テニツカム
「もう賽は投げられたよ。さぁどうする、シュレイさん!」
飛び上がった光は次第に形を変え、ある姿へと変わった。
それは、4枚のトランプ。絵柄はそれぞれ赤と黒のAと赤色と黒色のジョーカー。全ての絵柄を2人が確認した後に裏返り、シャッフルが行われる。
「なになに、何が始まるの?」
「あんなスキルこのゲームにあったか?」
周りのファンプレイヤー達はどうやらそこまでこのゲームの情報に詳しい訳ではないようだ。
しかし、このスキルをこれから覚えるということは、残念ながら不可能に近い。
何故なら、先着たった10名のプレイヤーだけが覚えることが出来た特別なスキルであるからだ。
その10名とは、どれかのステータス値をカンストしたプレイヤー。言うなればコレは、カンストしたプレイヤーだけが覚えられるスキル……カンストスキルと呼ぶべきだろう。
ハピラキのそれはもちろん、ラックのカンストスキル。名称『その手に掴むは幸か不幸か』
トランプ4枚の絵にはそれぞれ意味があり、赤なら自分、黒なら相手に、Aなら回復、ジョーカーならダメージを与える……その数値、ジャスト10000。
テンサンアタックは最終的にこの一手で終わるように、回復は無意味で10000のダメージを与えた方が勝ちになるよう仕組まれたルールなのである。
そんなルールの裏側を、そもそもこのカンストスキルの効果を知っているのは、ここには2人だけ。
(起動したあのスキルを止めることは出来ない。なら何をする? 今、何が出来る?)
『その手に掴むは幸か不幸か』の起動から発動には少し時間がかかる。シュレイの今の距離から近付いた場合、空切刀で七回、パワーメガホンなら三回ほど攻撃が出来るくらいの時間がある。
発動中無防備、でもダメージを一切受けないハピラキに対して。
(攻撃は意味が無い。だが状態異常を与えても残り時間では削り切れないし、そもそもラックのカンストプレイヤーに状態異常が簡単にかかるとは思えないが……さぁ、どうする? スティールのカンストプレイヤー!?)
ファンプレイヤーの中でも、ゲーム上級者でハピラキのカンストスキルも知っていた1人の心の声が聞こえた訳ではないだろうが、シュレイは動き出した。
何をするにせよまずは距離を詰めるため、その場から動かないハピラキの元へとシュレイは走った。
(来た! でも発動した以上、どうにも出来ない筈!)
ハピラキの心の声も聞こえる訳ないが、それぞれ両手に武器を持ったシュレイは後数歩で空切刀の間合い、というところで。
両手の武器を、その場に落とした。
(はっ!? 何してんだ!?)
(何で武器を捨て……まさか…!)
1人のファンプレイヤーの驚きと何かに気付いたハピラキが同時に考えた時、シュレイの行動は始まり、終わろうとしていた。
先程メガホンを盗んだ時のように、シュレイはすれ違い様……左手で、ハピラキに触れた。
そしてすれ違い。シュレイは左手にある物を見る。
見た目は一枚のコインのようで、裏返して見ると表裏どちらにも同じ模様が書かれている。
(コレは……なるほど)
手にした物の意味を把握したシュレイはすぐにメガホンだけ回収しながら元々の位置へと戻った。
「え? 今あのプレイヤー何したの?」
「何か、武器を捨てた所は見えたけど、また拾ったし、片方だけ」
何が起こったのか分からないファンプレイヤーの声が一段落した。
その時、時が来た。
シャッフルされていた4枚のトランプが止まり、一番上だけが選ばれて更に浮上。残る3枚が消えると選ばれた1枚が降りて来る。
「……」
「……」
シュレイもハピラキもその結果を息を飲んで待った。発動したハピラキさえ、4分の1の確認で負けてしまう。
信じられるのは、自分の運のみ。
『……』
張り詰めた空気にファンプレイヤー達も言葉を閉ざす。
そして、トランプが裏返る。
書かれた絵柄は……黒の……A。
瞬間、シュレイの身体を緑色の光が包んだ。回復のエフェクトだが、ルール上意味が無い。
これでハピラキのカンストスキルは結果不発で終わり、バトルはまだ続いていた。
「くらえ!」
先に動いたのはシュレイ。ハピラキの無敵時間が終了した瞬間に声と共に投擲。
「っ!」
対するハピラキは投げられた物の速度的に歌魔法は間に合わないと察し、腕を交差して防御の姿勢を取った。
するとシュレイの投げた物……先程左手に取った表裏同じ柄のコインが防御する腕に当たり、そのまま数字の上昇も無くハピラキの中に入った様に消えてしまった。
「え!? な、なに今の…」
まるで身体の中に入ってしまったかのような状態にハピラキは慌てるが。
それこそ、シュレイが想定した通りの行動であった。
「ロングスプレッド!」
「しまっ……きゃあ!」
メガホンで飛ばした歌魔法はハピラキに直撃。その隙に前へ走り空切刀を空いた左手で回収して、
「霧、払い!」
空切刀の熟練度MAX技を叩き込んだ。
「……! は、はは……負け、だね……♪」
その場に倒れたハピラキの数字が今の攻撃で10007となった……
次の瞬間、ハピラキの数字の上にLOSE、シュレイの数字の上にWINという表示が現れる。
それとほぼ同時に、シュレイの前にイベントバトル2勝目を表すウィンドウが現れ。
ワンテンポ遅れて、ファンプレイヤー達が戦っていた2人に声を送った。
「2人共すごいバトルだったー!」
「これがカンストしたプレイヤーどうしのバトルなのか……」
「ハピラキちゃん大丈夫ー?」
「よくもオレ達のハピラキちゃんを!」
大部分が楽しいバトルを見せてくれた2人への歓声で、次に多いのはハピラキに対する心配の声、中にはファンらしく自分達のアイドルを倒したシュレイに対する怒りの声もあったが、思っていたよりも少なかった。
(まぁこれくらいで済んだから良かった、か)
シュレイがハピラキと早く戦おうと思っていた理由がアレである。
例えばイベントバトルがしばらく進んだ後、同じくらい勝ち進んだハピラキとのバトルを行う。当然その頃にはイベントバトルの知名度も上がっていて今以上にハピラキのファンに囲まれてバトルしていたかもしれない。
その中でもしも勝ってしまった場合、シュレイに対する怒りの声は、きっと今以上のものになっていただろう……と、いう所まで考えての事だった。
(やってみるまで分からないし、だからこそやってみたくもあったんだけど……スティールっていう悪い人イメージのカンストプレイヤーな以上、怒りは間逃れなかっただろうな)
「よっと、それにしても驚いたなー。シュレイさん、あの時何をしたの?」
立ち上がったハピラキが先程のシュレイの行動を聞いてきた。これだけ多くのプレイヤーの前でネタバレするのはどうかとも考えたが、
「他のカンストプレイヤーには内緒でお願いしますね」
「みんなー、良いかなー?」
はーーい!
ハピラキの号令で承諾してくれたので、答えることにした。