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エピローグ



「お世話になりました」

 にこりと爽やかに笑って、紫は頭を下げた。

 その横には岬と翠が居心地悪そうに立っていて、春日は複雑な顔をしたまま紫に縋った。

「もういっちゃうんですか?」

「うん、ごめんね」

 間髪いれずに答えた紫にうなだれつつ、しかしいまいち納得がいかないようだった。

 進藤家にお邪魔して、ちょうど一か月。長いようで短かった。


 岬の父に会ったり、翠の兄に会ったり、春日と出かけたり。

 思いのほかさまざまなことがあった。


 翠はあれ以来兄に顔を出したりして、ゆっくりとだが仲は良好に近づいているようだ。

 父母の話は未解決だというが、兄と二人ならばまあと口を濁しながらもいった翠は、変わるらしい。

 くすりとわらって良かったなどと言った岬に紫もそうだねと笑い、春日も飛び上がるほど喜んでいた。


 そんな日々から一転、もう八月だ。いよいよ学園に帰る日が来た。



「年末もまた来てね」

 にこりと朗らかにほほ笑んだ岬の母に、ゆかりも笑みを返す。

「はい、是非」

 何処かかけた笑みに気付いた者は、誰もいなかった。



 * * *



 また、嘘をついた。

 紫は白い空間の中で膝を抱えていた。

 所謂明晰夢という奴で、紫は自分が夢を見ているのだということに気づいていた。

 早く目覚めなくてはと思う反面、なんだか気分が重くそんなことは到底できなかった。


 いつもならば気に病むはずもないことをうじうじと考え続ける自分に、そろそろ嫌気がさす。

 今更ウソが何だというのだなんて呟いてはみるものの、強がりにしか聞こえず恥入る。


 年末まで、自分がこの場所で生きていられるだろうか。

 紫はふと、顔を上げる。思わずつづけてしまう思考に、理性は否と答えた。

 当たり前のことだった、もし自分がここに残るのならば年末には死んでいる。

 もし死なないのならばここに居ることはない。

 どちらにしろ――年末にあの場に居ることは不可能だ。


 死ぬのもまたいいかもしれないと思わず考えてしまい、紫は膝に顔を押し付けた。

 ああいったい今自分は何を考えた? 葛藤は、続く。

 なんで今更そんなことを考える、自分が不幸だとでも考えているのか。「シト」に面目ないとは思わないのか。あの人を許せるのか、双子や半身と言っても過言ではないあの子に合わす顔がない。


 自分はなんだか、少しずつおかしくなってきているようだった。

 だんだんと変わってきていることに、紫は気づいていた。


 紫はからからになっている喉を酷使して、たすけてと小さくつぶやく。


 枯れたはずの涙が流れたような気がした。

 たすけて、と紫は小さくつぶやく。

 誰に言っているのかは自分にすら分からなかった。


 誰でもいいから、誰かここから出して。

 頬に伝うあたたかなものはきっと、現実では流れない。




 がたんと列車が大きく揺れ、翠と岬は互いに頭をぶつけた。

「いってえ……っ」

「岬の岩頭め……ふらふらする」

 頭をおさえる二人に、いつもは騒がしいほど笑う声が届かなかった。

「……紫?」

 あまりの静けさに顔を見合わせ、二人は真正面で窓の外にむけられた紫の顔を覗き込んだ。

 ボックス型の席に座り始めたのは、もう二時間前のことになる。

 学園まではまだまだ時間がかかるのだが、列車の中で大人しくするなど退屈すぎた。

「もしかして、寝てる?」

「……みたいだな」

 岬の問いに頷いて、翠は珍しいなと首をかしげた。

 寮では自分が起きるよりも先に紫が起きているし、夜は大抵同じ時刻。授業中は眠っていたことはないし、休み時間は明楽や雪人に交じって走りまわっていた。

 寝てないんじゃないかと思うことは多々あったが、隈ができていることもないようだった。

「寝顔はじめてみた……けど、なんか苦しそうじゃないか?」

「ああ。……うなされてるみたいだな」

 眉はよせられねぐるしさを訴えているのかたまに唸る。みじろきをする姿はなんだか苦しそうだった。

「起こしたほうがいいよな」

「多分」

 曖昧に頷いた翠を見て、岬が恐る恐る紫に声をかけた。



「……おはよう」

 かけられた声にハッとして起きると、紫はきょろきょろとあたりを見回した。

 そして心配そうに自分を見つめる二つの顔をぼうっと見つめて、おはようと小さくかえした。



(……おはよう)


(ありがとう、ごめん)

(最後の二つは仕舞っておいた)




ここまで読んでくださりありがとうございます、九条隼です。

ぐうだらな文章から始まりいよいよ56話目です!

いつも、応援ありがとうございます。


さて、次回は七章突入です。

いよいよ紫のことがわかる……? な章です。お楽しみに!



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