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プロローグ



 八月下旬。

 そこは紫の為に設けられた部屋で、黎明学園に入る前まで紫が使用していた場所だった。


 ごほりと乾いた咳をして、紫は体を折った。

 咳は一向に止まらず、重く痛々しい咳の音がその場に響いた。

「……ゆかり」

 ふと気がつけば、理事長が眉を下げて哀しそうな顔をしていた。

 その姿に大丈夫だと言おうとして口を開いたが、やはり痛々しい咳は止まらない。

 げほ、ごほ、と咳は続き左手は胸を強くつかみ右手は口元に当てる。

「やっぱり、無理してたの……」

 泣きそうな彼女にぽんぽんと背中を叩かれやっととまった咳に紫はため息をつく。

「血の味がする……」

 ぺろりと唇をなめた紫に苦笑した理事長は、はっと息をのんだ。


「ゆかり……ち、血が」

 紙の様に真っ白な顔に、紫は何も答えず口をぬぐった。

「病院、病院にいかなきゃ」

 完全に取り乱した彼女は力ない腕で止めようとする紫を支え、そして携帯電話を取り出した。

 震える指で番号をおしたが、かける前に携帯をおとしてしまった。


「いらない」


 びくりと、先ほどとは違った震えが体中を襲った。

 苦しみの所為で浮かんだ目を細め、ぎらりと睨んでくる紫に、殺されるのではないかという考えが浮かぶ。

「で、でも……」

 震えながらも首を振ったが、紫は無表情になっていらないと再び繰り返した。



「ただ、体とここの空気の相性が合わないだけだから」

 ぽつりとかえされた言葉に、彼女は思わず涙を流した。




 最近になってからは、変わったのだと思っていた。

 あの時――初めて、紫と会った時とは違うのだと。


 けれど、やはり変わっていないのかもしれなかった。


 一番変えて欲しかったのは、学園でも環境でも生徒でも自分でもない。

 本当は、紫自身が変わって欲しかったのだ。



 けれどきっと、彼女がそれを口に出すことはない。



 * * *



 話があると呼ばれた二人は、居心地悪げにソファでみじろきした。

 真正面で神妙な面持ちをした理事長は二人が入ってから一言も口を利かなかった。

 テーブルに置かれている紅茶はいつから置かれていたのか、二人が来たときにはすでに冷めきっているようだった。

「あ、あの……」

 息をのみ切り出したのは岬だった。

 顔を伏せていた彼女ははっとしたような顔をしてから、すぐに眉を下げて困ったように笑って見せた。

 それに安心したのもつかの間で、彼女は小さく息をはくと真剣な顔で二人を見つめた。

「ごめんなさい、不安にさせてしまったみたいね。単刀直入に言うわ。……二人に、お願いしたいことがあるの」

 ぴくりと翠の手が反応し、彼女を見据える。岬も真剣な表情で彼女を見つめた。



「あなたたちにしか、できないことだから」

 震える声は、今にも泣きだしそうだった。




(誰でもいいから、あの子を)



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