ヌスムチヲ
「優勝者にはゲーム内での願いを何でも叶えてくれるんだろ!? そんなチャンスを逃すなんてどうしてるぜ!」
「貴殿は、確か」
「会心力のカンストプレイヤー、クリティカだ!」
テンガロンハットにウエスタンブーツ、身体も灰色を基調とした動きやすさ重視の防具で、ウエスタンのガンマン風な姿をしたクリティカは、防守力カンストプレイヤーに指を付きつけながら近づいて行った。
「そんなこと言って、実はこっそりと優勝する気なんじゃなねぇのか?」
「そんな気は、毛頭無い」
付きつけられた指を意に関さずに反論する。
「貴殿は怪しいと思わないのか? 全プレイヤーの中でごく僅かな数だけが、それも共通項を持つ者達がだ」
「それはアレだろ? 選ばれしプレイヤー達ってことだろ。わざわざカンストするまで遊んでくれてありがとう、お礼に願いを叶えますよって事なんじゃねぇの」
「……では、貴殿はこのイベント参加に意欲的ということでいいのだな?」
「当ったり前だろ!」
「そうか……ならば致し方ない」
防守力カンストプレイヤーは腰にさしていた刀へ手を添えた。
その姿を見たクリティカは後ずさりしつつ言葉を飛ばす。
「なな、何するつもりだ!?」
「貴殿の考えを改めさせてもらう」
「ち、力ずくでかよ」
「こうでもせねば考えを変えてくれそうにないからな、倒した後、改めて我の話を聞いてもらおう」
「っ……!」
クリティカは更に後ずさった。幸いなのはここはプレイヤー達の休憩スペースなのでダメージは受けないことだろうか。
しかしある程度威力のある攻撃には相手を吹き飛ばす効果があり、それによってここから外へ飛ばされることはありえる。そうして外に出されてしまえば、そこはダメージ概念のある場所だ。
その光景を、他のプレイヤー達は息を飲んで見守っている。
約二名を除いて。
「あのプレイヤー……強いの?」
「もちろん、なんてったってあの開拓者の一員だ」
シュレイは持ってきた情報ファイルのあるページを少女へと見せた。ページには防守力カンストプレイヤーの情報が書かれており、子供に読み聞かせるように読み始める。
「防守力のカンストプレイヤー、ヤマトシ。彼はかの有名な、最初にゲームストーリーをクリアして新たなストーリーを開かせ、それさえも最初にクリアしたプレイヤー達。通称『開拓者』の一員だ。見た目からも分かるようにとにかく防守力に力を入れていて、グループ内では皆を守る盾としての役割を一手に担っていたとされている。かといって攻撃力が乏しい訳ではなく、愛用する刀は一太刀でモンスターを斬り伏せるという、まさに鎧武者。ゲーム開始時からやっているかなりの古株だ」
その愛用の刀に手を掛けながらヤマトシはすり足で近付いて行き、クリティカは攻撃の範囲に入らないように後ずさる。
これが後2メートル程続けばクリティカは休憩スペースを出てしまうことに気付いた。いや、ヤマトシにそうなるよう動かされていることに気付いた。2メートルなんて言わずに残りが1メートルを切れば後はヤマトシが攻撃で押し飛ばすだろう。
そこまで分かってから、クリティカは、なんとか弁解の言葉を探す。
「そ、そもそもよぉ! マスコットからあんな言葉聞かなかけりゃそんなこと思わなかっただろ! ソイツこそイベントに意欲的なんじゃねぇのか!?」
「……確かに、そうだな」
ヤマトシは刀から手を離した。ホッとするクリティカを横に見ながら、周りのプレイヤー達に問いかける。
「この中に、あの時マスコットキャラクターにあの言葉を言うたプレイヤーはいるか」
カンストプレイヤー達は辺りを見回し、ある一点に集まった。
「みんな…コッチ見てる」
「そりゃあ、事の発端がここに居るからな」
プレイヤー達の視線を受けながらシュレイは立ちあがり、ヤマトシとクリティカの元へと歩いていった。
「コイツだ! あの時マスコットに質問したカンストプレイヤーは!」
「貴殿がそうか」
「えぇ、疑問だったので聞いたんですけど」
「名は、なんという?」
「……」
シュレイは少し考えた。ただ単に自らの名前を、自分のカンストした値を付けて名乗るだけで、周りのカンストプレイヤー達はどんな反応をするだろうか、と。
特に何もなくスルーか? 非常に驚かれるか? 色々と可能性を考えたが、シュレイはいつもの答えにたどり着く。
やってみなければ、分からない、と。
「自分の名前はシュレイ。スティールのカンストプレイヤー、です」
瞬間、周りの空気が変わった。
メッセージツールでカンスト値と顔の一致はここにいるプレイヤーなら出来るはずだが、ほぼ全プレイヤーがシュレイの言葉に驚いていた。
ヤマトシは腕を組み、シュレイを真っ直ぐと見る。
「スティール……盗み、か」
「えぇ、ステータス画面で確認出来る27のステータス。その中でサブステータスの一番下に表記されているスティール、盗みのステータスカンストプレイヤー。です」
スティール。つまり盗みのスキルはゲーム内においてステータスを上げることができるれっきとしたスキルの一つである。
コレは例えば、鍵のかかった扉や宝箱のキーオープン成功率。などではなく、純粋に他のプレイヤーから武器やアイテムを盗むスキルのことで。自分の持っていない物、欲しくてももう手に入らないアイテム、あるいは正式な取得方法が面倒だと思った時、この盗みのスキルで盗んでしまえるというゲーム内で認められたアイテム入手方法なのだ。
もちろんデメリットは存在する。盗みが一回成功するごとに、盗みマークというものが表示されるようになってしまい、盗みをしたことが他のプレイヤーにも分かってしまうこと。更に特定のモンスターや武器から受けるダメージが増えてしまうこともある。
因みに盗みマークは特定の条件を満たすと消す事もできるのだが、かなり難解で、何回も受ける度にその難易度は上がっていく。
そんなことをするくらいなら盗みなんてしない、しっかりと正攻法で入手するかトレードしてもらう、そもそもモンスターとの戦闘では役に立たない。といった理由からスティールを上げるプレイヤーはほぼいなかった。
なのでそんなスティールをカンストしたシュレイを見る目に、好意のあるものはとても少なかった。
「つうことはオマエ、かなり盗みを働いたんじゃねぇの?」
「それは、見れば分かるでしょう」
「んん? 盗みマークが……無い?」
シュレイのステータスに盗みのマークは存在していなかった。
「見ての通り、スティール値を上げ、しかし盗みマークは一切無しの、変わり者です」
「んなこと言って、マークを消すクエストクリアしてきただけじゃねぇのか?」
「その辺はご想像にお任せします」
クリティカとの会話を打ち切り、シュレイはヤマトシを見る。
「裏を読み過ぎだと思いますよ。確かに選ばれた27人だけというのは疑問もありますが、マスコットキャラクターも言っていたじゃないですか。様々なステータス値を上限を迎えた皆さまが互いに戦い、どのような戦い方があるのか、果てにはバグの発見にもつながることもあるかもしれません、と。ゲームを楽しんでいるプレイヤー達の中からゲームの改善点を見つけるための実験、と考えるのはどうでしょうか」
「……では、優勝賞品はどう説明する」
「それもまた、ゲーム内でこんな事が出来ます、ゲームの限界への挑戦、と考えればよいかと」
「……」
ヤマトシは目を閉じ、静かに考える。シュレイはそれを邪魔せず、ただただ待つ。
やがて、目を開けた。
「分かった。今はそうしておこう」
そう一言発すると、周りで見守っていたカンストプレイヤー達に向き直り、
「今回は急な召集に集まってくれて感謝する。各々様々な気持ちはあるだろうが、我がイベントを止めることは出来ない、参加するもしないも自由にやってくれ、これで、解散とする」
解散を宣言した。カンストプレイヤー達は各々に休憩スペースを出て行ったりその場でログアウトしたりとこの場から離れて行く。
「シュレイ……この後時間ある?」
「一応ギルドの仕事を任せて来てるんだけどな」
「シュレイ殿」
ほとんどのプレイヤーが出て行った後、ヤマトシがシュレイの名を呼んだ。
「何ですか?」
「一応聞いておきたい、貴殿は、このイベントへの参加に意欲的か?」
「それは……」
シュレイを知っているものならば、この質問に対する答えは分かっていただろう。
そうではないヤマトシに向けて、シュレイはいつも通りの答えを出した。
「やってもないと、分かりません」