コンサート
シュレイがクリティカと戦ってからリアルで5日が過ぎた。
その間に、シュレイが戦ったカンストプレイヤーは……0であった。
「そういやっすけどシュレイ、最近イベントバトルの方はどうなってるんすか?」
「それが、まだあれ以来戦えてないんですよ」
「え~? 何かあったんすか? もっとバリバリ戦ってもいいんじゃないっすか?」
「バトルのタイミング位シュレイの自由だろう」
ギルド『dtk』の中、コペルの質問に答えたシュレイに助け船を出した男性プレイヤーだが、シュレイはそうではないと首を振り、専用メッセージツールを呼び出した。
「次の対戦相手は決めているんです。ですが、申し込みに行こうとしたその日に全カンストプレイヤー向けにメッセージが届きまして」
2人へとそのメッセージを見せる。そこにはシュレイが次に戦おうとしたプレイヤーのカンスト値と顔写真、
「えぇ!?」
「ほぉ」
それを見て、2人はそれぞれ驚いた。
「マジっすかシュレイ、次の相手がこの子って」
「なるほどな、お前の思惑は分かったぞシュレイ。確かにこのプレイヤーは先に戦っておいた方が良いかもしれんな」
「でしょう? それに彼女の情報がもう少し欲しかったですし、こういう状況なら怪しまれず断られずにバトルを申し込めますから」
「あれ? でもどうしてすぐにバトルしてない…」
「ちゃんと最後までメッセージを読め、コペル」
「むむむ……?」
プレイヤーに驚いて見ていなかったメッセージに目を通す。
簡潔にまとめると、ここ数日間は諸事情によりバトルには応じれないという文面。そして今日この後の時間からは大丈夫になるというものであった。
「つまりシュレイ、この後この子とイベントバトルしに行くつもりっすか」
「はい、そのつもりです」
「勝算はあるのか?」
シュレイというプレイヤーを知る人物なら、この質問の答えはもう分かっている筈だった。
「それはもちろん、やってみるまで分かりません」
しかし、
「ただ……どう転ぶかにもよりますかね」
そのシュレイでさえ、そんな言葉を言う相手であった―――
相手の現在位置は既に調べてあり、予定の時間よりもかなり早くその場所に辿り着いた。
そこは町の大きな通りからは離れているためプレイヤーの通りが少ない場所。ストーリーと直接関係がなくよほどの事が無ければプレイヤーの集まることのない、少し寂れた舞台がある広場だ。
そこで……
「みんなーーーー!! 今日は集まってくれて、ありがとーーーーぉ!」
アイドルのコンサートライブが開かれていた。
普段の寂れた舞台は綺麗にされており、中央へ向けてエールを送っている。
そんな中央の舞台上で、まるでアイドルのようなプレイヤーが輝いていた。
髪はピンクのツインテール、性能より見た目を重視したアイドル風衣装、手にはキラキラしたマイクと、まさにゲーム内のアイドルといった姿で、頭上や舞台脇に置いたライトに当てられながら今流行の歌を歌い上げている。
まるでゲーム内の催し物のように見えるが、彼女はゲームで作られたNPCではなく、人間が動かす本物のプレイヤーで。
シュレイが次の対戦相手に選んだ、カンストプレイヤーである。
「おぉー!」
「きゃー!」
「かわいいー!」
「今日も輝いてるよー!」
「こっち向いてー!」
そんなアイドルなカンストプレイヤーを見るファン達、男性と女性プレイヤーの数は半々くらい、手には全員がペンライトと呼んでいる七色に発光する、本来別用途のアイテムをピンクにだけ光らせて振っている。
そんな光景も含めてシュレイは一番後ろで見学していた。
(とりあえず……終わるまで待つかな)
もしかしたらファンの中に他のカンストプレイヤーがいないかどうかも確認しつつ、アイドルの歌に耳を傾ける。
「……良い声ですね」
つい歌に聴き入ってしまいそうになった。
ゲーム内において歌声に関するステータス値は存在しない為、この歌声は彼女が現実で持ち合わせているものなのである。
衣装もさることながら、この歌声こそが、彼女をアイドルとしてこんなにも多くのファンを集めている理由なのではないかと、シュレイは思った。
それから曲が終わる度にファンプレイヤー達は拍手を送り。やがて最後の一曲が終了、今まで以上の割れんばかりの拍手を送った。
するとアイドルがマイクを口元に持っていき、拍手が一斉に止んだ。
「みんなー、今日も最後まで聞いてくれてどうもありがとぉ。これで3日間のコンサートは終了だよ」
このアイドルがバトルに応じれなかった理由がこれである。
1日毎に場所を変えて計3日、歌って踊るコンサートライブを開催していたのだ。
「3日間毎日来てくれた人も、今日初めてだよって人も、みんな充分に楽しんでくれたかなーぁ?」
その言葉にファンプレイヤー達が盛り上がった。
「楽しかったよー!」
「今回も綺麗だったー!」
「歌もサイコーだったー!」
「ハピラキちゃーん!」
返答を聞いてアイドルのカンストプレイヤー……ハピラキは笑顔を返す。それだけでファンプレイヤー達は更に盛り上がる。
「さーてと、いつもならこれで終わりなんだけど、もう少し見たいよー、って人がいるかもしれないよね? だ、か、ら……」
ここで一部のファンプレイヤー達が騒ぎ始めた。彼等は今回のハピラキのコンサートを初日から見ているコアなファン達で、この後の展開をすでに知っているのである。
そして、ハピラキはマイクに向かって叫んだ。
「カンストプレイヤーさーーーん、いませんかーーー!? もしもいたら、バトルしませんかーーー!!」
(コレは、凄いな)
恐らく今回のコンサート中、応じれないとメッセージしたにも関わらずにカンストバトルを挑んできたカンストプレイヤーがいたのだろう。
そこでハピラキは考えたのだ、このバトルさえコンサートの余興の一つにしてしまおうと。
勝敗に関係なく盛り上がるだろうし、しかし周りはハピラキのファンに囲まれた相手にとっては完全アウェー状態、ハピラキの方が戦いやすいに決まっていた。
そんな中でも挑んでいたカンストプレイヤーがいたのか、と思うシュレイを余所に返答の無いハピラキは、
「あれぇー? 今日は来てないのかなー? それなら本当に今日はお終いかな?」
再度呼びかける。それにシュレイは答えようとするも……少しだけ考えてしまう。
(あの相手に対するのに、ここはこれ以上ない不利な舞台……向こうはこちらに気付いてないみたいだから、ここで答えなければ無理に戦わなくてもよくなる。少しでも不利な状況は逃れたい相手である……けど)
「うーん、それじゃあ今日はここまで…」
「はい、ここにいます」
シュレイは手を挙げて宣言した。それにファンプレイヤー達は振り向き、ハピラキは頭上のライトを一つ動かしてそちらへと向けた。
「自分はシュレイ、スティールのカンストプレイヤーです。イベントバトル、受けてくれますか?」
この場の視線を一点に集めながら、シュレイはバトルを申し込んだ。
(それでも、やってみないことには分からない)
いつもの答えに、行き着きながら。