第三話
残酷な表現があります。
ご注意ください。
中は、まるで荒れ地にあるなどとは思えないほど豪華だった。
広いホールに大理石の床、天井から吊らされたシャンデリアにきらりと光る壺。不釣り合いなのは、階段を上がったところにかけられた大きな絵だった。
綺麗な、まるで絵本に出てくるお城の様な世界の中でたった一つ、異色なそれ。
火に炙られている男がいた。
首のない女と、それから赤く熟れた様な肉塊も。
折り重なるようにして倒れているのは幼い子供たちだろう。顔は一つ残らず、潰れていた。
赤い月がそれらの上で怪しく光っていた。
そしてそれを見上げる、唯一生き残った男が一人。
ゾッとして思わず目をそらしたのは岬だった。隣の翠も眉を寄せていた。足の先から頭の先まで、一気に冷えたような気がした。歩みの遅くなった二人に気付いた紫が、つられてペースを落とす。
「どうしたの?」
首をかしげた紫に、男もくびをかしげた。
「……ナニコレ」
嫌そうな顔をした紫が男を見返した。ぼんやり首をかしげたままの男は、さらに首をかしげる。
90度、と小さくつぶやいたのは翠だった。震える岬に蹴りを入れて、紫が肩をすくめた。
「なんだ、もともとあったんじゃないのか?」
「まさか。君の先代はこんなに悪趣味じゃないよ。温厚な子だったし」
「ふん、ノーマルな奴がこんな仕事できるかよ」
「君と違って、あの子は器用だったからね」
へえん、と諦めたように言った男に紫は首をかしげた。
男と紫がその絵を見上げる。上から下までじっくりと見つめ、かたをすくめた。
「僕、芸術品って良く分かんないや」
「俺もだけど」
じゃあなんであるんだと頭を元に戻して、ふと目についたものに体が固まった。
端に何やら文字が刻まれている。
見事な絵だとは、思う。それは確かだ。この狂気的な絵がらもきっと、大層な価値になるのだろう。
走り書きの様に、雑な傷。
The day starts today!! の文字。
それがどこかで見たような文字で、紫は何も言えなくなった。
「ま、なんでもいいか」
また歩き出した男につられ、歩き出す。
震える岬と、何やら考え込む紫を見つめ、翠は言葉を呑みこんだ。
「ホラ」
「あ、どうも……って、おい!くれるんじゃないの!?」
差し出されたコーヒーに手を伸ばして、空ぶる。目的のカップは机に置かれている。
噛みついた岬に男が肩をすくめる。
「お前、ヘタそうだし」
「何が!?」
「会話とかじゃね」
「どう言う意味!?」
ぎゃいぎゃいといつも通り騒ぎ出した姿を見て、紫はソファに背中を預けた。
見上げた天井には幾何学的な模様が描かれている。
なつかしいなぁ、と遠い昔を思い出して笑う。昔まだこの世界にも人がいたころ、ここにはALICEの数人が集まっていた。
だがまあそれももうないだろう。
懐かしいな。……本当に。
小さくため息をついて、湯気の立つコーヒーを見つめた。
「ってか、このままのんびりしてていいの!?」
息切れをした岬が紫に叫ぶ。
「筋トレならやっても意味ないよ?」
「ちっがうよ!そう言うんじゃなくって!」
「ってかさ、僕二階見てきていい?」
「……別に」
「何で!?ちょっ、紫さん!?」
すっと立ち上がり、意気揚々と歩きだした紫を茫然と見送る。ああもう駄目だあの人……。
ならばと紫から男へと標的を映す。男は澄まし顔でコーヒーを啜っている。いっせーの、だ。いっせーので話しかける。よし、いっせーの!
「なあ、あの、あのさ」
「その前に伊織さんだっけ、聞きたいことがあるんだけど」
「ぅおい!!」
わざわざかぶせてきた翠に振り向いて、文句をはきだそうとしてはたと止まる。
なにやら難しい顔をしている。
真剣な話をするらしいと、岬は肩を落としてしおしおと座りなおした。
「なんだ?答えられることなら答えてやるよ」
「じゃあさ」
ずず、とコーヒーをすする音ばかりのする部屋。
紫は既にいなくなった。二階って、階段の場所わかるのだろうかと考えながらも、岬は大人しく翠と男の話に耳を傾けた。
「紫のこと。聞きたいんだけど」
ぴたりとカップを止めて、男が顔を上げた。
「なんだ、ここのことじゃないのか」
「べつに、そんなこと知ってどうなるわけでもないし」
「ほお」
さも愉快と言わんばかりに笑う男に、不愉快気に翠が眉をひそめる。
「あんたが言ってた“時間がない”とか、“ALICE”とか。それから、異世界云々について」
ゆっくりとカップをソーサーに戻し、男はため息をついた。
やけに余裕のある動作でソファに寄りかかり、背もたれにそのまま頭を乗せる。緩慢な、面倒そうな態度だ。
まるで何も知らない子どもに常識を聞かれたような、そんな態度だった。
「んじゃ、まず世間の話から」
「世間?」
思わず口を開いた岬に、翠から厳しい目が向けられる。慌てて顔を逸らせば、さして気に留めた様子もない男はつづけた。
「お前ら、今この時、世界ってのはどんだけあると思う?」
――答えは、「たくさん」だ。
男は笑った。




