第四話
「あれ……知り合いだったのか」
言ったその人に、はあと生返事を返して紫は二人に振り向いた。
岬は嫌そうな顔を思い切り浮かべていて、翠は無表情をしている。何処か疲れているようにも見えるのは、目を伏せているからだろうか。
「こんにちは……葵さん」
「ああ、こんにちは」
嫌そうに言った岬ににこりと人の好い笑みを浮かる。
「岬のおにーさん?」
「いや……」
岬の歯切れの悪い返事に紫は翠のだろうと考え、ただふうんとだけ答えた。
「随分とナルシーな人だね」
紫はじろじろと見て、ぽつりとつぶやく。ぐさりと突き刺さりそうな言葉に、しかし彼は笑った。
「ナルシーなんじゃなくて、それ相応の実力があるのさ」
ちらりと翠を一瞥し、鼻を鳴らす。
明らかに馬鹿にされた様子にも、翠は無表情のまま目を伏せただけだった。
それが気に食わなかったのか、彼は口を止めなかった。
「そこにいる愚弟とつるむなんて馬鹿だね。縁なんて切っちゃいなよ」
くすり、彼は笑う。
紫はその言葉に思わず顔をあげた。そして、じっと彼を見つめる。
「切りません。大体、いちいち嫌味っぽく言うのやめてくれませんか」
珍しく恨みのこもった声で言った岬にだって、目もくれなかった。
一点だけを見つめ、紫は口を真一文字に結んだ。
「君は相変わらずだね。威勢だけは一人前だ……愚弟はなんにも持っていないのにね」
涼しげな顔をして言った彼に、いよいよ激昂した岬が腕を振り上げたところで、紫が漸くくすりと笑った。
「……紫?」
手持無沙汰になった腕を下ろし、怪訝な顔で岬が振り返る。
くすくすと何が可笑しいのか笑い続ける紫はふと口元に当てていた右手を下ろした。
「変な人だね、翠のお兄さんって。子供みたい」
首を傾けて、葵を見上げると眉をひそめていた。
何が気に食わないのだろうと考え、どちらでもいいかと笑い飛ばした。
「まわりと違うから一緒に居たくない、誰よりも高い位置に居たい、父母に見放されたくない? ……お兄さんは、何に恐れてるの?」
ぐっと眉が寄せられて、紫は胸倉を掴まれていた。
慌てて岬が止めようとするが、年上の彼の力は異常なほど強かった。
苦しいはずなのに、紫はそんなそぶりも見せず真っ直ぐに葵を見つめて笑っていた。
「図星だった?」
言った紫に深い嫌悪して、彼はすぐに手をはなした。
「くだらない。帰る」
「あは、拗ねちゃったみたい」
くすくすと笑って、紫は目を細めた。
最後にこちらを射抜くように睨むあの姿が、誰かに似ていた気がした。
(きっと気の所為)
* * *
「なんであんな危ないことしたんだよ!」
居づらくなった喫茶店を逃げるように出て、三人は公園のベンチに座っていた。
子どもたちの遊ぶ場所とは少し離れたそこは、人っ子ひとりいなかった。
「危なくなかったじゃん」
「胸倉掴まれてただろ。お前、女なんだからさ……もうちょっと大人しくしてよ」
疲れたように溜息をついた岬に、紫は訝しげな顔をした。
「なんで? 大丈夫だって」
本気で不思議そうな顔に、岬は思わず黙りこんだ。
ああでもないこうでもないと言い訳を考えた末、結局は正直に告白する。
「心配するだろ」
照れ隠しにそっぽを向いた岬の耳に届いたのは、わけわかんないということばだった。
「ちょ、お前ふざけんなって!」
ばっと振り返った岬が、紫の顔を見て停止した。
「……ねえ、なんで?」
純粋な子どもの様な問い方には、何も答えられなかった。
ふざけているわけではなかった。本当に、不思議がっているのだろう。
岬は茫然と紫を見ていた。
「ごめん」
静かな空気のなか、翠がぽつりと言った。
「気分悪くさせただろ」
沈黙を貫いていた翠が、ふとぼやいた。
何を考えているのかも分からない無表情のまま、顔を伏せる。
「別に、大丈夫だけど。なんで翠が謝ってるの?」
再び首をかしげた紫に、弟だからと簡潔にこたえる。
「弟だと、謝らなきゃいけない?」
慰めているわけではなかったようだった。
ただ、普通に不思議に思っているのだろう。翠は再び簡潔にこたえる。
「家族の不始末は、俺がするべきだろ」
「かぞく、だから?」
頷く翠に、紫は首をかしげたまま難しい顔をしてそっかとだけ答えた。
「難しいね」
「難しく考えすぎなんだよ」
疲れたような顔で泣き笑いを浮かべた翠に、岬は小さく笑った。
「二人とも、仲直りしたの?」
ヘラリと笑った岬に二人は顔を見合わせ、首をかしげた。
「そうみたい」




