第六話
「マーテリッテ、わたくし剣を習いたいのです」
「唐突ですね、エーレデル様」
七十二時間耐久(笑)と言いつつしっかり夜は寝てた貴族年表勉強が終わった翌朝、朝食を食べながら俺は予てから考えていた剣の事についてマーテリッテに相談していた。
やはり日本男子足るもの日本刀を持ってばっさばっさと切りたい衝動に駆られても不思議ではないのだ。
それ単なる辻斬りじゃね、と一瞬思ったけど魔力を打ち出しつつ剣を振るって、なんか魔法剣士っぽくてかっこいいよな。やはりこれからの時代は魔法剣士だよ。
そんな俺の熱い想いとは裏腹にマーテリッテのは呆れた表情をしていた。
なぜこの熱い想いがマーテリッテには分からないのだろうか。不思議でならない。
「そうですね、まだエーレデル様には覚えて頂く事はたくさんありますが、夕食後に一時間程度なら良いかと思います」
「いいの?!」
エーレデル様が剣? そんな事よりもっと貴族としての勉強がたっぷり残ってるからダメ、なんて冷たい目線で却下されると思ってた。
「時間の都合がつけば、なるべくエーレデル様のやりたいことはやらせるように、とエグワイド様から依頼されておりますので。でも、なぜ剣を覚えたいのですか?」
なんと!?
エグワイド偉い! さすが俺のパパ、太っ腹だぜ。
……全く関係ないけど十歳の養女がパパって呼ぶと何となく怪しい雰囲気が漂うな。
「先日騎士に負けてしまいましたから、そのリベンジを行いたいのです」
「はぁ……左様ですか。それは領主の一員としてのエーレデル様の権限を持ってその騎士を断罪する、と言う事ですか?」
マーテリッテの言葉を聞いて、はたと気がつく。
俺は辺境伯家の養女になった。すなわちこの領主の子である。それは領の中では一番偉い貴族の一員だ。
そんな高位の貴族がある貴族に対してリベンジと言うと、それは領主の一員が下位の貴族に対して断罪するとなるのか。
これは発言に気をつけなきゃいけない。
「いいえ、違います。彼に負けて悔しいので勝てるように剣を覚えたいと言うことです」
「わざわざエーレデル様が剣を覚えなくとも、その騎士との模擬戦をクーメレイテアに任せればよろしいではありませんか。クーメレイテアはエーレデル様の護衛ですので、彼女が模擬戦で勝てばそれはエーレデル様の勝ちとなりますよ」
「違う、そうじゃないんだ! 自らの力でもぎ取ってこその勝利なのだよ!」
「言葉遣い」
「自分で勝たなければ意味がないと思います」
「優れた配下を持つのも領主の一員としての能力かと思いますが……どうやらエーレデル様の価値観は貴族とは異なりますね」
そりゃそーだ。前世も普通の社会人だったし、今世もスラム出身だしな。
「ところでエーレデル様を捕獲したという騎士はどなたでしょうか?」
「……捕獲って言い方悪いと思います、わたくしは獣か何かでしょうか。あと騎士の名前は知りません」
「ソーレイ」
俺が知らない、と言うと、ぼそっとクメなんとかさんが呟いた。
なぜクメなんとかさんはその騎士の名前を知っているのだろうか、と思ったけど多分彼女は騎士団の見習いか関係者だから知ってても不思議じゃないか。
だが、ソーレイの名を聞いた途端、ああ、とマーテリッテが苦笑いした。
「マーテリッテはソーレイという騎士を知っているのですか?」
「知っております。むしろ知らない者のほうが多いと思いますよ」
そして長々とソーレイなる騎士について説明された。
ソーレイ=サーチレクス子爵家長男二十三歳、いわゆる次期子爵家当主であり、騎士団の第二部隊第一分隊長だそうだ。
分隊長、と聞くと微妙な役職と思いきや、実体は騎士たちの中でも相当実力の高いものが分隊長になるらしい。
その上の隊長や騎士団長は、ほぼ毎日が書類仕事で実戦に出たとしても指揮しかしないから、強さ的には大したことはないそうだ。実戦から離れると徐々に弱くなるのは仕方ない事だね。
だが分隊長は十人前後の騎士を引き入る分隊のリーダー的立場で、敵と戦いつつ分隊の指揮を行う事から、実力の高いものしかなれないそうだ。
騎士団長が部長、隊長が課長、分隊長は係長や現場リーダーって感じだな。確かに前世の会社なら課長以上は管理職なので人の管理が主な仕事だから現場から離れていくのも仕方ない。
騎士団は六つの部隊に分かれていて、第一が要人などの護衛、第二が対魔物、第三から第五が領内の治安維持、第六が魔法使い部隊、となっている。更に対魔物を主体とする第二部隊の分隊は十あり、その中で第一分隊は一番強いそうだ。何しろ魔物に対して一番槍を勤めるところなので、生半可なものならあっさり死ぬらしいよ、怖い。
そんな猛者揃いの第一分隊の長であるソーレイは、騎士団でも一、二を争う実力者なんだって。
ちなみに十年ほど昔まで先代領主がこの第一分隊長として率いてたらしい。
領主がそんな危険なところにいくなよ。
まあ案の定魔物に殺されてしまったため、エグワイドが十七歳という若さでいきなり領主になったそうだ。
パパ、大変だったんだね。そのうち厳選スラム産の茶葉でも持って行ってやろう。
こくりと手に持ったカップに口を付ける。
ああ、お茶がおいしい。
「エーレデル様がいくら剣を覚えようと、ソーレイ相手では勝ち目はないのでは?」
「やる前から諦めてどうするのです、マーテリッテ。もしかするとわたくしに剣の才能があって、超絶無敵神剣とかの剣技が使えるようになるかも知れないではないですか」
「それかっこいい」
マーテリッテは、そんな訳あるかよこの馬鹿、という目だったが、クメなんとかさんはキラキラした目で食いついてきた。
そうだろ? かっこいいだろ? 中二病に掛かってもいいじゃない、だって十歳だもの。
「分かりました。では夕食後にクーメレイテアから教わってください。中庭なら適度な広さもありますからそこでお願いします」
「はいっ! 頼みましたよ、クーメ……クーメ……」
「クーメレイテアです。側近の名前くらい覚えましょう、エーレデル様」
「……クメさんで良いですか?」
「構わない」
「本来はよろしくはありません。愛称で呼ぶのはこの部屋で私用の時のみです」
「わかりました。ではクメさん、夕食後に剣の指導お願いします」
「別料金」
「えっ?」
「クーメレイテアの仕事は護衛ですから、それ以外の仕事を与えるなら臨時的にお金を渡す必要がございます」
知らなかったよ。
でも確かに剣を教わるんだから、それ相応の金は必要だな。
しかし困った。スラムで浚われてから戻ってないから手持ちの金って無いんだよね。
「わたくし、実は手持ちがないのですけど……」
「毎月一回、金貨一枚がエーレデル様に支払われます。その中からわたくしとクーメレイテアの給与が引かれますから、手持ちがなくともご安心ください」
金貨一枚?! そんなに貰えるの?!
この世界の通貨は、くず鉄、銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨、白金貨の七種類ある。
くず鉄十枚で銅貨、銅貨十枚で大銅貨……という形で十倍で位が変わる。
また、だいたいくず鉄一枚が日本円で十円くらいの価値なので、金貨だと百万円になるのだ。
月収百万ってかなりすごくね?
だが、これは罠だ。この百万の中からこの二人の給与が支払われるのだから。
「マーテリッテとクメさんの給与はどの程度ですか?」
「銀貨四十枚ずつです」
……銀貨四十枚、すなわち四十万。二人で八十万。
ということは、残った二十万が俺の給与になる。うん、大卒一年目くらいの給与だな。幸いこの世界に所得税とか年金は不要だから二十万まるまる手取りになる。
っていうか二人とも高いな!
「クメさんはおいくら欲しいのですか?」
「銀貨十五枚。五枚はお情けで残してあげる」
「うぅ……分かりました」
手取り五万になりました。
「エーレデル様はスラムの売上もありますから、そちらで稼げばよろしいかと思いますよ」
「では早くスラムに行っても良い許可を出してください」
「貴族としての勉強に合格すれば出しても構いませんよ」
「お二人とも鬼畜で涙が出てきます」
「さて、エーレデル様の朝食も終わったことですし片付けますので、エーレデル様は勉強の準備をしてお待ちください。わたくしたちは朝食をとってまいります」
完全にスルーされた俺涙目。
でも金は何とかなる。スラムにはまだ備蓄しているモノも金もあるんだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
夕食が終わったあと、クメさんと二人で剣の練習をしに中庭へ行った。
マーテリッテは色々とエグワイドに報告があるみたいで、この場にはついてこなかった。
ひゃっふぅ、女子中学生くらいの子と二人っきりだぜ。
なんて雰囲気ではない。
今までのクメさんの言動を顧みると、彼女が剣を持って佇むと怖いんだもの。
「持って」
クメさんが一本の剣を俺に渡してきた。
不思議な色合いの剣で、材質は鉄ではなさそうだ。
手にとって持ってみるけど、予想していたよりは重くは無い。モバイルノートパソコン二台分、二キロ強くらいか?
しかし軽く振ってみると、重さに振り回された。
剣を振るのはいいけど止めるのに力が必要で、この身体じゃピタっと止めることができない。
そして数回振るだけで腕が疲れてきた。
「クメさん、疲れました」
「……それは剣の技術より体力必要」
「ですよねー」
ああ、分かっていたさ。剣を振るなら体力が必要って事くらい。
多分マラソンして今日は終わりかなぁ。
などと思っていると、クメさんが自前の剣を取り出して俺から十メートルくらいの距離を取った。
「見てて」
そう言うやいなや、クメさんが流れるように剣を振り始めた。
上から下へ、左から右へ。繰り返し振るたびに次第に剣が速くなっていき、風を斬る音が聞こえてくる。
暫くそれを繰り返した後、重心を落とし若干前のめりな体勢で剣を肩の高さまで持ち上げた。
次の瞬間、クメさんの姿がかき消えた。
「ふぁっ?!」
いつの間にか俺の頭の横、数センチしか離れていないような距離に剣があった。
そしてその後、風がぶわっと起こり俺の髪を上げる。
ほんの少しだけ、俺の髪がクメさんの剣に斬られ、風に乗って空へと舞い上がった。
正直全く見えなかった。
こくりと喉を鳴らす。
正騎士と同じくらい強いと聞いていたけど、まさしくその通りだった。あのソーレイという騎士に感じた恐れと同等だ。全く勝てる気がしない。
クメさんがその気なら、俺は気づかないまま頭を剣で串刺しにされてた。
そのクメさんが俺の耳元で囁く。
「エーレデル様の耳、可愛い。一つ斬っていい?」
「良いわけないだろ!?」
「二つあるから大丈夫」
「全く全然これっぽっちも大丈夫じゃねーよ!? 却下だ却下!」
「ちっ」
何とかに刃物、とはよく言ったものだ。
クメさん怖い。
そんな彼女は一歩引いて俺の持っている剣を見る。
「今のは超絶無敵神剣の奥義の一つ。これ使えるようになればソーレイに勝てる」
いつの間にか奥義すら完成していた。
どうやらクメさんはその神剣という名が気に入ったらしい。
「ほんとに?」
「……かもしれない。ソーレイもそれなりに強い」
あれ? クメさんの言い方からすると、クメさんとソーレイって同じくらいの強さっぽいな。
でもソーレイって領内でも一、二を争うくらい強いんだよね。まさかソーレイと争っているのがクメさん?
もしそうなら、これってかなりの戦力が手元にあるよな。
月銀貨四十枚ってのもうなずけるわ。むしろ安いくらいじゃない?
じゃあクメさんの技を吸収すれば、ソーレイに勝てる可能性が出てくるのか。
俄然燃えてきた!
「今の技ってどのようにするのですか?」
「ん、剣をもってこう」
さっきと同じように剣を肩へ揃えて重心を落とすクメさん。
「で、頑張って前に跳ぶ」
「わかんねぇよ!? 頑張ってってなにさ?!」
「……気合いで?」
あ、この子教えるのが下手なタイプだ。
これはダメかもしれない。
いや、もう少しだけ質問してみよう。
「じゃあ相手の剣を避けるにはどうすれば良いのですか?」
「目で見て避ける」
「うん、そうだね。じゃあ目で追えるような剣速じゃなければ?」
「……カン?」
俺は疲れたようにクメさんへ通告した。
「クメさん、誰か剣を教えるのが上手な人を紹介してください」