サンボンデ
リバーワームは一度倒されると、リアルタイムで午前零時を過ぎないと現れないというシステムがあり、今日はもう現れなくなったストーンリバー上流の開けた場所に最初のシュレイ対クリティカ戦と同様の距離を開けてクリティカとリリハが向かい合っていた。
すでにバトルの了承は終わっており、それぞれ武器も構えている。クリティカは蛇腹剣で、リリハは三日月を模した鎌。残り20のカウントが終わればバトル開始となる。
ただ、先程とは異なり対戦する2人の上にはHPケージではなく、3つの球体が浮かんでいた。
観客に混ざって見ているシュレイは、リリハの言葉を思い出す。
『ルールは……ワタシが決める』
挑戦を受けたんだからリリハが自分の有利になるルールを決めればいい、と耳打ちした結果が、先に3発有効打を与えれば勝ち、というルールだった。
なるほどこれならクリティカの会心力による攻撃でHPを多く削られるということはなくなるし、どちらかが3発もらえばバトルはすぐに終わる。
なにより……
「なぁシュレイさん、アンタあのカンストプレイヤーと知り合いなんだろ?」
そこで話しかけてきたのは、先程シュレイと共に難を逃れた鎧のプレイヤーだ。
「えぇ、まぁ」
「このバトルどっちが勝つと思う? というかあのプレイヤーは強いのか?」
「そうですね……」
いつの間にか周りのプレイヤー達も聞いていることを感じながら、シュレイは語り始める。
「一応はカンストプレイヤーなので、ステータス値は上級者レベルでしょう。とはいえクリティカさんよりカンスト値以外の多くは低いかもしれません」
それにリリハが装備している『月光と兎』シリーズの防具、アレは空中ジャンプという特殊能力と引き替えに防守力は高くない。HP勝負ではないとはいえ、防具によっては有効打にならない軽い攻撃が入ってしまうこともあるだろう。
「じゃあクリティカが勝ちそうって事か」
「いや……リリハはそういう値で計れないものがあるので……下手したら…」
その時、
「さぁ今度こそ勝たせてもらうぜ!」
いつの間にかカウントが終わり、クリティカ対リリハのバトルが始まっていた。
「先手、必しょょょょう!」
先手はクリティカ。蛇腹剣を振り上げると、一気に振り下ろして刃をリリハへと伸ばした。
「……」
対するリリハは蛇腹剣の一閃を避けると、クリティカとの距離を一気に縮め。両手で持った鎌で斬りかかった。
「おぉっと!?」
伸縮を待つクリティカはバックステップで一撃を避け、刃が戻ったと同時に再度振り切る。しかしそれもあっさりとかわされ、カウンター気味のリリハの二撃目はクリティカの身体を貫通、頭上の球体を一つ潰した。
「このっ! だったらコレでどうだ!」
クリティカは中空よりシミターを取り出し、蛇腹剣と共に二刀流となる。
その一瞬、リリハから視線を外しただけで。
目の前にいた筈のリリハはその場から姿を消していた。
「あれ!? ど、どこ行った!?」
「……こっち……」
背後から鎌で袈裟切り。クリティカの球体が残り一つとなった。
「後ろだと!? そんな速いのかよ!」
「これで……終わり」
「させるかぁ!!」
クリティカは前へ飛び込むように転がって一撃を回避。慌てて体勢を立て直すと今度はリリハを逃さなかった。
というか、リリハがその場から動いていなかっただけだが。
「こうなったら、大技で決めてやる!」
クリティカは左手に持っていたシミターを放り投げ、右手に持っていた蛇腹剣を両手で持って空に掲げた。
取り出したシミター使わないのかよ、というツッコミは届かないまま、蛇腹剣は刃を伸ばしてとぐろを巻き始める。
観客プレイヤー達は一度見ている、蛇腹剣の熟練度MAX技。
「蛇の、狂乱!!」
蛇腹剣を振り下ろす、蛇となった刃が目前にいる標的へ……
だがしかし、狂った蛇が兎を捕らえることはなかった。
「もう……終わり」
クリティカが技を発動する蛇腹剣を見上げていて、観客プレイヤー達もそんなクリティカを見ていた。
そんな中でリリハはさっと近づいて、すれ違い様に、クリティカの胴を―――
バトルが終了したというのに、観客プレイヤー達は騒ぐことなく呆然としていた。
「なな、なんだよあの動き、アレがステルスをカンストした力なのか?」
「正確には違います。ステルスは対人戦のバトルでは全くと言って良いほど役に立ちませんから」
鎧のプレイヤーの言葉にシュレイが答えた。
「アレはまぁ、元々持っている特性です」
現実で出来ることはゲーム内でも使うことが出来る。それは英会話だったり釣りだったり地図の見方だったり耳の良さだったり、現実でのスキルがプレイヤーにも反映されるこのゲームだが。
リリハのそれは、見つかりにくさという所だろう。
「ゲーム風に言えば、リアルのリリハもステルスの値がカンストしてるかもしれないって事ですかね」
もちろんそれだけではない。俊敏力を高めての素早い行動と、攻撃後の隙が少ない攻撃での連撃や動作によるカウンター等。低い防守力を空中ジャンプなどを駆使して当たらないことでカバーするバトルスタイルであるのだが。それはリリハに悪いのでシュレイは口にしなかった。
そのリリハが、カンストバトルに勝利したというウィンドウを出したままシュレイの元へやって来る。
「お疲れさま、相変わらず勝負が早いな」
「うん……早く済ませたかったし」
すると、
「お! 今度は2人がバトルするのか!?」
2人のカンストプレイヤーを見て観客プレイヤー達が盛り上がり始めた。
「いえ、今日はもう戦いません」
「右に……同じ」
だがシュレイとリリハに戦う気はなかった。
「では自分はこれで」
「ワタシも……帰る」
シュレイはストーンリバーの中流に向かって、リリハは更に奥へ、互いに逆方向へと歩いて行き、
「そっかー」
「じゃあ今日はもう解散だな」
「とりあえず落ち込んでるクリティカ起こすか」
観客プレイヤー達の声を聞きながら、ストーンリバーの上流を後にした。
ストーンリバー中流、ここはストーリー中でも何回か訪れる場所だが、今の時間はプレイヤーの姿は見当たらなかった。
そうして1人歩いていたシュレイは、
「さて、もう大丈夫じゃないか?」
「うん……他に誰もいない」
声をかけると、いつの間にか逆方向へ歩いて行った筈のリリハが隣に立って一緒に歩いていた。
「今更だけど……勝利おめでとう」
「リリハもな。それで、一つ確認したいんだけど」
シュレイはカンストプレイヤー用のメッセージツールを開いた。察したのかは分からないがリリハも隣でツールを開く。
「さっきのバトルで俺達は会心力カンストプレイヤーに勝った。それがここに書かれている」
シュレイのツールには、一番上の自分の名前が書かれたその下に『1勝0敗0分け』という文字が増えていた。
「リリハも勝った訳だから、同じように書かれていてもおかしくは無い……筈だけど」
ツールを操作すると、各カンストプレイヤーへメッセージを書く宛名ページへと進む。
そこにあるステルスカンストプレイヤーと書かれたリリハの欄には、勝敗は表示されていなかった。同様に、会心力カンストプレイヤーのクリティカの欄にも表示は無い。
「なるほど……ワタシも同じ」
リリハがシュレイに同じページを見せると、シュレイとクリティカの所には何も書かれておらず、一番上の自身の名前の下にのみ勝敗が書かれている。
「まだ更新されてないだけかもしれないが、つまりこれは、他のカンストプレイヤーが誰と戦ったのかは分からないって事だ」
誰が一番勝っていて勝負は避けた方が良いのか、逆に負けているなら勝ちやすいと思うのか、例えばシュレイとリリハのような知り合いで戦った相手の手の内を教え合うことのないように等。最後のは今みたいに不可能だが、そういったことをさせないためではないか。とシュレイは考える。
「多分俺達がカンストバトルの初戦だったとは思うけど、他のプレイヤー達ももう戦っているかもしれない。その勝敗数くらいは知りたかったな」
「どうせ……全員と戦えば良いだけ?」
「そうとは限らない、例えば一定以上勝っておいて、その数が一番ならムリに残りと戦って負けるかもしれないことはないからな」
それが勝敗数が分からないとなれば、勝ち点を稼ぐためにバトルは逃れなくなる。
「それで……結局どうするの?」
「特にどうもしない、一応は勝つつもりでは挑むけど、自分のペースでバトルしたりしなかったりするだけだよ……ただまぁ」
宛名ページを操作しながら、シュレイは言葉を続けた。
「勝敗とは関係無しに、情報収集として戦ってみたいプレイヤーがいるから、次の対戦相手は決定、かな」