カタイウデ
「へ、なんだあのプレイヤー……どうしてあんな事出来るんだ」
「あれ? お前知らなかったっけ」
どうやらこの状況に初めて出会ったプレイヤーもいたようで、少しだけ周りがざわついている。
しかしそう思うのも無理はない。
何故なら、アームパワーとレッグパワーの最強に近い一撃を同時に受け止めたのだから。
本来攻撃を盾などで防御しても力が強ければ抑えきれなかった威力で後ずさる筈なのにピクリとも動いておらず、更に言えばそれだけの威力を止めたというのに、間に入った女性プレイヤーが……手に何も持っていなかったのだから。
「だってそうだろ! あの威力を盾も何も無しに押さえられる訳…」
「出来んだよ、あのプレイヤーなら」
新しく現れたプレイヤー。薄い水色の髪は左側にまとめたサイドテール。マツリと同じ上下一体の中華風衣装に裾をすぼめた長ズボンを身に着け。2人の攻撃を受け止めている両腕には手首から肘までの銀色の手甲が付けられていた。
「2人とも、いい加減離れてくれるか?」
「あ、う、うん……」
マツリが慌てて足を退かし、グレンも遅れて拳を離す。
「まったくもう、アレほど町中で暴れたらあかんて言うたやろ?」
彼女の名はリーメイ。マツリが所属するギルド『ヒトカケノルン』のリーダーにして、
「で、でもお姉ちゃん!」
マツリのゲーム内でも、実はリアルでもの姉にして、
「毎回毎回、ウチしか止められないんやからね。ギルドリーダーだからとか、姉だからとかより、アームガードだからや」
腕防御……アームガードのカンストプレイヤーだ。
アームパワーと対に位置する腕防御、アームガードの効果は文字通り腕での防御力を意味するのだが、もう一つ意味がある。現実で言うところの、筋力というものだ。
ゲーム内の武器や盾、一部アイテムには重さというものがあり、一定のアームガードステータスが無いと上手く扱うことが出来なかったりする。
と言っても極一部なので、あまり気にされてはいないのだが。それでもいざという時には便利な為『上げておいて損はないサブステータス』ランキング(ヒール・ボディステータス含む全14種)の第5位に入っている。
そんなリーメイは、こうしてマツリ達の喧嘩が始まるとギルドメンバーに呼ばれては真ん中に入って止めている。ここまでがこの街の風物詩として有名な出来事だ。
「それで、今回はどない理由でこうなったん?」
ギルドメンバーで実妹でもあるマツリの方へ向いて訊ねると、ゆっくりと語り出した。
「アイテムの買い出しに行ったのはお姉ちゃんも知ってると思うけど、その帰り道に、イベントバトルの話をしてるプレイヤー達がいて、アタシ達の事を話してるのが聞こえたんだ。そしたら…」
そこからグレンが引き継いだ。
「俺も聞いてたんだ、そしたらこの街の風物詩のあの2人はどっちが勝つんだろうと話し出してな。だから…」
『アタシに決まってるよ!』
『俺に決まってんだろ!』
再びマツリに戻る。
「…って、同時にプレイヤー達に言ったから……」
そのままお互いの存在に気付いて、次の瞬間には街に響く大きな音に繋がる攻撃が交錯したのだそうだ。
因みに、話していたプレイヤー達は衝突の余波に吹き飛ばされたが、ダメージは無いので今も周りの観客達に混じっている。
「なるほどなぁ、でも2人とも、何か忘れてへんか?」
「へ? 忘れてる?」
「イベントバトルに限らず、正式な対戦申し込み、さっきのしてなかったやろ」
「「あっ!!」」
マツリとグレンが揃って思い出した。
1対1のバトルを承諾する際に表示されるボタン。アレを押さなければイベントバトルとして認定されないことぐらい、ルールには書いてなかったが対人戦の基本原則だ。これをしてしまえば他のプレイヤーがバトルに割り込む事が難しくなるのだが、リーメイが簡単に間に入ったのがしていない証明となった。
「まぁウチとしては止めやすくて良かったけどな。申請してても入り込んだけど」
バトル申請をしていたとしても、第三者プレイヤーが割り込んでどちらかに一定以上のダメージを与えたり行動不能状態にすれば止めることは出来る。
「とにかくもう今日は終わりや、帰るよ、まつり」
「う……で、でも」
「でもやない、この後の用事忘れてるとちゃうやろな?」
「うん……覚えてる、けど! ついにアイツとの決着が付けられる絶好のチャンスなんだよ!」
この言葉に黙っていたグレンも声を出す。
「そ、そうだ! この一戦はこれまでのとは違う、しっかりと勝利が残る大事なバトルだ! コレで決着を付けずにどうするんだ!」
「だからお願いお姉ちゃん! この一戦だけ…」
「2人とも、ウチの話聞いてなかったんか?」
『……っ!?』
声色がそこまで変わった訳じゃない。ただ少し、トーンが落ちたかといった位の変化で。
マツリとグレンを中心に、周りで見ていたプレイヤー達も揃って息を飲んだ。
「二度は言わへんよ、2人とも今日はもう終わりや。帰るよ、まつり」
リーメイは踵を返し、自身のギルドハウスがある方向へと歩き出す。
「は、はい……」
マツリもそれに静かに従って後を追う。
『……』
いまだに冷えた空気の中を進んでいると、ふとリーメイが立ち止まり、マツリも足を止める。
そして観客プレイヤー達を振り返ると、
「皆さん、お世話様や」
にっこりと笑って、そのまま歩き去って行ってしまった。
『……』
「毎回……何者なんだ、あのプレイヤーは」
2人の姿が見えなくなった後、プレイヤー達が見る1人その場に残されたグレンが沈黙を破った。
「この俺が動けないなんて……何なんだ、あの威圧感」
実の姉妹なら現実での恐怖を知っているであろうマツリが怖がるのは分かるが、ゲーム内で初めて知り合ったグレン、拳一つでどんな強敵にも挑んできた彼でさえ、動けない程の力を持っていると本能で感じているのだ。
「……そんなアイツとも、いずれ拳を交えるのか」
グレンが去った後、少しずつ観客プレイヤー達も各々動き出す。中には先程をその場で振り返るプレイヤーもいた。
「どうだった? この街の風物詩」
「なんつうか……姿と中身は比例しないって思った」
「そりゃそうだな、あのハピラキちゃんだって見た目はアイドルでもめちゃ強いんだから。むしろ強いプレイヤーほど軽装だったり見た目重視で弱い防具付けたりするもんだぜ」
「改めて考えると……このゲームで一番強いのって誰なんだろうな」
「そんなん分かんねぇよ。昔のゲームみたいに性能だけじゃなくて、プレイヤーの動き方で勝敗は簡単に変わるからな」
「だよなぁ」
そのまま話しながら去って行く2人を、シュレイは目で追っていた。
(……確かにその通り、ステータスの差はプレイヤーの動きで簡単に覆せる。けど)
2人が見えなくなったので、シュレイもギルドへと戻るため足を動かす。
(……圧倒的差は、そうはいかないんだよな)
一歩進んだ。
次の瞬間、メッセージツールがメッセージを受信した。