オキニイリ
ハピラキのコンサートが行われていた舞台の上。そこに通されたシュレイは今、一人で観客プレイヤー達の視線を受けていた。
「あれが今回の相手かー」
「スティールのカンストプレイヤーだってよ」
「じゃあ何か盗む気なのかな?」
「私知ってる、会心力のカンストプレイヤーと戦って勝ったんだって」
話題とされている会話を耳に挟みつつ、『バトルの準備してくるねー』と言って舞台の裏に下がっていったハピラキを待つシュレイは、ギルドから持ってきた相手の情報を読んでいた。
(とは言っても、役に立つかどうか……)
ギルド『dtk』にはゲーム内で人気のあるプレイヤーの情報も扱っている。これだけのファンがいるハピラキの情報はもちろん揃っている……のだが、それはこれまで行われたコンサートについてばかりであった。
日付、場所、時間、歌った曲の種類に数、途中で行われたマイクパフォーマンスまでもが事細かに記されており、今回の3日間コンサートもここに連なるのだろう。
しかし今シュレイが欲しい情報はハピラキの戦闘についての情報だ。コンサートに比べれば微々たるものだが、得意とするバトルスタイルくらいは何とか分かった。
それと、ハピラキが今のようなアイドルになった過去の事も。
(後は……あのスキルにどう対処するかだけど)
シュレイは青紫色の手袋に包まれた左手を見てぐっと握った。
その時、
「みんなー、おまたせーーー!」
舞台裏からハピラキが現れ、ファンプレイヤー達はわっと盛り上がった。
「待たせてごめんねぇ」
ハピラキの姿はコンサート用からバトル用に変わっている……らしい。
見た目はさっきまで歌って踊っていたアイドル風衣装そのままなのだ、が実は先程とは異なり見た目は同じで防守力だけ高い防具に着替えているのである。
これはスミス……鍛冶のステータスを一定以上にすれば誰にでもできることで、ハピラキ自身が、あるいはスミスステータスを上げている他のプレイヤーに頼んだのか。
見た目には分からないのできっとそうだろうなとシュレイは思った。
「改めて自己紹介するね」
ハピラキはその場でくるんと一回転、ピタリと止まるとアイドルらしく決めポーズを取り、ファンプレイヤー達の声を聞きながらマイクへ声を通した。
「わたしはハピラキ。ハッピーでラッキーなゲーム内のアイドルで、ラックのカンストプレイヤーだよ♪」
ラック、つまりは運のステータス。アイテムのドロップ率にレアアイテム出現率、状態異常のかかりやすさなど、確率を上げてくれるステータスだ。
しかしラック自体は直接バトルに関係のないサブステータス。脅威レベルで言えば会心力の方が高く感じそうなものだが、シュレイは彼女をクリティカ以上の強敵と思っている。
「シュレイさんだっけ? 今日は来てくれてどうもありがとぉ! それも最終日の、わたしが指定した時間の外にわざわざ来てくれて」
「どうやら時間を守ってくれなかったプレイヤーもいたみたいですね」
「そうなんだ-、みんなにメッセ送ったのに、戦えーって昨日も一昨日も来たんだよ。だ、か、ら、2人とも返り討ちにしちゃったんだー!」
右手を握って前に突き出すグーパンチ。それだけでファンプレイヤー達が盛り上がる中、シュレイは1人別の考えに至る。
(昨日と一昨日で2人を返り討ち、じゃあ既に2勝か)
相手が誰かまでは言っていないが、何かしらのカンストプレイヤー2人に勝っているということ。それだけでもう実力は充分だ。
「それでなんだけど、ルールはこちらで決めちゃってもいいかな?」
「はい、構いません」
それはきっと、ハピラキが2人を倒したルール。2人は指定時間内での無理矢理な挑戦で受けざるをえなかった、ハピラキに有利であろうルール。
別に自分はそれでなくても良いのだが、もうここまで来たらとことんアウェーで戦おうと思って肯定した。
「じゃあ発表するね! 今回のバトルルールは名付けてーーー、テンサン、アタック!」
わぁぁぁぁぁぁ!!
盛り上がるファンプレイヤー達を余所に、シュレイは理解し、ハピラキはウィンドウを操作する。
「ルールは簡単! 相手にten thousand、一万のダメージを与えたプレイヤーの勝ち! 回復は関係なくて、細かいダメージでも大きなダメージでも、合計で一万になった瞬間で決着だよ♪」
ハピラキからバトル申請のウィンドウが送られてきた。イベントバトルの名前と承諾ボタンの他に『特別ルール・テンサンアタック!』もルールと共にしっかりと書かれている。
テンサンアタック!
・相手に累計で一万のダメージを与えた方の勝ち
・武器等の使用に制限は無し
・回復の類いを行っても受けたダメージは消えない
「どちらが勝っても、恨みっこ無しですよ」
シュレイは青紫色の左手で○ボタンを押した。
「もっちろんだよ♪」
2人の前からウィンドウが消え、目前にカウントダウン、頭上には0と大きな数字が現れた。なるほど与えたダメージが見えるようになっているのかとシュレイはすぐに理解する。
「あ、シュレイさん、バトルの前に一ついいかな?」
「はい?」
さて武器を選ぼうとしたその時、ハピラキから声をかけられてそちらを向いた。
「先に言っておきたいんだけど、このマイクだけは、ぜーったいに、盗んじゃダメだよ?」
そう言って見せたのはずっと手に持っているマイク。コンサートで使っていた物と同じに見えるが本当に使っていた物で、杖に分類される武器の一つ。コンサート開始からずっと持っているのでシュレイは見ていないが、手に取った瞬間に熟練度MAXで光っている。
「お気に入り設定してるからだいじょぶだと思うけど、スティールカンストしたプレイヤーとは会ったことないから念のためにね。ぜーったいに、ダメだからね?」
「そういうことなら、分かりました」
武器やアイテムはお気に入り設定することで盗みから逃れる事が出来る。盗みをするプレイヤーがほぼいないので知っているようで知られていないルールだ。
お気に入り設定されていてはカンストプレイヤーでも盗むことは出来ない。つまりハピラキの得意武器を封じれず、逆にシュレイの右手を抑えられたことになった。
(ということは……戦い方を変えないとな)
とりあえず、シュレイは右手に投げナイフ。左手に投矢を持つ。共に一瞬光った。
カウントダウン、残り3秒……2……1……
「さぁみんなー! 最後まで、楽しんでいってねー!」
『battle start!!』