情緒不安定につき、
「―――ねえ、そこの六人」
はっきりとした口調の、凛とした声が聞えた。ゆかり、という声は旅院と明楽から。修平は顔を上げて彼女を驚いたように見ていた。
「五月蝿いんだよね、迷惑なんだ。下級生が泣いてる、自分が何かした―――だったら慰めてやれば」
珍しく笑っていない、真剣な―――いや、真剣とは言わないのだろう。無機質な目をしていた。面倒、五月蝿い、迷惑、そんな言葉は一切含まれていない。無を映したような目だった。呆然としたのは、その場にいる全員だった。隠れている二人も含め、その場にいる六人も含め。
「ほら、立ちなよ」
ぐい、と修平を引っ張って立たせる。彼女よりも幾分背が高い彼の目にハンカチをあてて、目にたまってる涙をふいた。手馴れたような手つきに、隠れた二人が唖然。
「面倒事は嫌いだけど……。自分がまいた種くらい自分で処理しなよ」
ふう、と溜息をついて上級生の三人のうち一人を見つめた。びく、と体が震えて彼は無意識に一歩下がった。
「ゆかり……」
だいじょうぶだから、と消えそうな声で言った修平に、紫は一瞬驚いたように目を見開いた。
(“だいじょうぶだから……”)
(“だって、俺には宮部がいる……”)
「……だいじょうぶじゃ、ないくせに」
(―――あの、とき、だって……)
ぼそりと呟いた紫の声は風に掻き消された。
「この人、僕のクラスメートなんだ。しかも、僕クラス代表。ずっとじめじめさせたままにしちゃいけないから、とっととことを終わりにしてくれる」
ふう、と溜息をついて紫はそのまま屋上から逃げるように階段の方へ行った。
―――――――――
「紫、……」
「言わないで」
無表情のまま歩いた紫に、翠が声をかけた。はっきりと、けれど弱弱しい声に二人は口を閉じるしかなかった。
頬から滑り落ちた滴は、階段に一つ斑点を残した。
(ばかみたいだ)
(―――こんなに、変わるのが怖いって思うくらい弱くなった)
(ずっと一緒にいた人でもないのに、目の前で弱さを見せた―――)
―――――――――
ピリリリリリリ
機械音がして、紫は足を止めた。後からついてきた二人も同様に足を止める。
「もしもし?」
黒い、見たことの無いものだった。理事長が買ったものではないようだ。シンプルな携帯電話には“ALICE”という文字が浮き出ていた。
「……ははっ、そんなこと無いよ」
くすりと笑った紫。今までとは違う、慈悲深い微笑みだった。無邪気なものでも、貼り付けたものでもない。優しいものだった。
「ふふ、そうだね。でも僕、君ほどじゃないよ?」
くすくすと笑った彼女。
「え、ああ……」
元気な声は後の二人には届かなかった。親しげなのは紫の雰囲気でわかるが、話している内容も、あかぎり、と呼ばれた人物の声でさえ聞き取れなかった。
「……わかった、今度和さんところにいくね」
(これは、僕に課せられた使命)
(厳しくも、残酷でもない、僕にとって―いや、僕たちにとって救いのような使命)
「ありがと、“無”ちゃん……なんつって!」
にこりと綺麗に笑った紫は、じゃあね、といってから電話を止めた。
「ゆかり……」
「いやあ、ごめんねー! 僕ってば最近情緒不安定でさー!」
ケラケラと笑って、二人を見た。
「―――でも、もう大丈夫」
次に見た表情は、何かを決心した、固いものだった。
―情緒不安定につき―
(彼女だってそんなときはあるんです)
(ふふ、僕だってニンゲンだからさ!)
修平さん事件から一変、紫の情緒不安定へ。
変わることへの恐怖を抱いた紫を救ったのは、ほんの数分だけの会話。
赤桐、と呼ばれた人物の声と、雰囲気が、紫を救ったのでした。
翠「赤桐、って誰……」
岬「……さあ?」
紫「この間言ってたBL好き」
「「!!!」」
〜〜〜〜〜〜〜
次回、修平君の番外編、行っちゃいます。
紫「わぉ、閑話?」
翠「ってか「きんとみどり」は?」
岬「それは後々わかるらしい」




