第1話 魔王軍の弁護人
第1話 魔王軍の弁護人
当日、裁判開廷30分前。
魔法で天空に浮かぶ島、そこに建つ大きな鐘のあるクーテ教会。
クーテ教会の内部には金色の長髪の屈強な青年の神の姿が描かれているステンドグラス。その下に特設の法廷。
そこにはすでに裁判官の3名が出揃っていた。
右に座っている傷だらけで眼光の鋭い男はこの世界の人間の国を全て統一したポウナレン王国のガボナ王。
中央に座っている柔和な顔をした老人は聖騎士団を束ねる神の教団の長。この世界で唯一神の声を聴くことの出来るサウサル法皇。
そして左に座っている、純白のドレスを纏い、輝く薄いバラ色の長い髪を持つ女性は妖精王ミュール。
人間の住む場所に姿を現したのは数十年ぶりだった。彼女をこの裁判に呼ぶことは人間たちにとって大きな意味があった。
ガボナ王、サウサル法皇、妖精王ミュールこの3名の判決によって魔族は裁かれる。
そして、魔族が正当な神の裁きを受けることを求める検察官は8名。
その中で主席検察官を務めるのは魔王との戦争中は若干24歳で聖騎士団団長を務めたシュルト検事である。
シュルト検事は三名の裁判官に向かって言った。
「傍聴予定だったお三方との連絡が途絶えてしまっていますが、予定通りの時刻に裁判を開始いたしますか?」
ガボナ王が応えた。
「私とサウサル法皇は構わない。」
サウサル法皇はお伺いを立てるように言った。
「ミュール様はどうですかな。」
ミュールの透き通った声が応える。
「私も構いません。」
「では予定通りの時刻に開廷をお願いします。」
そう言った後、シュルトが部下に向かって命令する。
「傍聴の3名の捜索を聖騎士団に行わせろ、見つかり次第私の耳に入れるように、
そして“ビジョン”の準備をしろ。この裁判を全世界の人間に見せることには大きな価値がある。
それと、被告人5名とその弁護人を入廷させろ」
巨大な魔法石が法廷に置かれ、全世界へ映像が流れ出した。
その後、扉が開き、鎖につながれたこの裁判の被告人5名が入って来る。
先頭は深紅のローブを纏い、青い肌の鼻の高い不気味な男。彼は魔王に次ぐナンバー2、魔王軍司令官、火炎のハーデ。勇者の生まれた村を業火が絶えない異形の地に変えた男である。
2番目に出て来た大きな紫色の翼を持つドラゴンは魔王軍空軍大将、翼竜サキス。魔王討伐隊の飛空艇は彼の息吹により粉微塵となった。
3番目に出て来た連行する係りの聖騎士。彼が持つビン詰めの液体は魔王軍海軍大将大海のクニック。聖騎士たちの乗る船団が沈んだ海域そのものが彼の身体だった。その体積から身体の一部だけの出廷が許された。
4番目に出て来たのは魔王軍陸軍、金剛ゴンズ。勇者の剣すら通らない金剛石を体に纏う巨人。試してみたらギリギリ教会の扉を通ったので全身での出廷。
最後に出てきたのは魔王軍遊撃部隊、邪教祖ゴージュ。人間の男を狂わせる美貌を持ち、神の教団の教えではない邪教を人間に広めた。
この火炎のハーデ、翼竜サキス、大海のクニック、金剛のゴンズ、邪教祖ゴージュの魔王軍幹部5名がこの裁判の被告である。
全世界の人間たちはこの異形の5名に恐れおののいた。同時に魔王亡き後の今は子どもが使えるような簡易的な魔法で消え去ってしまうほど、魔族は脆くなったのだという事を思い出し安堵した。
全世界の村や町の広場に誕生した魔法のスクリーンの前では「裁判せずに、さっさと魔族なんて消しちまえ」という声がいたるところから起こっていた。
しかし、このような裁判を開くことには大きな目的があった。それは憎しみではなく、神の法の下にこの5名を裁くことである。
被告人の魔王軍幹部5名が入廷した後、別の扉から、男が入って来る。
こちらの世界では見ることのない“スーツ”という衣類を纏い、“ネクタイ”という必要性のわからない布を首に撒いている。
その男は入って来るなり、被告人5名の前に立ち、革の大きなカバンを机に勢いよく置いた。そして、裁判官3名に向かって言った。
「本日、被告である魔王軍の弁護人を務めさせていただきます。弁護士のヤマモトです。」