第五話
雨が降っていた日のこと、だ。
その女性は、人気のない道を歩いていた。
若く、綺麗な彼女は“理事長”と呼ばれていて、天才的魔術師でもあった。
彼女は酷く、娘を欲しがっていた。けれど、子供を作る相手などいなかった。
今まで愛していた人は自分が魔術師と言うことを知れば狂っている、といって逃げてゆく。
彼女はそれと同時に、酷く悲しんでいたのだ。
―――痛い。心が、痛いの。
何故だろうか、何故。
何故、自分達が魔力を持っているからといって此処まで無下にされるの?
はっとして我に返れば、目的地が過ぎていた。
バカだなー、と溜息をついて振り返った。
「―――ん、……めん、ゴメンね、ごめん……」
誰かが、呟いていた。
哀しげに呟いているあたり、誰かが死んでしまったのだろうか。
けれど、彼女は不信感を抱いていた。
此処は、そんなに思い出のある場所なのか、と思う。何の変哲もないただの道だ。
近寄ったのは、好奇心からだ。
「……何を、悲しんでいるの?」
そういって尋ねれば、12,3歳の少女がいた。こっちを、不思議そうな目で見ている。
長いラベンダー色の髪は雨にぬれ、紅く染まった包帯を片目につけ、もう片方からは涙を流し。
ワイシャツに膝までのズボン、そして着流しを羽織っていた。
「―――あれ、此処は……」
少女はあまりに美しく、あまりに儚く見えた。
この、汚れた世界に舞い降りたのは、神々しいまでの彼女。
今よりもずっと幼いけれど、今でもその儚さ、美しさ、そして“光”は変わらない。
―――――――――
「理事長? 如何したんですか」
変な物でも食べたんですか、と心配げに尋ねるカイト。志貴ははっとしてカイトを見る。
「って、なに、どういう意味かしら?」
にっこりと笑うと、すんませんと素早く返される。
志貴はカイトから渡された暖かな紅茶を手に取る。
両手で包み込んで、その香りをかげば、何処か優しく甘いにおい。
上品で、儚くて、甘くて、そんなかおり。
もあもあとした湯気が上へ上へとにげていく。
「ちょっと、ちょっとね。紫に初めてあった日のことを思い出してたの」
それを見上げて、志貴は小さく答えた。
―――ああ、そういえば紫は“養女”でしたね。
(けれど、大切な“娘”と言うことにはかわりないのよ?)
(ハハ、しってますよ。……見れば)