれる!」
ああ、うんざりする。勝手にやって欲しい。隅に設置された小休止用のソファに座らせてくれるなら。駄目ならカットさせてくれ。こんな見せしめの茶番、付き合っていられるかっての。
なんていう私の内心の願いが叶う筈もなく。
王太子に促されて1人の男が進み出てくる。そして私がやったという全く身に覚えのない罪を延々と読み上げる。
嫌味を言って傷つけ、悪評を流して孤立させるとか、お局か、クラスのボスか。確かに女の虐めの常套手段だね、分かります。
でも物を隠すとか壊すとか、小学生かよ。今時は小学生でもしないわ、多分。おまけにこの世界に小学校ないけど。
階段から突き落とすとか、それ最早犯罪だから。間違わなくても傷害罪でしょ。1歩間違ったら殺人罪だよ。そんなことする度胸はないってえの。こちとら前世は日本という滅茶苦茶平和な国で生まれ育った平和万歳なことなかれ主義の小心者ですが何か?
そもそもね、そういう嫌がらせをするには、大前提として婚約者サマを好きだとか、王妃になりたいだとかの動機が必要でしょうよ、王太子サマよ。私はあんたのことなんか好きじゃないっつうの。
そりゃ、最初こそ、結婚しなきゃならないんなら仲良くしたほうが良いよな、とか、イケメンで良かった、とか思ったよ? だけどさ、婚約者放置で他の女といちゃついてるとか、その現場見ちゃった日にはね? ないわあ。恋愛感情なかったんだもの、あっさりさっぱり冷めると言うものでしょ。あんたなんか熨斗つけて差し上げるってえの。
王妃の座? んな糞面倒臭いこと、誰が進んでやりたいよ。そういう奇特な女性がここにはわんさかいるけど、私はご免蒙る。あんな重責、背負いたくないっつうの。王妃教育なんかめっちゃ面倒で死ぬほど大変だったんだからな! トップってのは半端なくきつい仕事! 庶民には無理! 白髪になるとか禿げるとかなんて可愛いほうだわ! 本当に死にそうだったんだからな! 過労死なんてしたくないっつーの!! ブラック企業か馬鹿野郎!!
嗚呼、これ全部叫べたらどんなにストレス発散になることか……!
「──以上の罪に対して何か言うことは?」
「……私は、やっておりません……」
そんな面倒なことしてる暇ないわ。こちとら暇じゃなかったんだよ。おまけに挙げられた日付、全部王妃教育という名目で王城にいた日だっつうの。それくらい調べればすぐに分かるっていうのに随分杜撰だな。どうせまともに調べてないんだろうけど。──なんて、反論したって無駄なのは嫌と言うほど分かっている。下手に反論すれば不敬だ何だと問答無用でこの場で切り捨てられる可能性があるから、それはできない。腹立つわあ。めっちゃむかつく……!
「見苦しいぞ、ジェニー! お前達、引っ捕らえて牢へぶち込め!」
ぶち込め、なんて品がない。仮にも王族がそれで良いのか、しかも王太子。駄目だろ。
だけど良かった……! 無事投獄ルートを確保できて。じゃなきゃ全てが水の泡になる。
さて、最後の仕上げ、というか意地? 王妃教育の賜物の1つ、最上級に美しいカーテシーを。──多分、最高に綺麗な礼ができた筈。多分。筈。いや、ねえ? 礼というものは尊敬の念が籠められたものであるから? そういう観点で言えば、仕方ないでしょ。何しろ気持ち的にちっとも敬えないからねえ。最高に綺麗だったかどうか断言できなくても、うん。
よし、せめて颯爽と立ち去ろう。
「……自分で、歩けます」
腕を掴んで取り押さえようとした王太子の護衛の手を避けて、彼等を一瞥もせずに歩き出す。
あとは、彼を信じるのみ。
どれくらい、ぼんやりしていたのか。どこかを漂っていた私の意識を現実に引き戻したのは、聞こえてきた規則的なかつかつという硬質な靴音。一体誰が来たのか。そもそもこの王宮の地下牢に人が来るなんて、こんなことは初めてだ。
薄闇に目を向けると、その音を発していた人物がそこにいた。
「ご機嫌よう」
思わぬ人物に一瞬目を瞠り、警戒する。そんな私に気づいているのか否か、うふふ、とベタな笑い声を上げてそう挨拶してきたのは、私の現状の元凶の1人。
「まあ、ご機嫌が良いわけはないわよね。こんなところに入れられて」
当たり前だ巫山戯んな──その言葉を呑み込んで、黙って様子を窺う。今までにない展開に緊張する。この女がここへ来るなんてこれまでのやり直しでは1度もなかった。一体何をするつもりか。何を企んでいるのか。
「ねえ、あんた、『転生者』?」
……てんせいしゃ? 何だそれは。私の今の名前はそんなんじゃない。前世の名前だって違う、もっと普通の名前ですが。
「……私の名前くらい、ご存知でしょう?」
「違う、名前じゃないわよ。でも、何だ、違うの? ゲームと違う動きをするからてっきりそうかと思ったんだけど……。ま、でもこうして最後は私の思い通りになったんだし、やっぱり違うのよね」
1人で納得しないでよ。意味が分からないでしょ。名前じゃないなら何なのさ。
そんな私の不服と疑問を女が晴らすことは、まあ当然と言えば当然だけど、なかった。1人ご満悦で話し続ける。
「すっごく大変だったけど、やっとバート様も落とせたし。──ね、見て、これ」
にいっと勝ち誇った笑みを浮かべて、女が自慢気に見せてきたのは、首元のネックレス。はっきり言ってそんなに高価な代物ではないだろう。裕福な平民であれば手が出せる程度の物。まあ、シンプルながら品の良いセンスある品ではある。
「これね、バート様から貰ったの」
「──!」
思わず目を瞠る。それには目敏く気づいたらしい女が、益々機嫌を良くして、ふふふ、と嗤う。
「そうよ。あんたの従者のバート様。中々攻略できなくて何度も何度もやり直したけど、やっと攻略できたわ。まあゲームの中でも最難関攻略対象だったんだけどさ。現実になると更に難しかったわねえ。でも1番の押し『キャラ』だったからさ、頑張っちゃった」
……何だかよく分からない単語が沢山ある上、話が全く見えない。遊戯が何だって?
「あとはもう1度『リセット』して攻略すれば、亡国の皇子『ルート』が解放されるのよ。そしたら私はバート様の妻で皇后よ!」
……恍惚とした表情をしているけれど大丈夫だろうか。何て言うか、妄想力……ごほん、想像力逞しい、じゃなくて豊か? な人だったのか。こんなんがいずれ王妃になるとか、大丈夫だろうかこの国。
「次は『シナリオ』にない行動をしないで欲しいのよね。予定が狂ったりして超困るし面倒臭いから。あんたは『悪役』令嬢……って言っても分かんないか。とにかく、あたしを虐めてくれればそれで良いから。分かった!?」
いや、全然分からない。なんじゃそりゃ。
そんな私の内心を知ってか知らずか、或いは喋り倒して満足したのか、腹立たしい女は嫌な笑みを浮かべてから踵を返してかつかつと硬質な足音を響かせながら立ち去っていった。
──それにしても、『悪役』令嬢、ね。あんたのほうが余程その言葉に合ってる気がするけど。
かつん、と硬質な音が微かに耳に届いた。
今度は一体誰が来たのか。警戒しつつ俯けていた顔を上げて、その音に耳を澄ます。かつん、かつん、と不規則に響くその音を響かせていた人物が軈て私の前に姿を現した。
「……お嬢様……!」
薄闇の中に浮き上がるようなその美貌は、悲痛な色を湛えている。私は思わず身構えた。
「お助けできず、申しわけ──」
「バート」
辛くて堪らない、直視できない、といった風に美しい顔を歪めていた彼は、私に呼ばれてゆるゆると視線を私に向ける。
「私なら大丈夫よ。だからそんな顔をしないで、ね?」
「……お嬢様……」
それでも辛そうな表情は変わらない。私は明るい声と表情を心がけて言葉を重ねた。
「本当に大丈夫よ。ほら、ね?」
立ち上がって、くるりと1回転してみせる。パーティ会場からそのまま放り込まれた為に着ていた場違いなドレスの裾が、合わせてふわりと広がった。それを見たバートの顔に漸く笑みが浮かぶ。残念ながら苦笑のようなものだったけれど。
それでも笑った彼に私も笑みを返して、けれど直ぐに笑みを収め、本題を切り出す。時間はあまりない。いつ、誰が来るか分からない。それは、あの女がここに来たことで気づかせてくれた。策はあれども確実ではないことを改めて認識させられた。
「バート、お願いしていたものは手に入れられた?」
「はい。やはりお嬢様の仰っていた通りあの女が身につけていました。……全てご指示通りにしてあります」
少し苦々しい表情のバートに漸く笑みが浮かべられた。信じてはいたけれど、不安が全くなかったとは言えなかった。……これって信じてないことになるのかな。だとしたらごめんよ、至らない主人で。
この薄暗い中でも私の笑みを見逃さなかったらしい彼は困ったような表情になった。彼の労を労いつつ、報告の中で懐から取り出され差し出されたものに視線を向ける。
それは一見、ただのネックレス。何の変哲もない代物に見える。それどころか、ペンダントトップの鶏卵ほどもあるムーンストーンのような半透明の乳白色の石は、その大きさはともかくも、貴族のもつ宝飾品としては地味ですらある。しかし、これは王家所有の秘宝。本来ならば。
「……ありがとう」
改めて礼を述べ、鉄格子の間から手を差し出してそのネックレスを受け取る。
ああどうしよう、にやけてしまうのを止められない。これでやっと終わる。
「……お嬢様、急ぎましょう。下がってください」
バートに思考を現実に引き戻されて顔を上げると、彼の視線はこの場所へのたった1つの出入口のほうに向けられていた。つられてちらりとそちらを一瞥する。
「……待って、バート。本当に私と来てくれるの? 本当にそれで良いの?」
「勿論です。私の望みはお嬢様のお側にいることです。どうか、どこまでもご一緒させてください。微力ではありますが力になれると思いますから、どうぞお側に置いてください」
その即答っぷりに、口が緩む。
「有り難う」
弛み切った情けない顔をしているだろう私に、それでもバートはにこりととても嬉しそうな笑みを浮かべてくれた。
「とんでもないことでございます。……さあ、お嬢様」
頷いて素直に牢の最奥の壁まで下がる。今の私には魔術封じの手枷が嵌められているから、何もできない。バートに頼るしかないのだ。
バートは鉄格子に手を翳した。直ぐに手元の辺りに光輝く紋様のようなものが浮かび上がる。──魔法陣。
魔法陣が一際強く輝くと、どおん、という爆発音が響いた。同時にもうもうと煙が上がる。煙じゃないか、土煙? 砂煙? どっちでも良いけど視界が悪い。
「お嬢様、こちらです」
バートの声がしたとほぼ同時に手が取られて、強くない力で引かれる。抗わずに進むと、直ぐに煙が晴れてバートを確認できた。
「手をお出しください」
素直に手を出せば、かちゃりと手枷が外された。しっかり枷の鍵も強奪済みとは流石私の従者。ああ、良かった。これで魔術が使える。
「急ぎましょう。爆発音に気づかれているでしょうから時間がありません」
勿論異論はない。こんなところに長居は無用だ。
バートに手を取られた形のまま先導してもらう。途中、牢番だろう男達が倒れて転がっているのを目撃。見張りの衛兵も然り。抜かりのない状態に、流石バート、と頼りになる従者に感謝した。
私を捕らえたことで満足していたのか慢心していたのか或いはその両方か、幸いにも案外すんなり脱出できた。
ここでご令嬢の私とはおさらばだ。これからは平民になる。ああ何という解放感……!──いや駄目だまだだ。
バートが持ってきてくれていた私の荷物鞄を漁る。──あったあった。
「バート。これを身につけて」
「これは?」
「変装道具よ」
バートの顔が僅かながら怪訝そうなものになる。まあ仕方ない。むしろ当然の反応かな。何せ見た目は唯の銀製のバングル。しかしながらこれは唯のバングルではない。王家が所蔵していた秘宝だ。
百聞は一見に如かず。先にバングルを腕に通す。途端に、ゆらり、と身体が揺らぐような感覚がする。目眩のような揺らぎではなく、例えるなら身体の輪郭が曖昧になったような、そんな感覚。と言っても輪郭が曖昧になったことなんて前世も含めてないからあくまでそんな感じっていうだけだけど。
そんな感覚も一瞬。直ぐにバングルを嵌める前と変わらない感覚に戻る。
「──!」
バートが息を呑む気配。どうやら上手くいったらしい。流石王家の秘宝。
「お嬢様──」
「説明はあとよ。急いで」
「……はい」
一瞬だけ躊躇ったバートは、それでも素直にバングルを嵌めてくれた。良かった。
バングルがバートの手首に収まると、ぱっと光がバートを包み、その姿を隠す。直ぐに光は消え去り、そこには見知らぬ髪色と虹彩のバートが。一見すると別人に見えるが良く見れば顔立ちは変わらないので、そこに立つ人物がバートと知れる。
「さ、行きましょう」
「はい」
聞きたいことは山ほどあるだろうに、それでもバートは頷いてくれた。
「……お嬢様、お手を。はぐれないように」
「……うん」
手を繋ぐとか、ちょっと気恥ずかしいけどそんなこと言っている場合じゃない。
差し出された手に自分の手を重ねると、壊れ物を扱うかのように優しく柔らかく、けれど力強く握られた。
何となくバートを見上げると、彼もちょうど私を見た。視線が合う。それが合図のように同時に頷くと、私達は走り出した。
──それから私達は、国を出てそこから離れた別の国に落ち着いた。私が学生の3年の間に頑張って用意した隠れ家。人生を繰り返すと言うことは当然、その前の人生で用意した彼是も全て元に戻っているわけで、また1からやり直し。それが分かった時は予想はしていたけれど滅茶苦茶落ち込んだ。かなり大変だった上に途中だったから。とにかく時間があまりないことは分かっていたので必死に頑張った。ある程度のやり方と行きたい場所を特定できていたお蔭で何とか間に合って、ああ本当に良かった。
死ななかったからなのか、それともやっぱりあの元凶の女が犯人だったからなのか、今のところ時間は巻き戻っていない。あの女が犯人だったのなら、やはりあの王家の秘宝を使っていたのだろう。私は初めて18年以上生きることになった。今、平民としてとても幸せに、穏やかに生きている。堅苦しいことは何もしなくて良い。最高。
その後あの女や糞王太子やその取り巻き共がどうなったのか、そもそも国自体どうなったのか、私は知らない。興味ないし。抜け出せて本当に良かった。
バートは今でも私と共にいてくれている。これが1番幸せなことかな。
物思いに耽っていたら、目の前の扉が開かれた。俯き気味な私の目に赤い絨毯が見える。顔を上げれば、その先に愛しい人。
顔を戻してやや俯きながら、赤絨毯を踏みしめて歩く。そんなに長い距離じゃないのに長く感じる。辿り着いた先にいる彼から溜息のような吐息が漏れたのが聞こえた。
「永久の愛をあなたに誓います」
相変わらず敬語の抜けない彼に思わず笑みが浮かぶ。
「私もあなたに永久の愛を誓います」
今日、私は彼と夫婦となった。重なる唇にこの上ない幸せを感じる。誰よりも信じられる人。たった1人の人。
この国で知り合った人達が祝福してくれる。鳴り響く鐘の音が耳に心地良い。
「こんな幸せがあるとは思ってもみませんでした」
「うん」
「愛しています」
「……私も愛してる」
前世日本人の私にこの言葉を口にするのは難題なのだ、未だに。それでも彼はくすりと幸せそうに笑ってくれる。
ああ、本当に幸せ。
あの王家の秘宝は今も私の手にある。ムーンストーン擬きのペンダントヘッドがついている例の女が持っていたネックレス──その名を時戻りのネックレスと言う。時を巻き戻す禁忌の魔術が使えるネックレス。
使うか否か。
幸せだと思う今でも正直迷っている。
だって、ねえ?
15回も繰り返し殺されたし。その怨みがそう簡単に消えるわけはなくて。その上、そもそも私はやられたらやり返すが信条で。
彼奴等がハッピーエンドとか、許せないじゃない?
さて、どうしたものかな。運命の鍵は私の手にある。
昔の増悪に対する復讐を取るか、今の2度と望めないかもしれない幸福を取るか、それが問題。──なんて、ね。
時戻りのネックレスが陽射しを受けて、きらり、と誘うように光る。




