トショカン
ベアーブック。このフィールドへ初めて来たプレイヤーの第一印象は、異世界の図書館みたいで。
その通り、モチーフは図書館である。
ドーム状の建物に入るとフィールドの端となる壁は隙間無く本が収められた棚で出来ている。そんな棚がフィールドの至る所に立ち並び、見上げれば足場となる厚い本も浮いている。一応入口に受付もある。
第2ストーリーの序盤で訪れても最初は通過するだけだが、後に色んなNPCからの依頼で本を取りにくるためによく訪れる。その時に受付は、特に使わない。
そんな図書館モチーフのこの場所、多くのプレイヤーにこう呼ばれていた。会議室、と。
ベアーブックはメインストリートから離れた至る所に個室があり、広さが様々なその部屋を受付に言えば時間単位で借りることが出来るのだ。
例えば部屋一面にアイテムを敷き詰めての商売をしたり、他の誰にも聞かれたくない話をしたり、アイドルがコンサートを開くこともある。
中でも最も使用頻度が高いのが、決闘だ。
シュレイが向かっているのも、そんな部屋の一つ。挑戦状であるメッセージに場所の書かれていたので受付に寄ることなく真っ直ぐと部屋の前へ。
(この部屋は……なるほど)
どんな部屋だったかを思い出しながら、同じく記されていた部屋の扉を開けるパスワードを打ち込み、中へと入った。
当然今までのような観客のプレイヤーはいない。それは手の内を明かしたくないから、あるいは部屋を取った時点で自分に有利なフィールドを選び、トラップなどを観客に使われないようにか……等と思ったが、きっと違うだろうとシュレイは考えた。
その予想は、見事に当たった。
「よくぞ参ったな! 盗みを極めしプレイヤーよ!」
部屋の中央に立ちシュレイを呼んだのは、リロードカンストプレイヤー。空いている左手をシュレイへ向けた後、左目を覆う位置へと持っていく。
白の長髪に黒い線が入った変わった髪型、右目は黒く、左手に隠された左目は赤いカラーコンタクト(見た目変化のみで特殊効果無し)の瞳。まるで髪に合わせたかのような黒線の入った白いロングローブを身に纏い、右手に身の丈以上の十字架を持っている。
……先程の言動も含め、彼を初めて見たプレイヤーは揃ってこう思う。
―――中二病を拗らせたのかな……
……そうは言っても、ここはゲームの中、現実とは違うロールプレイでキャラを演じても良いじゃないか。むしろここまでの徹底ぶりは称賛されるものではないか。
(……と、普通の人は思う)
しかし、彼のこれはゲーム内だけのロールプレイではない。
「お久しぶりです、シュヴァンさん」
「フッ……かつては友に会いによく知るための辞書へ赴いたものだが、此度の争いに伴い会合を閉ざしておいたからな」
……翻訳すると。元々シュヴァンはギルド『dtk』へ友達に会いによく来ていたのだが、カンストバトルが始まり対戦相手となるシュレイがいるから行くのを止めていた。となる。
「我が友はどうだ? 我が現れぬことに何か言ってはいないか?」
「特には何も、今回の挑戦状を見せたら、全力で倒してこいと言われました」
「フフッ……素直でないな、我が友は」
シュヴァンの友達とは、言わずもがなエジンだ。
2人は元々現実での知り合いで、ゲームを始めたのも同じ、第一ストーリークリアまで一緒にいたが、その頃に現実の2人が離ればなれになったそうだ。
生活も変わり共にゲームを出来なくなってきた2人は、これからはそれぞれでストーリーを進めようと決めると、以来会うことなくストーリーをクリア。
そして、シュヴァンが情報が欲しくて『dtk』の扉を開いた先にエジンがいて、再会を果たした。
だが……エジンは久しぶりに再会したシュヴァンの、レベルアップした独特な口調にイライラしている事に気付いたのだ!
ずっと一緒にいる時は当たり前すぎて気付かなかったが、一度離れてから再び相見えた彼のその言葉使いは、現実の年齢や姿を知っているエジンからしたら止めてほしくて仕方のないものとなっていたのである。
しかし、本当に嫌っている訳ではないことにはシュレイ達周りのプレイヤーは気付いている。
エジンは毎回『dtk』に訪れるシュヴァンに対して嫌な顔こそすれどそれ以上邪険には扱わず、何気ない話や情報の提供、共に出掛けることもある。
そうは言っても現実での知り合いにして共にゲームを始めた友達、口には出さないがエジンも大切に思っているのだ。
(……なんて言ったら、凄く怒られそうだけど)
「このバトルが終わったら、またギルドへ来て下さいね。きっと待ってますから」
「そうだな、ここの勝敗が着いてしまえば遠ざける必要も無くなる。また我が友に会いに行けるというものだ」
「では、始めましょうか」
すっかり慣れているシュレイはそのままである。
「場所はこちらで用意した。故に、ルールは自由に決めて構わんぞ」
「そういうことなら……」
この時点でもう、シュヴァンがここをわざわざ用意したのには裏があることを明かしたようなものだ。だからといってシュレイがそれを断るようなことはなく、ルールを決めた。
「ルールはインタイムバトル。制限時間は10分で、その間に与えたダメージの多いプレイヤーの勝ちでどうですか」
「フッ、何か考えがあるのだな。良いだろう」
シュレイの提示したウィンドウの○ボタンを押し、バトル開始までのカウントダウンが動き出した。
「限られし時の中、尽くせる全ての策を披露せよ! そうした者が、勝者となる!」
シュヴァンの言葉を聞きながらシュレイは準備をする。右手には投げナイフ、左手には片手剣のシミターを握る。両方共熟練度はMAXだ。
一方のシュヴァンは部屋の真ん中から動かず、手持ちも最初から持っている巨大な十字架のみ。
別にかっこつけている訳ではない。むしろこれこそがシュヴァンのバトルスタイルで。それを最大に使うための、この部屋だ。
シュレイはシュヴァンから少しだけ距離を取る。
カウントダウン残り5……
4……
シュレイは考える。
(とにかく、まずは相手の出方を見てからだ)
3……
2……
1……
『battle start!!』