表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/83

第三話



“おい、生きてるか?”

“だれ”

“ん……お前、俺とこないか?”


“……”

“ほら、こっちだ”



 その日紫は、珍しく深い眠りについていた。

 このだるさは恐らく見た夢の所為で、この苛立ちは自分の無防備な態度の所為だった。

 目覚めた紫が見つめた「時計」は午前二時三分をさしている。ああそこまで寝ていたわけではなかったと、小さく安堵した。

 ベッドで寝ている春日は恐ろしいほどよく眠っている。それを無表情で一瞥して、紫は立ち上がった。

 カーテンの隙間から見える空は真っ暗で、薄く笑った。儚くでもなく――ただ、透明に。



 扉の前に立ったところで、紫は眉をひそめた。

 犬の遠吠えが絶え絶えに聞こえてきて少しの間迷ったが、結局はその扉を開け外に出た。


 夏特有のじめじめとした風に眉を寄せながら辺りを歩いていると、電気のついている家を見つける。

 首をかしげると、東也という表札に気づいた。

 紫はふうんと無感動に呟くと、出てくる人物に小さく手を振った。

 ぼんやりとした人影は近づくにつれ鮮明になっていき、それが東也翠という人物だと判明する。

「……紫?」

「うん、そう。ここ、翠の家だったんだね」

 小さくうなずいた翠の手には衣服がある。恐らくは、それを寮に持っていくのだろう。

 そう考える紫と同じく、翠も考えていたらしい。首をかしげ、紫を見た。

「こんな時間に、どうしてここに?」

「眠くないからお散歩だよー」

 にこりと笑うと、そうかと簡潔に返された。

「紫はもう戻るのか?」

「あー……いや、まだぶらぶらしていようかな。どうせ眠れないし」

「いくらなんでもこの時間はやめたほうが良い」

 そうかなと首をかしげて、頷く翠に苦笑する。

「でもそこまで無力でもないよ」

「そういう問題じゃ……」

 言いかけた翠は、ふと紫を見つめた。

 いつもよりも、どこか歪な笑い方に、ごくりと息をのむ。

 街の街灯に照らされる姿は、何故だか酷く恐ろしく見えた。

「前から、聞きたいことがあった」

 ぎらりと負けないように緑色の目が紫を見つめる。それに薄く笑って、紫は頷いた。

 促された翠は思いきったように言った。



「お前……“何”なんだ?」


 紫はしばらく黙っていると、やがて無表情で翠を見上げ口を開いた。



「きっと、それは君が知らなくてもいいことさ」



 * * *



 そこは、岬の家から十数分で着く喫茶店だった。

「ちょっと、お前らいい加減にしろよ!」

 がたんと、勢いよく立ちあがったことでイスが倒れる。

 陰険な空気の漂う中、岬はそろそろ限界だった。

 にこにこと笑ったままの紫は何も言わず、睨むように紫を見ていた翠は小さくため息をつく。

「それを聞くためにここに来たのか?」

「……だってしょうがないだろ。ハルちゃんに聞かせるわけにもいかないし」

 うなだれた岬に紫が肩をすくめる。そしてそれを見た翠が、かたりと軽く音を立てて立ち上がった。

「ここは喫茶店だ。荒事は避けるべきだろ。ほら、行こう」

 それに立ち上がった紫は、ふと振り向く。

 そして、眉をひそめ思い切り嫌な顔をした。


「うげ。おにいさん、ここら辺に住んでんのー……?」

 らしくもなく力ない紫の声に反応した二人が、その人物を見て目を見開いた。



「へえ、これはまた……運命的だね」

 黒い髪にブラウンの瞳。眉目秀麗な青年。

 彼はまさしく、紫が先日背負い投げを喰らわせた人物だった。





(はたして裏切ったのはどちらだったのか)

(どちらが悪だったのか、正義だったのか)


(今になってはもう、どちらでも構わないと思う)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ