第10話 電話
はい、川辺ですけど……。
夏樹ですか? 私は川辺夏美です。夏樹は、私の姉の名前です。あなた誰ですか? 水島涼子さん? 聞いたことないですね。
え? 妹が亡くなったってですって。あのね、あなた、私がその妹です。なんですか、新手の詐欺ですか。悪戯だったら、もう切りますよ。
悪戯じゃないって、そんなに大声を出さないでください。姉と旅をしていたなんて、ありえませんよ。
だって、姉は、ずっと入院しているのですから。自殺? ああ、なんでそんなことまで知ってるのか知りませんが、未遂ですよ、死んでません。二人とも。
ええ、二人です。
マンションの屋上から飛び降りようとした私と、それを止めようとした姉と、もみあいになって一緒に落ちたんです。落ちる寸前に、私を抱きかかえて守ってくれた。それからずっと意識が戻らないのです。もう5年になります。
だから、姉が旅に出るなんてことはありえません。もういいですか。なんのつもりか知りませんが、これで満足ですか。人の過去を掘り返して悪趣味ですね。
違う? はあ、手紙の写真ですか。わかりました。送ってください。
……これは、たしかに姉の筆跡です。
明日は、私の二十歳の誕生日なんです。午前0時にいくって、どういう意味なのでしょう。まさか、死んでしまう?
私には、大切にしている手紙があります。自殺を図る前に姉が書いておいてくれたもの。自暴自棄になって神待ちを繰り返す私に、
縛りつける人たちは守ってくれる人たちだったりするんだよ。私たちは、何かの度に、ちょっとだけ前へ進んで、痛い目を見ながら成長していくんだ。
と走り書きを渡そうとしていた。結局、遺書のようになってしまいましたけれど。
私は、きっと魂はあると信じています。姉は、私を許してくれていると感じるのです。なんせ、あの姉ですから。
自殺未遂の後、ますます自暴自棄になっていた時期がありました。でも、また死のうとしたり、神待ちサイトを使おうとすると、にこにことした姉がやってくる夢をみたものです。
姉の魂が私を訪ねてきてくれたに違いないのです。何回か会って、私はもう大丈夫だと伝えました。その時、ほかに迷っている子がいたら助けてあげてほしいとお願いをして。
不思議です。姉の筆跡を見たからなのか、あなたの言うことが嘘ではないような気がしてきました。
姉の病院へ様子を見に行ってきます。
あなたの話が本当でも嘘でも、姉に会いたいのなら来てください。病院は、阿蘇山の麓です。詳しい場所は地図情報で送りますから。ただ台風が近付いて来ているので、無理はしないでください。
水島涼子さんでしたね。あなたも、神待ちガールだったのですか。これが詐欺でも悪戯でも、一度お会いしたいものです。ふふ、笑ってしまってすいません。私は、まだ神待ちグセが抜けきっていないようです。……いえ、きっと、誰もが。




