物質コピー機
「これでスキャン出来るんですか」
その言葉に白衣の男は笑った。
「そうだ。ここで三次元的に取り込まれたデータをこっちの解析装置に送り、あの台で構成される」
白衣の男が黒い機械の箱を撫でた。
「それにしても凄いです……。物体のコピーだなんてよく実現できましたね」
「ははは。流石の俺も途中で投げ出しそうになったがな」
そう言って白衣の男は装置の中に、アルミニウムで出来た立方体をセットした。すると、不快な高音と共に台の枠組みが回転する。
「これで準備は完了だ。このスイッチを入れれば後はこいつがやってくれる」
差し出されたスイッチを、恐る恐る動かした。しかし、何も起こらない。不満げに白衣の男を見る。
「……入れましたけど」
「なんだ、何も気付いていないのか? あれを見てみろ」
白衣の男は指をさす。その方向を見ると、少し離れた個所にセットされていた筈のアルミニウム立方体が出現していた。
「えっ……!? 何も音なんてしませんでしたよ!?」
「スキャンはちっとばかし煩いがな、構成に音は出ない。どうだ、凄いだろう」
白衣の男は構成されたアルミニウム立方体を投げて寄越した。慌てて受け取り、セットされていたコピー元のアルミニウム立方体と比較してみる。
「細かい傷まで同じだ……。これ、食べ物なんかも……?」
「検証済みだ。肉はまだやっていないが、野菜等は構成出来た。しかも、こいつはコピーしたデータを保存することが出来てな、いくらでも作る事ができる」
そう言ってもう一度スイッチを入れると、先程のアルミニウム立方体が再び出現した。
「食糧問題もこれで解決するじゃないですか!」
「あぁ、そうだ。この技術は世界を変える技術だからな。当然だ」
感心して、手の中の立方体を触っていると、ふと、あることに気が付いた。
「そういえば、分子をスキャンしてコピーするのは分かったんですけど、構成に必要な分子はどこから持ってきているんです? 無から有は生み出せませんよね?」
それを聞いた白衣の男は嬉しそうな顔をした。
「四十年前、量子コンピュータが実用化されたのは知っているな?」
「そりゃそうですよ。これだって量子コンピュータ使ってますよね」
「勿論だ。それで、その量子コンピュータの原理までは知っているか?」
知るわけないじゃないかと、勿体ぶった問いかけをする白衣の男を不満げに見る。
「量子コンピュータは1と0を同時に持つことができる。コインで例えるなら、裏と表のどちらにもなる可能性も持っているわけだ」
「どちらにもなる……?」
「あぁもう君は理解力が足りないな」
白衣の男は大げさに頭を抱えた。
「貴方が勿体ぶるからじゃないですか」
「つまりだな、このコンピュータは並行世界にも存在している。そして、無数にある並行世界のコンピュータで同時に計算して答えを導き出すんだ」
厳密にはもう少し違うが、と白衣の男は付け加えた。
「並行世界、ですか」
「そうだ。このアルミニウム立方体も無から作った訳じゃない。並行世界から分子を取り出して作っているんだ」
「じゃあ、その並行世界からはアルミニウム立方体分の分子が無くなってるってことになるんですか?」
「多分な」
「多分って……あなたがそう言ったんじゃないですか」
「観測できないんだよ、並行世界は。便宜上そう呼んでいるだけで、本当に並行世界が存在するかなんて分からないし、原理だって予測でしかない。あ、水飲むか?」
白衣の男はペットボトルの水を差し出した。ラベルのついてないボトルからは、怪しさが漂っている。
「要りません。……って、それじゃあ、そのスキャナー、何かわからないけど動いてるからいいやって状態なんですか!?」
「まぁ、そうなるな」
「それって危ないんじゃ……」
「知らん」
なんでも無さそうに言う白衣の男に呆れた。
「知らんって……」
「そんな事に怖がってたら科学は進歩しない。この技術は世界に必要なんだ」
駄目だ。この人は耳を貸す気がない。
「いいですよもう……私が何を言ったって聞かないんでしょう?」
肩を落として聞くと、白衣の男は当たり前のように答えた。
「聞く理由がどこにある? ……あぁ、そんなことはどうでもいんだ。今日はこいつを使ってある実験をしようとしててな、見てくか?」
「どんな実験です?」
「こいつだ」
そう言って男はカゴを取り出した。
「それ、マウスですか……? まさか、生き物をコピーしようとしてませんよね!?」
「そのまさかだ」
「……出来るんですか?」
「分からんから実験するんだろう。もしコピーされたマウスが動いていれば、このスキャナーはあらゆるものをコピー出来ることになる」
クローンは倫理的に……という思考が頭を過ったが、自分の中の好奇心がそれを抑え込んだ。
「それで、どうするんだ?」
白衣の男の問いかけに、遂に好奇心が勝ってしまった。これから行われるであろう、生命への冒涜が、神秘への到達が見たくなってしまったのだ。
「……見ます。ここで帰るのもモヤモヤしますし」
「そうこなければな。よし、じゃあ早速だが、始めるとしようか。カゴは……いいか、カゴごとコピーすればいい」
セットされるマウスに、心臓が高鳴った。早くスイッチを入れてくれと声が出そうになる。
「もう、スイッチを入れても?」
「ん? 君が入れたいのか。まぁいい、その為に呼んだようなものだからな。構わんぞ」
既に手に取っていたスイッチを入れようと指先が触れる。スイッチの冷たさに肩が跳ねた。まるで犯罪でも犯しているような気分だなと、苦笑いしてスイッチを入れた。
「第一段階は完了……といったところだな」
実験はあっけなく成功した。カゴの中では、コピー元と同じマウスがガタガタとカゴを引っ掻いていた。
「第二段階があるんですか?」
「あぁ。このマウスには、少し複雑なエサやり機の扱い方を学習させている。こいつを一回で動かすことが出来たなら、記憶までもコピーしていることになるだろう」
エサやり機をカゴに入れると、コピーしたマウスはエサやり機に近寄る。そして、エサがでるチューブの横についた棒を頭で押し、エサを取り出して食べた。
「これって……記憶がコピーされたんです、よね?」
「そうだ。これで、スキャナーでコピーできないものは無いことが証明された!」
おかしくて堪らないと言うように、白衣の男は腹を抱えて笑い出した。
「っははははは! これは凄いぞ! なぁ、そう思うだろう!」
「はい。これさえあれば、もっと豊かな暮らしが送れますね。飢え死には無くなって――」
「――第三段階だ」
白衣の男は笑いながら呟いた。
「えっ?」
思わず聞き返す。実験はこれで終了したのでは無かったのか。
「この部屋を見てみろ」
言われるがまま、周囲を見渡す。
「……?」
「この部屋を、巨大なスキャナーに改装してある」
一瞬、何を言っているのか分からなかった。
「は……?」
「分からなかったか? この部屋自身がスキャナーだと言ったんだ」
そして、と白衣の男は部屋の壁を指差した。この施設は地下に存在するため、窓のない、無機質な壁だった。
「スキャンした対象は180度回転した状態であそこに上書きされる。つまり、この部屋と全く同じ環境が再現されるんだ」
「ま、待ってください! それって人間をコピーするってことですよね!? 流石にそれは駄目ですよ!」
「安心しろ。この大型スキャナーには削除機能が搭載されている。確認したら直ぐに消すさ」
「直ぐに、消すんですね?」
「勿論だ。十数秒も見るつもりはない」
「それなら……」
その程度なら大丈夫だろうと、不安の中了承する。頭の中で何か警告音が鳴っている気がした。
「安心しろ。すぐに終わる」
そう言って白衣の男はスイッチを入れた。不快な高音と共に、自分がスキャンされていく。何かが当たっているような感覚は無いが、妙に気持ち悪かった。
「成功だ……。やったぞ……」
声が聞こえた。白衣の男の声だ。しかし、声に違和感を感じた。向こう側には、この部屋を180度回転した部屋がくっついたように出現していた。成功だ。
「でも、何か声が……」
そこで、自分の声にも違和感を感じた。そして、部屋の向こうを見て気付いてしまった。
あちらも、同じことを話しているのだ。
「早く消して下さい!」
思わず叫んだ。しかし、その声は向こうからも同時に聞こえる。
「……不味いな」
「どうして消さないんですか!?」
徐々に、向こうと声がずれ始めた。あちらに至っては、白衣の男に掴みかかって体を揺らしている。
「これ、削除機能もコピーされてる」
「はぁ!?」
「巨大スキャナーはこの部屋にある。つまり、スキャナーもコピーされてることになる。あちら側も、こちらを消せる可能性がある」
あちら側も同じことを説明していた。
「じゃあ早く消さないと!」
「あれは俺と同じ考えを持ち、同じ記憶を持っている。削除スイッチをあちら側も押そうとするだろう。そして、スイッチはあれだ」
白衣の男が見ているのは、スキャナーの枠、つまり部屋の境界付近であった。
「なんでそんな所に作ったんですか!?」
「……どうせ押せば消えるだろうと、あちらにも削除スイッチがコピーされることを想定していなかった」
「…………じゃあ、どうするんですか?」
「あいつを殺す」
白衣の男はパイプ椅子を掴む。
「ころっ……!? あれは私達ですよ!?」
「もう違う。現にこちらの動きと一致していないからだ。座標が違うから動きにも違いが起こっている」
「だからって……」
「お前はスイッチを押せ。あちらも同じことをしてくるだろうが、同じなのは行動だけだ。同じ動きじゃない。五分五分だが、やってくれ」
その言葉に体が震えた。
「だから辞めようと言ったんです……!」
「……すまん」
あちら側と睨みあっていると、遂に動きがあった。あちら側から動き出したのだ。
「行けッ!!」
白衣の男が叫ぶ。反射的に駆け出した。あちら側の自分の方がスイッチに近い。間に合わないだろう。
「それならっ……!」
スイッチではなく、自分めがけて飛び蹴りをする。直撃し、あちら側の自分と地面に倒れこむ。
「離してください!」
「やめてください! あなたがコピーなんですよ!?」
「コピーにコピーの自覚はなくて当然……ですよね……!」
暴れる自分を押さえつける。目を白衣の男の方に向けると、その光景の衝撃に思わず力が緩まった。だが反撃はない。衝撃を受けているのはあちらも同じだからだ。
部屋の境界で、片方が頭から血を流し、倒れているのだ。大量の血を流し、痙攣している。一分も経たずに死亡するだろう。
「俺が本物だ! スイッチを押せ!」
無事な方の白衣の男が叫んだ。もう本物かコピーかは言葉で判断出来なかった。もし倒れているのがこちら側の白衣の男だったら……と恐怖が襲う。
「安心しろ! こちら側には地上への入り口がある! あちら側の部屋にはコピーしても地上と繋がらない階段があるだけだ!」
目を向けるとあちらの部屋には確かに階段の途中から土がこぼれ出ていた。咄嗟に起き上がり、こちら側のスイッチを押しに向かう。馬乗りになっていた分こちらの方が早くスイッチに到着する。
「まっ……」
あちら側の自分の声を断ち切るようにスイッチを押した。先程までコピーされた部屋があった空間は消え、代わりに土が降り積もる。
「はぁ……はぁ……。こんなの、謝って済む問題じゃありませ――」
声が途切れた。広がる赤い血溜まりに、消えたはずの白衣の男が倒れていたからだ。
「ぇ、は? だって……地上と繋がらない階段があるのはあっちだって……!?」
そういえば、白衣の男は、コピーした瞬間階段を確認していただろうか。
していない。
コピー先に繋がらない階段が発生する事など、どちらも知っているのだ。
「あ……あ……」
力が抜け、座り込む。体を引きずるように白衣の男の方へ移動する。体が血で濡れることも厭わず首に手を当てた。生暖かい血が服に染み込んでいく。
「う、そ……」
死んでいた。心拍も停止し、血も流れてはいなかった。
「はは……は」
よろよろと立ち上がり、近くの棚を開ける。白衣の男が、数か月前に護身用だと作っていた散弾型スタンガンを手に取る。高電圧高電流弾が入っていることを確認すると、血まみれの手で電源を入れた。
*
「…………んぁ……?」
「目が覚めましたか」
「あれ……あれからどうなったんだっけか……?」
白衣の男は布団から起き上がった。
「馬鹿ですね。パイプ椅子でぶん殴られて気絶だなんて。それから三時間も寝てたんですよ?」
「パイプ椅子で……か。スキャンしてからの記憶が無いな……」
「見事に頭へ直撃してましたよ」
白衣の男は胸や腕、肩を触る。
「いってて……全身滅多打ちか。頭より体の方が痛いなんてあっちの俺も性格が悪いな……」
「まったく。私がスイッチに届かなかったら消されてましたよ?」
その言葉に白衣の男は固まった。
「あー……そういや削除スイッチも中に作ってあったんだった……」
「これで貸し1ですからね?」
「すまなかった。……ところで、一つ聞いてもいいか?」
「何でしょう?」
「お前、今日そんな服着てたか?」
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