3 玄関
「こんちは。おばちゃん。昨日のは会社から持たされた菓子折りだったけど、今日は僕のポケットマネーで買うてきたんやで。一緒に食べよ」
建部がそう言ってかざしたナイロン袋は近所のコンビニの袋。中身もドーナツと缶コーヒーがふたつづつ入っていた。
「アンタも物好きだね。それが商売なんだろうが、アタシはなにを言われたって、何も買う気はないよ」
「買わんでもええねん。僕、おばちゃんと話しに来ただけやから。ご近所さんのこととか聞くのも仕事のうちなんよ」
そう言うと婆さんはしばらく逡巡して、
「入りな」
建部を玄関まで促した。が、家まで入れない。婆さんは玄関口に座り、建部を入り口の手前に立たせたまま話を始めた。
「最初に言っとくが、あたしはアンタなんかちっとも怖かないんだ。ただ目障りだから帰れと言ったまでだ。そこんところは勘違いするんじゃないよ」
「ああ、そんなことを気にしてたんだ。心配しなくていいよ。僕、おばちゃんが臆病なんて思ってへんから」
「心配してんじゃないよ! 間違えるなって言ってんだ!」
婆さんが睨みつけると建部は宥めるように両手を挙げた。
「それと、アンタがこの近所の連中のなにを聞きたいかは知らないが、それなら教えてやらんでもない。ただアンタんとこの商売の役には立たないけどね」
それを聞くと建部は喜びを露にした。
「うわあ。本当? 嬉しいなあ。僕おばちゃんとずっと話がしたかってん。是非聞かせてやぁ」
「調子に乗るんじゃないよ。言っとくが金目の話はないよ」
そう言うと建部が持参した袋を取り上げ、長広舌を始めた。
婆さんは延々と近所の悪口、ゴシップを並べ続けた。そして自分がどれだけ近所の人間によって迫害され続けてきたかを訴えた。建部は相槌を打ちながら数時間、玄関前で立ったまま話を聞き続けた。
「ふーん。この近所の人等、おばちゃんのことがよっぽど嫌いなんやねえ」
「そうさ。あいつらはアタシの土地に住まわせてもらってるくせに、感謝のひとつもしないどころか、アタシを目の敵にしてる。恩を仇で返すとはこのことだ。ロクな連中じゃないよ」
ひとしきり腹の中に溜まっていたものを吐き出してすっきりしたのか、表情はいくらか穏やかになり、ひとつ息を吐いた。するとすかさず建部が切り出してきた。
「それじゃあさ、次は僕の話を聞いてよ。おばちゃんのためにもなるし、近所の人等を見返す、めっちゃええ話があるねん」
再び婆さんの顔が厳しくなった。
「それとこれとは話が違うよ。まあ、アンタも辛抱強くアタシの話を聞いてくれたから、そこんとこは褒めてやる。今日はもう帰んな」
「うーん。僕はもっと話したかったんやけど、そう言われたらしょうがないわあ」
建部は頭を掻きつつ、玄関を後にした。だが、翌日も建部は婆さんの自宅を訪ねてきた。