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第三話

「お前か、鬼子の話を聞きまわってるのは」


「……え?」



 それは、捜索開始から一週間が経とうとしていたころだった。

 漸く朝起きた時目に入る部屋にも驚かなくなり、いつもいるはずの紫色の小さい頭を探そうとしなくなり、代わりの赤い強烈(理不尽)にも慣れてきた。朝起きて当たり前のように外に出て、紫の情報を探して。そんな、ある日のこと。

 険しい顔をした男の人。たぶん、そう、俺の親父くらいの。目の下の隈がやけに濃くて、痩せこけ疲れ切ったような顔。ぽかんと口をあける俺の横から、翠が顔を出した。


「鬼子?」

 何だソレ、という言葉に漸く我に返って、翠とおじさんを見比べる。

 こころなしか睨みあっているような気もしなくもない。

「……」

 むっつりと黙りこんで、ぐっと眉を寄せて翠を見る。その姿にすこしビビりながらも、一歩前に出てみる。

「あの、鬼子って? ……なんですか?」

 じろりと険悪な目を向けられて体が竦む。

 すごい目。

 悲しいだとかじゃなくて、憎いだとか、そんな感じのものの詰まった目。

 そんな目で見られるのは初めてだ、だって、あったとしても、そこには自分の悲しいだとか苦しいだとかそういうものが混じり合ってるから。ただ純粋に、刷り込まれたみたいに、埋め込まれたみたいに「憎い」という強い感情だけがそこにあった。

 怖いのに何故だか目が離せなくて、暫くそれを見つめていた。

 おじさんがかたそうな口を開けると、不格好に並んだ少し黄ばんだ歯がいくつか見えた。

 パカリとあいて、しわしわに口がすぼまって、舌が引っ込む。そうして漸く、声が届いた。

「鬼子というのは、……」

 言いかけて、はっとして顔を上げる。何かに取りつかれた様にきょろきょろとあたりを見回して、ぐっと胸倉を掴まれた。

「ぅっぐっ」

「おまえ、お前お前、まさま、ま、まさか、まさかあいつのてしたじゃないだろうな、そんな、そんな目をして、もし、もしかしてお前ら、お前らもしかして、……!!」

「っおい、じーさん、落ちつけ! 岬!」

「ああああああまさか、まさかまた誰かを連れ去るんじゃあるまいな!? こんど、ここここんどはゆるゆるさん!! 許さんぞ!? 私の、わたしのわたしの大切な、大切なあの子を奪って、うば、うばっておいて……!!」


 がくがくと揺すぶられて、ぐにゃぐにゃ歪む視界の中で、誰かの絶叫だとか、笑いだとか、涙だとか、いろんなものが一瞬見えた気がした。






――あれ、……。

 はたと気がついて目を開けると、見慣れない部屋だった。

 古めかしい黒電話に、雑に重なった目の荒い紙、汚れきった机、虫の巣食った天井。しばらくいないだけでこれなんだから、本当に面倒くさがりだよなぁ。

 体を起こせば、ぱさりとやけに乾燥した布が膝から転がり落ちた。……。ああ、そうだ、と。漠然と、そういえば眠ってしまったんだったと思い出す。きっと、そう、きっと……。脳裏に花の色した長い髪がぱっと過ぎって、あっと一気に覚醒した。

 そうだ、そう言えば、……。

 そういえばおれ、ゆかり……。……。……ユカリ? 誰だっけ、それ。……。あれ? うーん、何も思い出せないや、なんて。首をかしげた。

 まあ、いっか。

 固いイスに体を預けて、またまどろみ始めた。

 俺、……おれ、何だっけ。

 俺、誰だっけ?

 うーん、それもなんだか、今はどうでもいいや。

 なんだか、大切なものを探していたような気がするんだけど。

 視界の端で見慣れない服を見つけた。うーん、あれは何だろう。シャツの上、襟の周りを細い布がぐるりと巻き付いている。うーん、なんだろう? 何だったかなぁ。どこかで見たことがある様な気がする。

 首をかしげれば、目に髪がかかる。

 ミルクティーみたいだとからかわれた髪色。そうかな、なんて拗ねたふりをしながら本当は満更でもなくて、緩む頬を抑えるのを頑張って抑えてた。思い出して少し笑って、ああ懐かしいなって、少し、泣いた。

 頭も一緒に椅子に預けて、毛布を上まで伸ばした。

 ああ、懐かしいなぁ。

 心の奥底を、ぎゅっと誰かが絞ってるみたいにいたむ。そろそろだねって、誰かが囁いた。


――ほら。 

 外から可笑しな声が聞こえてきたでしょ?

 知らない男の人の声。きっとこれは、あの人の大切なひとだ。

 ほら、もう、時間だ。

 この静かな部屋は、きっと俺の巣だね。安全地帯。俺は二人に大切に大切にって、守られててさ。

 体を起して、毛布を畳んでさ。このあったかい巣から、いよいよさようならしなきゃ。

 この先は駄目だって、誰かが叫んでる。

 うん、そうだね、……。駄目だよ、いっちゃだめだ。だってさ、行ったらきっと、……。

 怖いなあ、きっと痛いだろうなあ。いや、案外何も感じないかも? って、そんな馬鹿なことないか。

 そうだね、怖いよ、体中震えてるよ、わかってる。ここで出ていかないってのも、きっとひとつの手だ。それでもきっと、もう駄目だよ。もう俺、無理だ。俺、二人に恩返しをしなくっちゃ。俺は決して弱くなんかないから。だから、今、こうして自由に動けるうちに二人に恩返しをしなきゃ。

 ほら、動いて、俺の体。

 今まで十分休んだでしょ?

 色々教えてもらったでしょ?

 だからきっと、もう、十分だよね。


 うん、そうだね、このまま立って、外に出よう。

 そうしたらきっと、あの人がたってるんだろうな。

 


 ねえ、せめて。




――せめてさ、ねえ。



 俺の部屋、小さい宝箱。


 その奥底に隠したあの紙を、誰か見つけてくれないかなぁ……。










 待ってくれよ。



 待って、きっとその先は駄目だ。



――待って、……!!

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