チガウイロ
シュレイが新たに取り出した剣。正式名を空切刀。通称『空風の天敵』と呼ばれている剣だ。
空切刀の特殊機能が空気を物理的に切るというもので、風魔法の類いならば切り伏せる事が出来るという特徴がある。
同様に、空気の塊として飛ばす歌魔法もまた、この空切刀によって切ることが出来るのは『dtk』で立証済みであった。
ただしポイズンミストのような範囲型の歌魔法には切った瞬間にしか効果はなく、一時周りから消えてもまたすぐに集まってしまう。
この霧全てを切るのは流石に不可能なので、シュレイは使用者のハピラキへと向かった。
「ロングスプレッド!」
近付かせまいと高威力遠距離用のスプレッドを放つも、
「はっ!」
シュレイの空切刀が一閃、空気の塊は真っ二つに分かれた。
「あはっ! やるねシュレイさん!」
関心するハピラキだが、その間にもシュレイは近付いてくる。
「じゃあコレはどうかな!」
ハピラキは大きく息を吸い込む動きをしてメガホンを前に構え、
「ウォールスプレッド!」
目前に、空気の壁を作り出した。
範囲は高さ3メートルの横2メートル、飛び越えるのもサイドステップも難しい空気の塊に対して、
「それでは、無理ですよ!」
シュレイは空切刀を持つ手に力を込め、放った。
『空風の天敵』空切刀の、熟練度MAX技。
「霧、払い!」
空切刀が空を切ると目の前にあった壁に亀裂が入り、人1人通れる位の穴が空いた。そこを通ったシュレイはついに、ハピラキの近距離まで近付いた。
「わわっ! まさかここまでなんて、仕方ないから…」
まだメガホンは攻撃後のクールタイムで使えない、ならマイクで新しい歌魔法を使って遠ざけるしかない。ポイズンミストは解除されるけどこのまま攻撃されるよりはマシだし。
ここまで考えたハピラキがメガホンからマイクに首を向けようとする。
その時、シュレイは空切刀を手から落とした。
「へ?」
その光景に目を奪われたハピラキは、すれ違っていったシュレイに気付かず。片手の違和感に気付いてようやく振り向くと。
「こちらは、お気に入り設定していなかったんですね」
右手に持ち替えた事で一瞬輝いた自分のメガホンを持ったシュレイの姿を見て、
「スプレッド!」
「きゃあ!」
瞬間、空気の塊をまともに受けて吹き飛ばされた。
その姿を確認したシュレイは、手放していた空切刀を左手で拾う。
「わぁぁぁ!」
「ハピラキちゃーん!」
「大丈夫ー!?」
悲鳴に近いファンプレイヤー達の声を聞きつつ、頭上の数字を見る。
今の一撃でハピラキのダメージは207になったが、ポイズンミストで増え続けた自分の数字はすでに4桁、1075となっていた。
(この位ならまだ、巻き返せるか)
すると、心配する声はあるもののファンプレイヤー達のシュレイに対する声が聞こえてきた。
「凄いなあのプレイヤ-、アレがスティールなのか」
「しかもあのメガホンも熟練度MAXだったし、色んな武器使ってるんだね」
「いや、左手で盗んだ時には光らなかった。右手に持ち替えたら光ったから、あの右手の……あぁ、熟練者の手袋だ」
妙に冷静なプレイヤーの観察に、横からツッコミが入った。
「え? じゃあ左手は? 普通手袋とかって二つでワンセットだろ?」
「それは、確か……あぁ、プレ…」
「プレパレーションのステータススキル、だよ♪」
起き上がったハピラキの声にファンプレイヤー達は沸き上がった。
「そうだよね、シュレイさん?」
(……隠しても意味はない、か)
「その通りです。コレは調合スキルの一つですよ」
本来、手袋や靴、籠手といった2つでワンセットのアイテムを片方だけ使うという事は出来ない。
しかし、プレパレーション……調合のステータスを一定値以上上げることで、そういったアイテムを片方用に作り直す事ができ、左右に異なる手袋を装備することが出来るのだ。
こういった便利アイテムが他にも作れることから、プレパレーションは『上げておいて損はないサブステータスランキング』の堂々1位である。
それを使って左右で違う色の手袋を付けているシュレイは、ハピラキへとメガホンを向ける。
「バトルが終わったらお返ししますので、ご心配なく」
「それはどうもありがとうぉ。でもね、やっぱり私の武器はコレなんだ」
ハピラキは答えるように、愛用のマイクを向け返す。
「だから、負けないよ」
ファンプレイヤー達が盛り上がる中、その声を上回る強さの声が、ぶつかり合った。