第三話
「あーらよっと!」
たんっと音を立てて紫は屋上への階段を駆け上がっていた。
1時限目、クラス代表の一人となった紫はカイトに頼まれごとをされていたのだが、他クラスからの呼び出しに応じ、結局はサボっているのである。
食堂での痛い視線や小さな殺気を思い出す。その殺気の生ぬるさに小さく笑い、紫は扉を開けた。
「いらっしゃい!」
元気良く言われたことに、紫は目を見開いた。
「おや……まあ」小さく呟いて、小さく笑う。
「はじめまして、お姉さん方! 紫って呼んでください」
にこりと営業スマイルをかます紫は、年上の女子に囲まれていることを待ったく気にしていなかった。
痛いほど突き刺さっている視線。そんなものを気にしない紫は堂々と目の前に立っている生徒を見ていた。
「貴方が紫さんだよね?」そういわれて笑む紫に、肯定を感じ取ったのであろう。
「単刀直入にお願いしますね!」
不機嫌さも、何も感じさせない紫の笑みに、生徒は頷いた。
「そうね、遠まわしに行っても無駄だものね……」
その言葉に、生徒たちは紫へと一歩進んだ。
合計で6人。下級生への伝言にそれほどの数は無いだろう。
「調子に乗るなよ」
冷え切った声に、紫は微笑みを途絶えさせた。目を見開き、上級生を見つめる。
「気に食わないのよ。イキナリ現れてS組に入ったかと思えばチヤホヤされて……!」
睨みつける瞳に、紫は唇で綺麗な弧を描いた。
妖艶、そうとしかいえない彼女に、上級生たちは驚く。
「ふふふ、調子になんてのってなんてないですよー」
にこっと微笑をかえた紫は、先ほどの妖艶を感じさせずに、無邪気。
「のってるわよ。新入生の男子にばかり囲まれちゃって」
「ふふ……そういうのは旦那に言わないとー」
けらりと笑っている紫に、生徒は小さく魔術を唱えていた。
その微笑みは、彼女が始めに使っていた、“仮面”……。
「冷たい炎、―Cold flame―」
「固き氷、―Hard ice―」
「翡翠の海、―Sea of jade―」
「春風、―Spring breeze―」
炎、氷、水、風。
四つの魔術は紫にのみ襲い掛かるが、紫は動かず笑っているだけだった。
「情けないなあ」
ぽつりと呟く紫の声は、全員の耳へと届く。
「なんですって……?」
「調子にのんなって、いってんのよ!!!」
怒気が紫へと向けられると同時に、四つの属性はぶち当てられた。
何かが弾ける音がすると、白い煙。
「嗚呼、面白い……!」
そんな声は、無邪気でどこか恐れ多い。
「んじゃあ先輩方、僕先生に呼ばれてるんで生きますね!」
そんなことばは何も見えない屋上を駆け巡り、何が起こったのか理解できていない六人は呆然と立ちすくんでいた。
―――「何が……?」
―――「ありえない、如何して?」
“人間ってのは、おそろしいものだよね。そう思わない? ……「お兄さん」”
残ったのは、相殺されたことを教える、砂煙だけ。
頭がついていかない。
頭がこの状況を拒絶する。
一体ここで、何が起こったのでしょうか?
(答える者は、いない)
(答えられる者は、姿を消した)
最後の「お兄さん」とは、誤字ではありません。
呼び出しをした彼女等ではない、別の人へ言っております。
その「お兄さん」も、後々語られることになります。
紫「ふふふ、僕的にはかたられないで欲しいんだけどな」
……目、目が笑ってない!
ヒィィイイ!
岬「え、「お兄さん」って誰」
翠「知らん」