第七話
「紹介料」
「えっ?」
俺が誰か剣を教える人を紹介してくれって頼んだら、クメさんが手を出してきた。
何この子、かなり金にがめつい?
「欲しい剣ある」
俺が首を傾げるとクメさんが何やら察したらしく続けて訳を話してくれた。
話すというより殆ど単語だが。
しかし欲しい剣ね、やっぱ本職の剣士や騎士なら剣が趣味になるんだな。だから金が欲しいのか。
以前ちょっとした伝手で知り合った冒険者に剣や鎧の値段を聞いた事があるけど、初心者向けがおおよそ銀貨一枚から。中級者になると銀貨五十枚から。そして上級者ともなれば金貨が何枚も必要になる。ましてや魔法が付与された剣や鎧なら大金貨、モノによっては白金貨が何枚も必要な国宝級の武具まであるらしい。
クメさんならおそらく上級者クラスだろうし、金貨数枚、数百万円する剣が妥当なところなのだろう。
「わたくし、先ほども言いましたけど生憎と手持ちが無いのですぐに支払うことはできません」
「じゃあ奥義の名前考えて」
「超絶無敵神剣の?」
こくりと頷くクメさん。さっき見せてくれたアレだろう。
確かにアレは突進力はあったし、俺の目では全く見えなかったほど速かった。小型の魔物や人間相手なら十分だろう。
だが大型の魔物なら?
居るかどうか知らないけど数十メートルの巨体を持ったドラゴンなら、あんな剣などトゲが刺さった程度だろう。それでは奥義など名乗れない。
やはり奥義なら格ゲーのようにコンボするのがかっこいいと思う。
でもばよえーんまで考えるのは大変だから三つくらいでいいかな?
「クメさん、さっきのは一の太刀にすれば良いと思いますよ」
「一の太刀?」
「そう、あれだけでは奥義を名乗れません」
「なん……だと?」
「あれが初撃です。一の太刀で突進して刺し、続けて魔力を剣先から放って内部から破裂させるのが二の太刀、そして最後に突き刺した場所から上へ一刀両断が三の太刀です。すなわちこれぞ超絶無敵神剣奥義黒き三連星」
「かっこいい!」
黒き、だからな。黒い、だとアウトになりそうだし、そっちは誰かが踏み台になる。
だがクメさんは目を輝かせて俺を見ていた。
何やらものすごく感動されたらしい。
「強くなるにはどうしたらいい?」
いきなり抽象的で難しい質問が来た。もちろん剣の知識など皆無な俺には具体的な回答はできない。だがここで、わかりません、というのはあり得ないだろう。これだけ目を輝かせながら聞いてくる女の子に対し無下に出来るわけが無い。
だからここは一つ、中二的な回答にしてやる。責任なんて知るか。
「過去の自分より強くなることでしょう」
「過去の……自分?」
「例えば今日剣の訓練をすると、おそらく昨日の自分よりほんの僅か強くなると思います。ですが、一日サボると昨日の自分よりほんの僅か弱くなるのではないでしょうか」
「なるほど」
「どんな世界でも最大のライバルは昨日の自分です。自分に匹敵するような他人がいなくとも、昨日の自分より僅かずつでも強くなっていけば、確実に一歩ずつ強くなります。それに他者を目標とすると、それを超えたとき目標がなくなってしまったらつまらなくないですか?」
「うん」
「昨日の自分という目標なら死ぬまで永遠に目標はあり続けますよ」
良いこと言った俺!
まあ現実的には年齢を重ねていく毎に身体も老いていくから、身体を使うような剣だとどうしても肉体的に限界はくるだろうけどな。
「過去の自分に勝つために、これからもずっと奥義の名前考えて貰っていい?」
何で奥義の名前? もしかしてこの子、毎日奥義を考えようって思ってる?
さすがに毎日は無理だ。ネタが尽きる。
でも奥義以外に何かヒントくらいは考えられるかもしれない。
「さすがに毎日は難しいですが、クメさんが躓いたらわたくしも一緒に考えますよ」
「うれしい」
そんな俺の黒い思いとは裏腹に、感極まったような声を出し目を輝かせたクメさんが、いきなり俺の前に片膝をついて手に持っていた剣をまるで俺に差し出すようにしてきた。
え? え? どうしたのクメさん?
などと思った矢先、クメさんの身体から燐光が発し、まるで蛍のようにクメさんの身体の周囲を飛び交った。
すごく幻想的な光景だった。
クメさんの肩で切りそろえた赤い髪からも燐光がふわっと浮き上がり、踊るように空へ舞っていく。
それに見惚れていると、クメさんは下へ向けていた顔をくいっと上げ、俺を見上げてきた。
それは普段の無感動っぽい顔つきではなく、凜とした騎士のような顔だった。
<我が名クーメレイテア=ベルシデリィ、永遠なる忠誠を証とし貴女に捧げ、我が剣を持って敵を葬り去らん事を誓います>
まるで騎士の誓いのような口上。
そしてクメさんが言い終わると周りを飛び交っていた燐光が次第に一つに集約していく。
次の瞬間、カッと眩い光を発し、思わず目を塞いでしまう。
夜にこんな眩しいものが目の前で光るのは辛い。
「手にとって」
クメさんの声にはっと気がつくと、俺の目の前には淡い赤色の光で形取られたブレスレットが浮いていた。
たぶんこれってさっき集約した光で出来たものだろう。
さ、触っても熱くないよな? 火傷しないよな?
「はやく」
「あっはい」
クメさんにせっつかされられた。
ええい、ままよ!
わしっ、という擬音語がぴったりな感じでブレスレットを掴む。すると俺の中にあった魔力がそれにどんどんと吸い取られていく感じがした。
それと同時に徐々に目が熱くなっていく。
これは俺がいつも魔力を使うときに起こる現象だ。おそらく他から見ると、俺の目が赤から深紅へと変わっていくのが分かっただろう。
暫くそうしていると不意に頭の中に言葉が浮かび自然とその言葉を口に出す。
<我が名エーレデル=レイテルにかけて証を受け取りましょう>
言い終えた瞬間、掴んだブレスレットが力を失ったかのように光が消え、俺の手に収まった。
改めてそれを見てみる。
銀色の鎖を繋げたような形で、輪の部分の一つが赤色に染まっていて明光している。その光からうっすらと二本の線が出ていて、一本はクメさんに、もう一本は俺と繋がっていた。
この赤い糸のようなものってなに?
これって俺とクメさんは将来を誓い合った仲ということ?
やだ、照れちゃう。
確かにクメさんは黙っていれば可愛いと思うし、あと五年くらいすれば十分許容範囲に入る。しかも中学生くらいの年齢なのにマーテリッテより出るところはちゃんと出ている。
でもさ、耳を斬ってもいいか、なんて聞いてくる嫁は怖い。
浮気したら腕や足の一本くらい斬られそう。拒否したい。
「えっとクメさん、これって何でしょうか?」
「証、いつもつけてて」
ずいっと顔を近づけてきて問答無用で付けようとしてくるクメさん。
その目が怖かったので言われた通り手首に巻こうと手を通した。すると驚いたことに手首へ持って行った瞬間、手首の太さと同じ大きさへ自動的に変わった。
すっげ、魔道具ってやつこれ?
「エーレデル様! 何事ですか!?」
ブレスレットに感動していると、本邸の方からつかつかとマーテリッテが駈け寄ってきた。
何やらやけに慌てている様子である。
一体どうしたのかな?
「先ほど微弱な魔力を感じました……が……」
俺が巻いているブレスレットを見て、目が大きく開いたのが分かった。
その次にクメさんのほうへと視線を動かし、交互にブレスレットとクメさんを見ている。
「クーメレイテア、まさか証をエーレデル様に?」
「そう」
「あなたはまだ未成年ですがそれで宜しいのですか、クーメレイテア」
「構わない」
そんなやり取りをした後、マーテリッテが一度目を塞いで何か考え始めた。
マーテリッテの慌て具合から察するに、このブレスレットって大変なモノだったのか?
将来を決める赤い糸魔道具なら、確かに重要なアイテムだ。
だがまて俺。そもそも俺の今の性別は女だ。そしてクメさんも女だ。結婚できるわきゃねぇだろ。
つい焦って浮かれて自分の性別を忘れてたよ。
告白じゃなかったのか、残念。
ではこのブレスレットって何だろう?
「分かりました、エグワイド様にはわたくしから伝えておきましょう。そしてエーレデル様」
「はい?」
「わたくしはまだ貴女に証を渡せるほどではございませんし、貴女という存在を見切れていないところもございます」
「はぁ……」
証とやらがこのブレスレットなのは分かるけど、見切れるとか訳が分からない。
でも何となくマーテリッテは俺の事がまだ信用しきれていない、と言っているのは雰囲気で分かる。
でもさ、まだマーテリッテやクメさんと出会ってから数日しか経ってないんだぜ?
そんな相手を信用できる訳ないって。
……あれ? じゃあクメさんは俺を信用したって事かな。
いいのか?
「ですが、エーレデル様はいつかわたくしの望みを叶えてくれるものと思っております。その兆しが見えたらでよろしいでしょうか」
「その前にマーテリッテ」
「何でしょうか?」
「このブレスレット、何ですか?」
信じられない、という顔で俺とクメさんを交互に見る。
そんな顔をされても、突然だったし何の説明もなかったし。
「クーメレイテア、まさかエーレデル様に証の事をご説明してないのですか?」
「面倒」
「貴女ね……」
はぁ、と大きくため息をつくとブレスレット、というか証について説明してきた。
証とは、忠誠の証の事だそうだ。要はこれから先ずっと裏切らずアナタに忠誠を誓いますって事。当然受け取ったらキャンセルは効かない。
そして証は身につけられるものに変化する。俺の場合はブレスレットだったけど、ペンダントやピアスやシュシュ、あるいは男なら指輪や場合によっては短剣などになるらしい。
こうして生まれた証は魔道具になっており破壊することはできない。そしてこれが壊れた時は忠誠を捧げるものが死んだ時、あるいは裏切った時のみだそうだ。
ただしこれは非常に重い。
自分よりも主を優先した生き方になるし、主の命令には逆らえず、そして不用意に結婚すら出来ない。何故なら結婚相手や自分の子が主に仇をなすような者なら、その者を粛正する必要があるからだ。
主のために我が子を斬ると言うことは心身的にものすごく辛いだろう。
更にクメさんは未成年であり、当然親の庇護下にいる事になる。
だが俺へ忠誠の証を渡したことで、親との縁を切り、俺の庇護下になるらしい。
重要度が親より俺のほうが上だから、と言うことだ。
……え? マジで?
だが俺も未成年で今のところエグワイドの庇護下に入っているから、形式上クメさんはエグワイドの庇護下になるらしい。
エグワイドからすると今まで単なる雇いの部下だったクメさんが、いきなり庇護下になるということは、それ相応の責任がエグワイドにかかる。
つまり日雇い社員から正社員になった感じ。
ああ、だからさっきマーテリッテはエグワイドにこの件を伝えるって言ってたのか。
それにしてもパパ、大変だね。
心労で倒れないように厳選スラム産茶葉だけでなく、ワインも持って行ってあげよう。
酔っ払って何もかも忘れちまえ!
「ところでクメさん」
「ん?」
「もう証を受け取っていますから後戻りは出来ませんけど、本当にわたくしで良いのですか? 正直、なぜクメさんがわたしに証を捧げたのか分からないのですよ」
「エーレデル様は私に奥義の名を授けてくれた。しかもこれからずっと奥義の名を考えてくれると言った」
あ、そういえばそんなこと言ったわ。
……って、そんな事で自分の一生を俺に!? 良いの? 俺についてくるなんて、人生損するかも知れないぞ?
「私にとってとても重要。剣に厭いた私に目標をくれたエーレデル様は私の主に相応しい」
一歩ずつ俺に近寄ってくるクメさん。その目は輝いていて一片の曇りも無かった。
ここまで女の子に信用されたら俺だって漢だ、責任くらい持ってやろう。パパがな。
クメさんは俺の目の前まで近寄り、だから、と言って俺の耳元で囁いた。
「耳一つ斬って良い?」
「ダメです! 却下! あげません!!」
「ちっ」
非常に、心底残念そうに舌打ちするクメさん。
証を貰っても言動は変わらないらしい。
次回はクメさん視点です




