アツメラレ
その空間は特別に造られたとも、元々あったとも言える。
50人は入れる広さの空間には招待した人数分の椅子だけが置かれ、壁から床天井に至るまで全て白一色に黒色のゲームロゴが等間隔で配置されていた。
プレイヤー達は知らないが、これはゲームフィールドを作る際に土台として使われている舞台のベースで、プレイヤーが何かしらの方法でフィールドに大きなダメージを与えて壁や地面を破壊した際に実は見ることが出来る。
そんな手抜きにも見えるシンプルな空間に、20人ほどのプレイヤーが集まっていた。
西洋の騎士、魔女、鎧武者、巫女、十人十色様々なプレイヤーがそれぞれの形で過ごしていた。用意された椅子に座る者、座らずに立っている者、知り合いと話している者、用心してか自らの得物を構える者、時計をみて集合時間を待っている者もいる。
その時計が、15時を示した。
『ようこそみなさま! お集まり頂きました!』
瞬間、椅子が正面を向いている壁一面にゲームのマスコットキャラクターが映し出された。
紐の付いてないけん玉のような形に一対の翼が白と黒の半々で色づけされた、ゲームの最初からよく見る可愛さは無いマスコットキャラクターの登場に集められたプレイヤー達の視線は集まった。
『現在こちらにお集まり頂いているプレイヤー数は……17人ですか! 全員集合とはなりませんでしたが、予想より多くのプレイヤー方に集まって頂きなによりです! まぁ事前に断りのあった方もいましたし、時間となったので始めさせて頂きます』
プレイヤー達はマスコットキャラクターの話し方に違和感を覚えた。本来ならすでにプログラミングされたテキストの筈だが、妙に人間っぽさを感じる。おそらくリアルタイムで運営がテキストを作っているのだろう。
『みなさま、運営からのメールをご覧になりこちらへ赴いて頂いたと思います。現在こちらに集められているプレイヤーの皆さまには、ある共通項があるのですが、お分かりになりますでしょうか?』
ここにいるプレイヤーは17人、実際集められる予定だったプレイヤー全員は、ある一つの条件を満たしていた。
それは―――
『こちらに集まるみなさまは、何かしらのステータス値が上限を迎えている方々なのです!』
ステータス値の上限……通称カンスト。すなわちカウントストップ。それがここに集められたプレイヤーの共通項であった。
『HP、MP、攻撃力、会心力など、ゲーム内においてステータス画面で数字にて確認できる値、そのどれかを上限まで上げたプレイヤー……それがみなさまなのでございます!』
大型アップデートにより、ステータス値の上限も大幅に解放された。しかし新たなストーリーの攻略程度ではレベルさえ上限は迎えず、他の値もとなればかなりのゲームプレイが必要となる。
それらのどれかを達成した、ゲーム内強者と呼ぶにふさわしいプレイヤーが今、ここに集められているのである。
『つきましては、ここへとみなさまをお呼びした理由なのですが……みなさま限定の特別バトルイベントを開催致します!』
宣言された瞬間、プレイヤー達にざわめきが生まれた。
特別バトルイベント。このような言葉を聞けば本来なら喜んだりしそうなものだが、それはゲーム全体において開催された場合だ。
それがここにいるプレイヤーだけ、全体の百万分の一にも満たない20数人程度だけで特別なバトルイベントを行うという、疑問や不安が浮かんでも仕方ないというものだ。
それを察したかどうかは不明だが、マスコットキャラクターは言葉を続ける。
『ご心配はいりませんよ。この場所で最後の一人になるまでバトルロイヤルを行うというようなことではありません。説明の後、ゲーム内でみなさまがそれぞれ好きな時に好きな場所で戦っていただき、その勝数を競って頂きたいのです。テストプレイのようなものと思って頂いてかまいません』
そう、とマスコットキャラクターは言葉を続ける。
『様々なステータス値を上限に迎えたみなさまが戦い……どのステータス値を上げたプレイヤーが強いのか、どのような戦い方があるのか、果てにはバグの発見につながるようなことがあるかもしれません。どうかご協力を、お願いいたします』
プレイヤー達の意見ははっきりと二つに別れた。参加に意欲的な者と、そうでない者とに。
ステータスの上限を迎えた彼等はその大半がプログラムで造られたモンスターなど簡単に倒せる者が多く、プレイヤー対プレイヤーの対人戦を行っていることが主なのだが、それでもつまらない勝負になってしまうこともある。
それが今回の相手は同じようにステータスの上限を迎えた強者となれば、良い勝負が出来るだろうと考えているのが、意欲的なプレイヤーの反応。
それは攻撃力などの直接的に戦闘に関するステータス値をカンストした者達のことで。中には戦闘に不向きなステータス値のプレイヤーが少なくないのだ。
いっそ始める前に断ろう。そういう考えが浮かんできたまさにその時、マスコットキャラクターは言葉を予想していたかのように、
『もちろん、無償で参加してもらおうとは思っていません。まず参加を承諾して頂いた方には、ゲーム内に存在する武器かアイテム等、現在では入手不可能なものも含めて何か一つ。プレゼントさせて頂きます』
そんな彼らの参加意欲を湧かせる言葉を伝えたのだった。
戦闘に向かないステータス値は、つまり戦闘以外の部分でゲームを楽しんでいるプレイヤー達のことで、その多くがアイテム図鑑のコンプリートなどを目指しているコレクターであった。
そんなコレクターに対して、今では入手が不可能なアイテムを、ただ参加するだけでタダでもらえるとしたら、そんな大チャンスを逃すような者は、少なくともこの空間内にはいなかった。
『ではみなさま、参加を承諾頂けるのでしたら、こちらに必要事項を記入してください』
プレイヤー達の前に一枚のウィンドウが現れた。そこには特別イベントへの参加を了承するかしないかという二択のボタン。
その場にいたプレイヤーは、全員が同じ選択をした。
『はい! みなさまの参加承諾を確認いたしました。本当にありがとうございます!』
心なしか画面に映るマスコットキャラクターが笑ったかのように見えた。実際には口も目もないのでそんな訳ないだろうが。
『正式な開始日は現在こちらに来られなかった他のプレイヤー方の承諾を確認後になります。その際にメールにてご報告いたしますので、もうしばらくお待ちください。それでは、本日はお集まり頂きありがとうございまし…』
「ちょーっと良いかな」
マスコットキャラクターが解散を宣言しようとしたその時、今まで静かに聞いていたプレイヤーの一人が手を挙げた。
『質問ですか?』
「さっきさ、参加を承諾したら何をプレゼントしてくれるって言ったよね?」
『はい。流石に何でもとはいきませんが、現在では入手できない初期のイベントの最高報酬のような物など、何かをお一つ…』
「それってさ、つまるところ、参加賞だよな?」
その言葉に数人のプレイヤーが反応し。このプレイヤーが言いたいことも大体理解された。
「参加賞がそんなに豪華だったら、最も優秀な成績を残したプレイヤー……優勝者には何が渡されるのかな? そこんところ、お聞かせ願えますかな?」
『……』
マスコットキャラクターの、その先にいるであろう運営の返答を待ち続けるプレイヤー達。
すでに空間からの出口は開かれているが、この返事を聞かずに出て行こうという者は誰一人としていない。
そしてついに、沈黙が破かれた。
『了解しました。これは後のメールにてご報告しようと思っていたのですが、質問となりましたのでお答えさせ頂きます。みなさまにご参加頂く特別バトルイベント、その優勝者たる成績優秀者のプレイヤーの方には……ゲーム内における願いを一つ。叶えて差し上げることを景品として献上致します!』