テノヒトツ
「先手、必しょぉぉぉう!」
かけ声と共に先に動いたのはクリティカ。突きの構えから蛇腹剣を突き出すと伸縮する刃が伸びてシュレイへと向かった。
当たる寸前でシュレイは身を翻し、伸びる刃の横を走ってクリティカへ近づく。
(たった一撃が致命傷になり得るなら、極力当らないことが最優先だけど……)
射程距離まで近づいたシュレイは左手の投矢を飛ばした。
「うおっと!?」
クリティカに避けられるのを見るとすぐに新たな矢を作成し、続けざまに三発投げつける。
「たっ、とっ、ほぉ!」
変な掛け声と共に矢を避け、刃が戻って来た蛇腹剣を振り切る。左側から波状に伸びてくる飛び越えるとシュレイは開始地点へと戻った。
「へっ、なかなかやるじゃねぇか」
「それはどうも」
(いや、今の攻防程度でそんなことを言われるのはどうかと思うけど)
本音は隠したまま、シュレイは左手に新たな投矢を生み出す。
「そんなにバンバンMP使って良いのか? いざって時に弾切れ起こすんじゃねぇの?」
「ご心配なく、MPもリロードも高めなので」
投矢などの投擲武器やピストルなどの銃型武器は一発ずつ魔法のようにMPを消費する。つまり弾切れ、MP切れが存在するために多用や無駄撃ちは出来ないのだが、少なくともシュレイはその心配はしていなかった。
シュレイのMPは1000を超え、MPの回復速度を決めるステータス値、魔力回復―――リロードのステータス値も高めだ。それに投矢はその威力の低さから単純な一発にMPを1しか使わない。
そもそも投矢はストーリー序盤のショップにしか売っていない初心者装備の一つで、普通に使っていたらカンストプレイヤーほどの防守力を持つ者にはせいぜい一桁のダメージにしかならないだろう。
しかしシュレイは、それをあえて使っている。
「今度はこっちから行きます!」
シュレイは投矢を更に増やし、計十発。そのままではなくMPを増やすことで特殊効果を与える方法で投げつける。
誰もいない斜め上に投げた投矢は、急に方向を変えて全てクリティカ目掛けて直進を開始した。
「ホーミングか!」
命中率を高めた追跡投矢、通称ホーミング。それがまとめて十発向かってくる。
「けど、ムダだ!」
クリティカは蛇腹剣を操り、鞭のようにしならせて追跡投矢を斬りはらう。しかし一つが剣の軌道から逃れ、クリティカの肩に命中した。
「チッ、防ぎきれなかったか。だがダメージは大したことないな」
ホーミングの投矢は命中率が高い代わりに攻撃力が低くなっている。それがカンストプレイヤーに当った所で表示されているHPバーには目に見える変化は無かった。
大したダメージにならないことは、シュレイはもちろん分かっている。
ホーミングを投げたシュレイは、もうその場に居なかった。それに気付いたクリティカは、
「どこに行った……そこか!」
首だけを動かして左右を確認し、動く物を見つけて刃を伸ばした。そこには、気配を消して近づいていたシュレイ。
(バレはしたけど、ここまで近づいたからには……引けないか!)
シュレイは身を捻って何とか直撃を避ける。右腕を浅く切りつけられ、それだけでも威力は投矢以上。HPを100程削られた。
しかしそのかいもあり、クリティカとの距離を手を伸ばせば届く位置にまで縮め、
「覚悟!」
声と共に、右手の短剣を振り上げた。刃を伸ばしたままで、武器による防御不能なクリティカは考えた。
このままじゃ喰らう! けど見たところ大した短剣じゃなさそうだ。蛇腹剣が戻ってくるまでせいぜい数発、ダメージはそこまでじゃねぇだろ。
刃が戻って来た瞬間、大技で喰らった以上のダメージを返してやるぜ!
ここまで考えた所で、クリティカはその場から動かないよう足に力を入れてシュレイを見た。
軌道を読み、足を動かさないでも避けられるなら避けようとシュレイの右手に視線を移す。
シュレイは短剣を握る右手を、ぱっと開いた。
その異様な光景に、は? とクリティカの声が出るよりも早くシュレイは動いていた。
開いた右手は本来握っていた短剣を離し、そのまま下に落ちて行く短剣より早く高度を下げ、ある位置で動きの向きを下から前へ。
シュレイの右手は今ようやく伸びきった刃の繋がる柄を持つクリティカの右手に触れると……
次の瞬間には、シュレイはクリティカの横を通り抜けて。手から蛇腹剣を盗み取っていた。
「は?」
ようやくクリティカの声が出た頃には目の前にシュレイの姿はなく、自らの右手の異変と、自分の真横で現在の持ち主に向けて収縮する刃を見て現状を理解した。
「お、オマエ、オレの蛇腹剣を盗ったのか!?」
縮んでいく刃を見て振りかえると、そこには右手に蛇腹剣を持ったシュレイの姿が。
「見ての通りですよ。なぜなら自分は、スティールのカンストプレイヤーですから。それを活かす戦い方をしないと」
蛇腹剣を掲げながらシュレイは答える。刃の収縮は残り半分にまで迫っている。
「そうか、だからあんな弱い武器で」
クリティカは理解した。シュレイの武器が弱かったのは使い慣れているからではない。いつ手放しても惜しくないようにだ。
このゲーム内において、手放した武器やアイテムは物により落ちている時間が限られ、その時間を過ぎると消滅してしまう。一度消滅するとまた入手するには同じ手順を踏まなくてはならず、大事な物はかならず閉まっておくようにと言われている。
シュレイが手放した短剣は序盤の村にしては高価な、しかしここストーンリバー上流のモンスターを一体でも倒せば何本でも買えるような物で、そんな武器を手放してレア度の高い蛇腹剣を手に出来たとすれば余裕でおつりが出る。
「さぁ、どうしますか?」
「ぐっ……」
蛇腹剣の刃が収縮する音を聞きながらクリティカは考える。
今の自分が持つ最高攻撃力の武器を盗られた。もちろん他の武器はあるがどれも蛇腹剣のリーチに増されない刃物ばかり。拳銃などの遠距離武器はどうも苦手で持っていない。魔法が使える杖も持っての他だ。
近づかなければ攻撃は当らない、しかし蛇腹剣のリーチは自分が良く分かっており、相手の左手には投擲武器の投矢もある。
完全にリーチ負けしている。だがどうやら左手の投矢も使いこなせ……
「ふっ……ハーッハッハッハッ!」
突然笑い出したクリティカに、追い込まれて壊れたのかと周りの観客達が考え始めた時、ビシッとシュレイを指さして叫んだ。
「残念だったな! いくら盗みが上手くても、それを使いこなせないんじゃ宝の持ち腐れだ!」
シュレイが左手に持つ投矢は武器熟練度MAXの光を放たなかった。その程度の武器を使いこなせていないプレイヤーがレア武器である蛇腹剣を上手く使える訳がない。
クリティカでさえ慣れるのに時間を費やし、熟練度MAXにはその倍近い時間を払ったのだから。
「確かに、こうして持つのは3回目、武器マニアの友人が貸してくれた時以来ですね。熟練度もMAXではありません」
「それなら怖くねぇ! 後は投矢に気を付けながら近づいて攻撃するだけだ!」
クリティカは中空から新たない武器を取り出す。
「さぁ覚悟…」
その時、目一杯伸ばしていた蛇腹剣の刃が元の長さに戻った。
瞬間、クリティカの物であった蛇腹剣がシュレイの手の中で輝いた。