表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
家の家  作者: 厠 達三
5/5

5 空家

「いやだなあ、おばちゃん。こんなのを真にうけとるん? これはただのゴシップやで。週刊誌やインターネットなんて、悪口ばっかりで当てになんかならんのやで。そんなことも知らんの?」

「ゴシップなんて横文字は知らないね。とにかく、あんたんとこの言いなりになって契約して、土地も財産も全部失くした連中が裁判も起したらしいが、全部負けたそうだね。そりゃあそうさ。あんた等どうせ弁護士を何人も雇って、こっちが勝てない契約書を用意して判を押させてるんだからね。欲の皮を突っ張らせた年寄りが束になったって勝てるもんか。そもそも家賃収入の保証なんて、最初の建設費でぼったくってんだから、十年出したってお釣りがくるってもんだ。そんな単純な騙しにも気付かずに、借金までする馬鹿な年寄りを引っかけりゃいいんだから旨い商売さ。契約をひとつ取ったらあんたには特別手当が出るうえにハワイ旅行にまで行かせて貰うらしいが、生憎こっちにそこまでしてやる義理はないよ。旅行に行きたきゃ自分で行きな!」

 婆さんが一喝すると建部は顔を伏せたまま食い下がる。

「おばちゃん、契約取ったって手当ても旅行も貰えへんよ。考えてみてや。契約取るごとにそんなサービス、従業員にしとったらそれこそ入れ足しやで。それだけでこんな週刊誌とかに書いてあることが嘘やと分かるやろ? 僕はあくまでおばちゃんの老後を心配して……」

「御託を並べるんじゃないよ! アンタに老後の心配される覚えはないよ! 呼ばれもしないのに何度も押しかけてきやがって。どうせアンタら、そうやって年寄りの蓄え奪うだけじゃ飽き足らず、家、土地全部むしり取って、馬鹿な年寄りほど引っ掛けやすいと裏で笑ってんだろ! 馬鹿な年寄り引っ掛けるんならそれでいいさ。だがね、アタシをそこらの欲ボケと一緒にすんじゃないよ! アタシはお前らガキがはなたれの頃から家、土地、財産、必死に守ってんだ。間違ってもそんな甘い話に転んだりするもんか。さあ出て行け。二度とアタシの前に現れるな!」

 婆さんの長口上が終わると建部は項垂れたまま、体が小刻みに震え始めた。最初は怒りか情けなさで震えているものと思った。が、それは笑いを堪えた震えなのだと気付いた。

「なんだい。何がおかしいんだい」

 婆さんもさすがに気味が悪いのか、声の勢いが衰えた。建部がわずかに顔を上げると、その顔は確かに笑っていた。そしてその視線は婆さんではなく、縁側に向けられていた。何があるのかと婆さんも縁側を向く。その光景にぎょっとした。

 縁側の向こう、コンクリ塀の上から何人もの年寄りがこちらを窺っていた。全て見覚えのある、近所の住人達だった。たちまち婆さんの頭に血が昇る。

「なんだいアンタら! なに勝手に人の家を覗いてやがる! さっさと失せろ!」

 だが婆さんの啖呵も虚しく、塀の上にずらりと並んだ顔は恨めしそうな表情を変えず、動こうともしない。まるで生首が並べられているようだった。

「あんたも頭が悪いね、婆さん。いや、こんな資料云々じゃなくて、俺みたいな素性も知れない男をホイホイ家に上げるその甘い根性がさ」

 建部が暗い笑みを浮かべたまま立ち上がり、婆さんに近付いた。

「なんだい。近寄るんじゃないよ。ここはアタシの家だ! さっさと出て行け!」

「大声でも出すかい? 無駄だよ。周りを見てみなよ。ここにはあんたに一日も早く消えてほしい連中しかいないんだから」

 建部はなおも婆さんとの距離を詰める。

「俺はもう取引済みなんだよ。契約と引き換えにあんたを始末する。俺の犯行はもみ消してくれる。住民の願いが叶って俺は契約が取れる。でもそれだけじゃあ俺の旨味が少ない。だから最後にチャンスをやったんだよ。あんたが契約にサインさえすりゃあ、もっと穏便に済ませてやったんだぜ。でもあんた、それもドブに捨てちまったな」

 婆さんの顔が恐怖と怒りで醜く歪む。

「俺を汚いと思うかい? でもね、考えてもみなよ。今時こんな分の悪い契約する年寄りなんかいないんだよ。よっぽどのオプションでもない限りはな。そうじゃなければこんな田舎にアパートなんか建つもんか。あんたは自分が賢くて物知りだと思ってるようだが、こっちだってプロだ。あんたみたいなにわか知識で理論武装した気になって、セールス追い返して暇潰ししてる年寄りなんか珍しくもない。あんたみたいな年寄りから土地を吐き出させる方法はひとつしかない。それは大勢の人間が望んでることでもあるんだよ」

 婆さんが悲鳴をあげる。助けを請う。だが、その光景を見る周囲の人間は一言も発することなく、じっと成り行きを凝視しているだけだった。

 数ヶ月後、マツエの婆さんの遺体が自宅で発見された。近所との交流もなく、通報する者もなかったため、発見が遅れ遺体の腐敗は進んでいたが、絞め殺されたものだった。

 警察は捜査に着手したが、目撃者も証言者も皆無に等しかったため迷宮入りとなった。

 その後、婆さんの家の近くに場違いに洒落たアパートが建ったものの、入居する者はほとんどいなかった。

                                            ~了~

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] マツエばあさんの末路!!:( ´ω` ): アパート建てても建てなくてもばあさんは終わっていたんだなって。闇が深いわ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ