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カエルと魔女の花嫁探し  作者: 天野 仰
終章:カエルと魔女
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そしてネズミはニンマリ笑う

 ゲホッ、ゲホッとセレネーが咳き込んでいると、目の前に大きな人影が現れる。そして背中に何かが回されたと思った時には、前からのしかかってきた重みに押され、天井を仰いでいた。


 ソファーに背中が大きく沈み、思わず全身への圧迫感と息苦しさでセレネーは目を硬く閉じる。そして薄くまぶたを開いた時、目前の光景に固まった。


 見たこともない金髪の穏やかそうな顔立ちをした青年が、セレネーを見下ろしていた。やや細身の体つきではあるが肩幅はあり、すらりと長い手足には男性らしい筋肉がしっかりとついている。


 海をギュッと濃縮したような青い瞳は潤み、じわじわと涙の粒を膨らませていた。


「セレネーさん……ああ……」


 唇が戦慄き、何か言いたそうなのに言葉が出せない。それでもこの想いを伝えたいのだと言わんばかりに、青年はセレネーへ覆い被さるように飛びついてきた。


「ちょ、ちょっと、王子、落ち着いて! 気持ちは分かるからっ、ねぇ、ちょっと――」


「やっと元に戻れました! ありがとうございます……セレネーさんに解呪して頂けて……すごく嬉しいです……わぁぁぁぁっ」


 青年が――アシュリー王子が感極まって泣きじゃくる。元に戻っても泣くのがやっぱりカエルらしいと思い、自分の知っている名残りを感じてセレネーはホッとする。しかし、やっぱり見慣れぬ人の姿に戸惑いは隠せない。しかも――。


「泣きたいほど嬉しいのは分かったからっ! お願いだからちょっと離れて! 今の王子、真っ裸なんだからっ!」


 そう、今までカエルだったから着る服などなかったのだ。解呪されたら服もおまけでついてくるなんて、そんな都合のいい話はない。真っ裸で押し倒されて体を密着されているという状況に、セレネーはジタバタと暴れて離れるよう訴えることしかできなかった。


 なぜかアシュリーが不思議そうな顔をして首を傾げる。それからハッとなって体を離そうとしたが、辺りをキョロキョロと伺ってから「すみません!」と謝りながらまた抱きついてきた。


「カエルの時の感覚をそのまま引きずっていました……近くに服がないので、持って来てもらえるまで、このままでいさせて下さい。このほうが恥ずかしいものをお見せせずに済むので……」


「裸見せないために密着するって、どういう発想してるのよ?! ああ、もう……ちょっとそこのネズミ、見てないで何か王子の体を隠せる毛布でもタオルでもいいから持って来て」


 一連のやり取りをニヤニヤとしながら見ていた少年の姿のままのネズミは、踵を返して奥の部屋へと消えていった。


 明らかに面白がっているネズミを、あとで怒らないと……と呆れ半分のセレネーへ、アシュリーが顔を近づけて微笑む。


「セレネーさん、愛しています。これから一生かけて貴女に尽くし、大切にしていきます……だからどうか、私の妃になって下さい」


 きっと王子に憧れる乙女なら、誰もが素直に頷くのだろう。

 でも自分は違う。セレネーは首を横に振る。


「妃なんてガラじゃないからやめとくわ。解呪できたんだし、ほら、自分の国へ帰りなさい」


「いいえ。戻る時はセレネーさんも一緒です! 来てくれるまで説得し続けますから……私がどれだけめげないかは、よく知っていると思いますが……」


 そう言って優しく微笑むアシュリーの顔に、セレネーは思わず胸を詰まらせる。


 ずっと見たかった王子の笑顔。

 これだけのために付き合い続けてきたと言っても過言ではない。


 報酬としては十分どころか、おつりがくるほど。

 旅は終わった。依頼は完了した。王子との縁はこれでおしまいなのに――。


(はぁ……諦める気なし、ね)


 セレネーはわずかに息をつく。

 この王子、何が何でも縋って、頭を下げて、国へ連れていこうとする気満々だ。どれだけ粘るのかは、これまでの旅で十分に分かっていた。


 私なんかやめておきなさいよ、と言いかけたが、アシュリーに抱き締められて言葉を奪われる。


 ……もう降参するしかないか。

 セレネーは小さく笑いながら、まだ素肌をさらしたままの背中に腕を回した。




 奥から布を持って来たネズミだったが、抱き合う二人を見て即座にくるりと背を向ける。

 そしてニンマリと笑いながら「お幸せに」とつぶやいた。



【END】

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