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第六話

「そういえば紫、さっきの用事ってなんだったんだ?」

S組教室にて、頬杖をつきながら尋ねる岬に、紫が首をかしげる。


「用事? 何それ?」

え、と紫と同じように首をかしげる岬に、翠もマネし首をかしげる。

「お前、俺達に用事があるから先に行っといてって伝言頼んだんじゃないのか?」

「え、何それ? 二人とも、狐に化かされたんじゃない?」

三人で首をかしげると、ああと翠が思い出したように言った。



「アレじゃないのか、アルツハイマー。女性は早いと聞いたな」

「あるつはいまー……? なにそれ?」

「ぅおい!!! お前に期待した俺がバカだったわァアアアアァァアア!!!」

叫ぶ岬に、首をかしげたままの紫に、

期待って? とわけがわからないと言うかのような目を向ける翠。




「失礼しまぁす」

ガラ、とS組のドアをあけて入ってきたのは少女とも娘ともいえない生徒だった。

その年齢は17ほどで、少女というには大人びていて、娘と言うには幼い。

見たこともない、と思ったのは一部以外。

彼女は、先ほど紫を呼び出した生徒の一人ではない。



「アレ、あの人伝言俺達に伝えたヒトじゃね?」

彼女を指差していう岬に、翠はそうだっけ、という。紫はふーんとどうでも良さげに頬杖をついた。

「紫ちゃん、ちょっといいかな?」


遠慮気味に言った彼女に、紫は頬杖を止めて、立ち上がる。

彼女の方が紫よりも身長が高い為、見上げるようになってしまうが、紫はハッキリと言った。


「スイマセーン、面倒事はご免なんでいやですぅ」

ハッキリと言ったのにもかかわらず、無表情。

ピキッ、と彼女のこめかみに血管が浮かび上がった。

「どうしても……かなあ?」

にっこりと笑ったまま尋ねる彼女に、紫はほほえんでハーイ、と答えた。

そんな二人を恐れながらも見守る岬と翠。


「……女って怖いよなァ」

「全くだな、俺“母さん”だけど」

まだそのネタやってんのかよ、と小さく突っ込むが、目の前の女子二人は気にしない。



「でも、ここじゃあちょっと言いにくいんだよー」

「ええー、面倒臭いでーす」

つっけんどんな態度にとうとう切れた彼女は、バンッと机を叩いた。

きゃあっと岬が驚く。翠はすげえなー、とただ感嘆をあげるだけ。


「っさっきから、気に食わないのよ……っ」

「アレレ、ブリッコはやめたんスかー?」

瞳孔半開きの生徒に、無表情のままたんたんという紫。



「憎い。憎いわ。新入生のクセに!!!」



ふと気がつけば、彼女を含み四人しかいなかった教室は、女子の上級生が増えている。

怖ッ! と呟く岬は誰も相手にしない。





「イキナリ現れて、私たちの苦労も知らずにのうのうと才能で勝ち進む。

私たちは、アンタと違って苦労してここにいるのに。


くるしんで、苦しんで。なのに……!!!


アンタは、なんでそんなに平然としてるのよ!?」




許せない、と彼女達は怒る。


だって、自分達は今まで回りから少ないながらも嫌悪を寄せられながらも生きてきたから。

それなのに、イキナリ現れた彼女に、努力も何もしていない彼女に、何かを奪われている錯覚に陥った。



だから、気に食わない。



こんなに苦しんで来た私たちじゃなくて、何で彼女が人気なんだ、と。


何もしていない、何も恐れられていなかった彼女が。



こんなにバカな、少女が。














「自惚れんなよ」









「―――え?」

はっきりと告げられた言葉に、とてつもなく冷めた声に、そこにいた全員が彼女に見開かれた目を向けた。

先ほどまで、あんなに無気力だったじゃないか、と全員が驚いたのだ。



彼女は、冷めた瞳をしていた。

その、黒い瞳のうちにある赤は。じっと見つめなければ分らない赤は。直に見つけられるようになっている。

赤黒い瞳、になっている。





「だーかーらー、自惚れんな、って言ったの。わかる?」


ふわりと笑って言う紫に、全員は背筋を凍らせた。



笑っていない、笑っていないのだ、その瞳は。



獣を狙う、その瞳は。





「苦しんでる? そんな風には見えないね。

苦しんでいるって言うのは、生きるか死ぬかの境目にいることを言うんだよ。

自分が可愛そうだと思って、同情を欲しているの?

馬鹿言っちゃ、いけないよ。


今を普通に生きて、命を狙われることもなくて、親だって、周りだっているヤツの事を“幸せもの”っていうんだ。


わかってるの?

君は、死にそうな人の前で、“私は可愛そうだ”って言えるかな……」







なんで自分達が怒られなければいけない、と彼女たちは思った。

そして、先ほどまでと違った彼女に臆するのは何故だ、と考える。

他愛もない会話をしていた岬と翠でさえ、紫のただならない殺気に驚いていた。



―――彼女は、少し変わったおかしな女子高生じゃなかったか。


いや、そうだったはずだ。

けれど、今のこと雰囲気は何だ?

誰一人としてしゃべることの出来ない、この雰囲気を作っているのは、ほかならぬ彼女。




「ああ……君たちにとっては“キレイ事”って思えるかな?



そんなことを言ってるけどね、人間なんて所詮は自分の為に生きるものには変わらない。


たとえ、どんな善人でも過ちをしないわけが無い。これは、紛れも無い事実……。


誰しも経験したことがあるだろう?



醜い感情はよく人間にまとわりつく。

それは、人間が弱いからであり、人間が愚かだから。

なんでも信じるバカは面白いけれど、なんでも騙す人間は見られるものじゃない」







言って彼女は、ああ、話がそれてしまったね、と笑う。




その、獣を狙う瞳は変わらぬままに。



「まあ、簡潔にまとめるよ。

世の中、自分だけが不幸だと。自分だけが苦しんでいると。

世の中、自分が全てを束ねる者だと。自分が全ての王だと。

そう思っている連中は。


生きてる価値なんて、生きる価値なんて、“誰かに生かして貰う”価値なんて。


そう……ないんじゃないかな?」


酷く綺麗に笑った彼女。


彼女が其処まで言うのは何故だろうか?



―――それほど、



それほど、辛い思いをしたということなのだろうか?





(僕は自惚れずに真っ直ぐ前を向いて生きることが、一番いい方法だと思う)


(でも、自身が作り出した最善の生き方をすることが自身のためになるんだろうね)




(これは、あくまで僕の考え方さ)


紫さん、質問でーす。

紫「いやでぇす」


……。

何で一人称が僕なんですか?


紫「ああ゛?」


スイマセンっしたァァァアアァアアア!!!




「「……」」

翠「人間、怖いよな……」

岬「え、紫じゃなくて?」

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