キコリの湖(笑)
皆さんは、こんな話を聞いたことがあるでしょうか?
とあるキコリさんが湖に斧を落としてしまった話。
簡単に説明すると、湖から女神様が現れて、
「あなたが落としたのは金の斧?銀の斧?」とキコリさんに聞く訳だが、
「いえ、もっと使い古した斧です」と正直に言ったことで、金の斧も銀の斧も頂くことができ、更に自分の落としてしまった斧までも返してもらえるというお話です。
それを聞いたセコイおっさんが、自分も欲しがって斧を落とすのですが、その話は今からの話には関係ないので割愛させて頂きます。
さぁさぁ。ここからが本題です。念頭に先程の話を入れた状態でこの物語に耳を傾けていただければ幸いと思います。
そうでした。そうでした。申し遅れました。私、今回のお話の案内役を務めさせて頂く、"ピェロ"と申します。エは小文字なので小文字の発音でお願いします。
あんな道化師とは同じとは思われたくありませんので。
では、ごゆるりと早々に聖者を呪いながらご堪能ください。
時は西暦2123年。今から少しだけ先の未来。
田舎の都市である奈良県でのお話。
北は北海道、南は沖縄とするなら、恐らく見た目的には日本の中心に位置するであろう県である奈良県のお話。
奈良県は四方を山々に囲まれ、また盆地になっているので気候も暑さと寒さが極端なのだ。
2123年になっても未だに新幹線は通らない。
その中でも和歌山にまで流れる紀の川(地元の人間は吉野川と呼ぶ川)があるわけだが、その流れの最中に実はもう一つ道があったわけで、その先には綺麗な綺麗な湖があるそうな。
いやいや、そんなもの迷信ですよ。私ピェロでさえ信じちゃいません。
信じないからこそ人は求めるんだそうですが、私ピェロは人ではないのでわかりませんね。
ともかく、その湖を探している集団を私見つけてしまいましてね。それを観察しようかって話なんです。
どうです?気になりましたか?気になったならどうぞ私の観察日記にお付き合い頂けると恐悦至極にございます。
「到着っと。これが噂の紀の川ってやつか。どこに女神様が出るっていう湖があるか分からないから、上流に取り敢えずは来てみたものの……」
「何よ。ここに湖があるんじゃないの?はぁ、苦労して山手に来た甲斐がないじゃないのよ!足が疲れた!もう!」
「いやー、標高約1700メートルの山にハイヒール履いて来るんだもんさ。それで足が疲れるだけってのも超人かイカレた野郎でもなけりゃ無理ってもんさ」
「もー!家帰りたいー!折角の夏休みなんだよ?パパも姉さんも兄さんもどうしてこんな辺鄙な所に来たのさ……」
およよ?実に興味深いですねー?
この方達どうやら家族のようです。
女神様見たさにやってきた父親に?金銀の物を欲しがる常識はずれお嬢さん。毒舌な上に……いや、今はこれ以外何もわからないお兄さんかな?あと、取り敢えずで連れてこられたが早く帰りたい中学生男子。
これは俄然楽しみになって来ましたねぇ?未来のお話とは言え家族であろうと、本当に欲しいものというものは何を置いても奪い合うものですので?心置きなく奪い合ってもらっちゃいましょう♡
おやおや?どうやら、上流から降りていくようですねー?
上流には何もないと見て、河口まで降りていく予定を組んで歩いていますね。
「おーい、三人とも急いでくれよー?長さがどれだけあるのか分かってるのか?140km程はあるんだからな?」
「ねぇ、お父さん」
「なに?見つけたの?」
「いや、そうじゃなくて!私!ハイヒールなんですけど!?もう少しペース落としてよ!」
どうしたことでしょう!まだ歩き始めて5分も経っておりませんよ?もう口喧嘩ですかねー?これだから人間は醜いのですよ。
ま、それも娯楽として私ピェロは観ているわけですよー?はい。
それにしても、あのお嬢さんの言うことは至極当然な主張ではありますねー?
ハイヒールなんて履いていて、山道や川岸を歩けるわけないのですから?父親も気を使えばよろしいのに。
……え?問題はそこじゃない?ハイヒールで来た奴が悪い?おお!そこは盲点でした!いやはや、そちらが最高のツッコミどころでしたか!
おっと?先程の喧嘩はまだまだ長引きながら進むようなので、時間を少し巻き戻して残りの2人をみてみましょうか。
「おーい、三人とも急いでくれよー?長さがどれだけあるのか分かってるのか?140km程はあるんだからな?」
「パパが急げって」
「兄ちゃんな、実はショックすぎて足取りが重くなってんだ」
「どうして?」
「いやな?兄ちゃん普段からサッカーで足腰鍛えてたんだけど、上流まで来る間に何度か転けかけてるよな?」
「僕もパパもだよ?それがどうしたの」
「気付いて無いのか。普段化粧して、筋肉なんて必要のないような人生を歩んでる姉ちゃんだけが悠々と歩いてんだよ。しかもハイヒールでさ!ゴリラかよ」
「あー!」
こちらはこちらで興味をそそる会話ですねー。ハイヒールなんて山道や川岸なんか歩いたもんなら小石どころか大きな石の上でも躓きますよね。
それでも転けもしないし、ヒールが折れてもいない。いやはやどんなトラックが隠されておるのやら。
ああ!また私としたことが、間違えてしまいましたねー。"トラック"ではなく"トリック"でごさいましたね。
等と言っているうちにどうやら何かまた起きたようですねー。
「……ねえ?どうしてこんなこと僕らしてるのさ」
「いや、なぁ?そりゃこのワガママな姉ちゃん様に聞いてくんさい」
「くんさいって」
「取り敢えず待ってみようさ。決心してくれるだろうさ」
あらー。そういうことになっているわけですかー。
え?皆さん見てわからない?これは失敬。
今起きてるのは、お嬢さんがどうやら何か決心しなければならない状態で、うずくまって動かないようなのです。
三人の眼前には反対岸に渡る為の飛び石が幾つか。
勿論父親は一人で先に渡り待ってらっしゃるようですが。安全確認はそれで一応はしてあるということでしょうかね。
そもそも決心するものも実は変でなんですよ皆さん?男二人が提案した四択がね、私ピェロですら謎なのです。
一:帰る。
二:お兄さんが抱っこorおんぶ。
三:弟君が(以下略
四:そのまま行く
おやおや。1番肝心な選択肢がありませんねー?ハイヒールを脱ぐというね。そう考えると謎だと思いますよね?ね?
とは言え、夜になるまでには手掛かりの一つも見つけたいようで、男二人はうずくまるお姉さんを放置して先に渡るようですねー。困りました。
「じゃあ。先行くから姉ちゃん」
「僕も行くから」
「……ちなさい」
「「え?」」
「……待ちなさいよ。行くわよ!そうよ!まだ平石なだけさっきの道より歩きやすいんだから、よく考えたら楽勝じゃん!」
あらら。お姉さんはどうやらお二人の作戦に引っかかってしまったようですね♡
勝気なお姉さんには、放置や敗北感などは気に食わないのを承知で先行しようとしたのでしょう。
いやはや、姉弟というのは得てして扱い方を知っているものですねー。
私にも兄姉がいましてねー。え?興味ないからさっさと話を進めてくれ?はいはいわかりましたとも。
私の事はどうでも良いですね。またの機会にいたしましょう。
何だかんだありましたがどうにか渡りきったようで。
私的にはお姉さんが水浸しだとか、荷物だけ落ちるとかそういうハプニングを期待したのですがねぇ、特にありませんでした。あー残念。
その後も川沿いを歩き進む間に父親が何か見つけたようですねぇ。
何やら立て札と半径30cm程の底の見えない水溜りでございます。
どれどれ。ふむふむ。ほぉー。ということらしいですね。え?いや、だから見えないって?もーう。
どうやらですね?立て札には、そこの水溜りに物を入れると女神様が出て来て云々のことが書かれているんです。
いやー至極怪しいですねー。これ以上なく怪しいですねー。
もう新興宗教の勧誘ほど怪しいですねー。私ピェロは宗教観念は無いのですけれど。
「……本当か?これ。いやまぁ、嘘でない可能性もあるな。おーい。誰かこれ試しに物入れて見てくれないか」
「なによ。お父さんが見つけたんでしょ。ならお父さん試して見てよ!私、本物じゃないとやりたくないもん!」
「なぁ姉ちゃん。その手持ちのビニール袋なに入ってんの。さっきから気になってたんだけど。音とか」
私もそれは気になっておりました。私が父親を見ている間にいつのまにか増えている荷物ですねー。
少し戻って見てきます。一瞬ですので連れてはいけないのでお待ちを。
えーと、お姉さんがですね背負っていたリュックの中に入っていたもので、それっぽい場所なのでわざわざ取り出したようですねー。
「いや、これ?あれよ。投げ入れようと思って持ってきてた物。主に美容用品だけど?小顔ローラーとか櫛とか」
「案外実用的なんだな。そこら辺は女子だな姉ちゃんも」
「"そこら辺は"ってどういうことよ!まるで他は女子じゃないみたいじゃない!そういうアンタたちは何持ってきたのよ」
おお?これは面白いことになりそうですねー。
みなさんどの様な物を持ってきたのでしょうね?私ピェロも俄然興味がありますよ。皆さんもそうですよね?
「俺?サッカーボールとかスパイク。後は……大概サッカー関連の物かな」
「僕はゲーム機と、プラモ」
おっと。私ピェロ、持ち物に興味があったのですが、言う程のものではありませんでしたね?
おや?……何でしょうかあれ。弟君はおよそ中学生なのでしょうけれど、どうしてあんな大人の道具を隠して持って……!
え?何のことかって?いやいや大人の道具って言ったら孫の手しかないですよね?背中をかくのに使うものですよ?
みなさん何か勘違いなされましたか?いやいや、そんなことはありませんよねー?そうですよね。
などと言ってる間に、父親が鞄から物を出して水溜りに投げ入れてしまいました。勇気があります。偽物だったら怖いですものね?
「む。偽物じゃないかとは思っていたけど、やっぱり偽物かぁ」
投げ入れてからおよそ半刻、一応待ってみたようですが、一向に水溜りに反応は無し。どうしても反応は無し。
いやぁ偽物でしたかぁ!そうじゃないかなと思ってたんですよー。こんな所にそんなのあるわけないですからね?
「……因みにお父さん何入れたの?」
「え?あー。ゴルフボール。安めのやつ。最近ゴルフ始めたからな」
「親父趣味だね」
「パパもう親父って歳だもんね」
「お父さん下手そう」
おやおや三人揃ってボコボコに言いますね。まぁ、遠からずって所のようですね。
「なーんだ。偽物かぁー。僕もう帰ってゲームしたいから帰ろっかなぁ」
そう言いながら弟君は、道端の石を蹴りました。それは看板の向こうの大きな水溜りではなく、看板手前の少し大きめのコタツほどの水溜りに入って行ったではありませんか!
すると、どうでしょうか。中から小石(血だらけ)を持った女神様が現れたではないですか!なんとまぁ……醜いですね。
ほんとーに醜いです。間違えました。見にくいで。表現的には見にくいが正しいですね!
《お前が落としたのはこの小石か?》
女神様は言いますが、明らかに声がキレています。
選択肢はありません。何故なら、お伽話に聞く限りの"金の〜銀の〜"と言うのがありませんねー。答えはYESorNOしかありません。
本当のことを言うのが正解ですから?それはもちろん答えますよね!
「え、えーと本物ですよね?女神様ですよね?」
《いいから、お前が落としたのはこの小石か!と聞いている!》
あらまぁ、女神が怒ってどうするんですか?発情期なのでしょうかね。
「そうだよ。小石を落としたのは僕だよ」
《正直者ですね。そんなアナタには、これをっ!あげましょう。
ドスンっとした音と共に大きな大きな血だらけの岩が弟君の目の前に落とされたようですね。
全部が血に染まって真っ赤になっていますよ。よく居るピエロ達のお鼻のようですねぇー。
私はピェロなので違いますけど。
《……で、何?あんた達。私の家に何か用なの?木こりの話の噂って1000年前に廃れたはずなんだけど、何かの宗教の勧誘か何か?》
「女神様だよね?あのさ。私のローラー凄くしてくれない?金とか銀とかさ」
お?お姉さんがローラーを水溜りに投げ入れましたよ?距離にして3mほどですね。
ローラーと言っても小顔ローラーのことですよ?ピンク色の小顔ローラーですよ?ピンク色の。
「ねぇ、落としちゃったんだけど、女神様拾ってきてよ」
《嫌よ。どうしてアナタのためにそんなことしなくちゃならないのよ?》
そう。私ピェロは、何を隠そうこの女神のご友人を名乗らせて頂いておりまして。彼女の性格も承知の上で見ていたんですよ。ええ。
「じゃ、じゃ私のローラーは?!私のピンク(色の小顔)ローラーは?!」
《あ、自分で取りに行く分には良いわよ?ただし深い上に、時間内に戻らないと出れなくなるけどね》
おやおや、またこの女神は理不尽なことを言っていますねー?ちゃちゃっと返してやれば良いのに、楽しんでいるわけですよ。良いですね。
「……諦める。それぐらいまた買う」
《わかりました。では私はこれで帰らせていただきます……、また投げ込んだら、次は容赦しないからな》
女神はそう言いながら水溜りの中に帰って行きました。
「……帰るか」
そう父親が発した言葉を最後に、家に着くまで誰1人として言葉を発しませんでした。よっぽど最後の顔が怖かったのでしょうね。お見せできないのが残念です。
いやはや、人生そう上手くはいかないものですね。欲しいものは努力して手に入れましょうということです。
この物語案内役、ピェロでした。皆様の後ろにも私は潜んでおりますよ?
後日談。
いやーお疲れ様ですね。まだ女神やれるんじゃないです?
《お前。見てたんなら来ないように止めてくれ。あの小石結構破壊力あって死にかけたんだからな》
私にそのような権限はありませんよ。1000年前の貴女なら結界張って直撃を防いでいたでしょうに。
《まさか、来るなんて思わないじゃない?》
現世に残っているからそうなるんですよ。