第四話
「〜〜〜♪」
上機嫌に鼻歌を歌う紫は、廊下を歩いていた。
屋上から出てカイトの元へと歩いている途中である。
ゆらゆらと綺麗なラベンダー色の髪がゆれて、風に持て余されている。
「よーっと!」
そういうと、紫はたんっとステップを踏み、教員室の前に立った。
「しつれいしまーす」
ガラリと扉を開け、中へ入るとまだ二十代半ばであろう女性の姿。
「おや、理事長?」
紫の言葉に、理事長と呼ばれた女性は振り向く。
金髪が大きくゆれ、青い瞳は紫の姿を捉える。
「っきゃあああああ! 紫ィ!!」
彼女は大きく叫ぶと、小柄で華奢な体に抱きつく。
「わっ」ちいさく紫はゆれ、倒れかける。
「ちょ、何してるの?」
「いやーん、久しぶり〜〜〜!! 紫、お母さんよ〜〜〜!!!」
みごとな親バカを覗かせるのはこの学園の理事長であり、紫の母である彼女、志貴である。
志に貴殿と書いて、しき。
「あー、うん。久しぶりだね」
はいはい、といって理事長をはがそうとするクールな紫は、疲れている様子を見せる。
「やーねぇもう! お母さんとお呼び!」
「あはははは、今度ね」
けらけらと笑っている親子に、教員室はだんまりと静まってしまっている。
「もう、つれないわねえ……」
むう、と口を尖らせる志貴に、紫はケラケラと笑ったまま。志貴は紫を見て、止まった。
「膝、砂がついてるわよ? 転んだの」
志貴が紫の左膝を指差す。紫はそれに目をやると、小さく小さく笑った。
「―――まさか。……ちょっと、ちょっとだけ、戯れたんだよ」
その言葉に、ふうんと相槌をうつと、志貴はそういえばと呟く。
「教員室なんかに来てどうしたの?」
「ああ、先生を呼びにきたんだ」
わすれてたという紫に、志貴は笑ってカイトを呼ぶ。
志貴の脅しめいた言葉だったか、あえてスルーをしよう。
「ああ、遅かったな」
そういうと、カイトは外へと進もうとするが、それを志貴が止める。
カイトの耳元に口を寄せ、小さく囁いた。
―――「ウチの娘に手ぇだしたら転職な」―――
闇のどん底から生まれたような声に、カイトは表情を引きつらせながらも、はいと返事をしたのである。
「んで、先生。僕って何すればいいんですかー?」
教室に戻り、そう尋ねる紫に、カイトは答える。
「とりあえず、S組をまとめる。あとは……そうだな、号令とか」
ま、雑用っぽいのだとカイトは言う。へえ、と頷く紫をみて、カイトは会議終了と答えた。
「ああ、あともう一人の代表な、“橘マコト”っつーんだ。あとで話し掛けてみ」
そいつにはもうはなした、とカイトがいう。
「……早くないですか?」来た意味無いんじゃ、という紫にカイトはだいじょうぶとだけ言って教室を出た。
「……。何処らへんが大丈夫なんだか」
ボソリと呟かれた
一方、彼女たちの嫉妬は、違うモノに変わりつつあった。
何故、何故だ、と彼女等は怒りをあらわにしていた。
自分達は、ずっと、ずっとこの学園で勉をつみ、遊びなど割いて、頑張ってきた。
それを、何故昨日やってきた新入生なんかに。
自分達の努力など、知らないくせに、才能だけで自分達に勝ったのか、と彼女等は怒っていた。
そう、劣等感。
つらい、つらい。
この学園に通っている者は全員、周りから見れば“異端者”である。
魔力を持ったことにより、周りから見下されていたものだっていた。
疎外される者も、虐げられる者も、嫌われる者も、けれど逆に、称えられる者も。
だから、この学園で認められるように頑張ってきたのに、と彼女等はいかった。
本当に辛いのは、本当に苦しんだのは自分なのに、と彼女等は悲しんでいた。
―――それは、自惚れにも似た。
(自惚れって、世界に多いよねぇー……)
(ハ? 如何したんだ、“宮部”……あ、もしかして俺に惚れた?)
(え?なんか言った?)
(……ホント懲りないよね)
(うるさい、愛故だ)
それは遠いキオク。
一人の少女と二人の少年。
今ではもう、哀しいけれど優しく楽しいキオク。