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第十五話


「ロックレイズ、頼み事があるのですがよろしいですか?」

「何でしょうかエーレデル様。私に出来ることなら何でもおっしゃってください」


 身体強化騒動の翌日、俺はソーレイと打ち合わせするためにロックレイズへと話しかけた。

 マーテリッテは今回の騒動の対処で朝からあちこち駆け回っている、ごめん。

 ちなみに騒動の結末については、パパから今後室内で身体強化禁止を喰らいました、しょんぼり。

 ま、それは当然だから仕方ない。


「ソーレイだけに話しをしたいのですが可能ですか?」

「ソーレイ分隊長だけにですか? 駐屯地に居る間はできないでしょう」


 仕事場でこっそり話はできないだろう。それにあそこは騎士団関係者以外は滅多に貴族など訪れないから俺が行けば確実に目立つ。そうなるとあのトリルコル子爵が出張ってくるに違いない。


「……そうですね、ソーレイ分隊長のお住まいに行けば良いかと思われます」

「ソーレイの家ってサーチレクス子爵家ですよね」


 ソーレイは子爵家の長男だ。次期当主であることから当然子爵の館に住んでいるはずだ。

 もし彼の家にいくなら現当主のサーチレクス子爵は会ったことがないのでどんな人物か事前調査も必要だろう。


「分隊長は駐屯地の近くにある家から通っておりますよ」

「え? ソーレイって子爵家の長男ですよね。なぜ子爵家から通わないのですか?」

「サーチレクス子爵家は駐屯地から少々距離がありまして。今は平民街の一角に部屋を借りています」


 え? ばりばりの貴族が平民街に部屋を借りてる?

 何か意味があるのかな。

 でも彼の住んでいる部屋の近くにいる平民達はどう思っているのか。ものすごく萎縮していそう。


「緊急時に即座に移動できる場所を選んだそうです」

「それならいっその事、駐屯地に住めばいいじゃないですか」

「本人はそれを熱望していたらしいのですが、部屋を用意できる場所が無かったことと、外聞が悪いので取りやめになったそうです」


 四六時中仕事場にいるなんてどこのブラック企業だよって意味になるか。それに駐屯地だから休憩所や仮眠室などはありそうだけど、そこを占領しちゃだめだろうしな。

 それに基本的に二十四時間誰かがいるだろうし、うるさくて寝られなさそう。


「それにしても貴族が平民街に部屋ですか」

「そちらも反対が多数あったそうですが、分隊長が強固に押したそうです」

「周囲との関係が良好であれば良いのですが」

「寝に帰っているだけだそうですので、滅多に隣人と会うことはないそうです。社交などで用事のあるときは子爵家に行くそうですからね」


 ワーカーホリックだ。適度に気を抜かないと倒れるな。

 それにしてもそれだけ忙しいのか騎士団とやらは。

 確かに対魔物部隊だし、定期的に国境近辺まで出向くし、急があれば即座に駆けつける必要もあるだろう。

 駐屯地にいても武具のメンテナンス、鍛錬もやるだろう。

 何より死亡率が高いから随時新人などが入ってくるはずだ。分隊長ならその対応もやらなきゃいけないだろう。


 うっわ、本気で忙しそうだ。差し入れ持って行った方が良いかな。


「ソーレイ分隊長へ話を通しておくのは出来ますが、一体どのような内容なのですか? 場合によってはお断りされる可能性がございます」

「ロックレイズも知っている可能性はありますが、先日騎士団が国境近辺へ行った際、守りの魔道具の色が変化していたそうです。その件で少し話しておきたいことがあるのです」

「私はその話については聞いておりませんが、守りの魔道具に関する事ならビヘイディス隊長か、或いはレイミット騎士団長がよろしいのでは? それにエーレデル様からではなく、領主様からお伝えするようお願いすれば通るかと思われます」


 うん、それは間違ってない。最終的にはそうするけど、でも部署間で話しをする時は最初に根回しが必要なのだよ。

 ここ二週間近く貴族やってるけど、感覚的にはよくある巨大企業に勤めている感じに似ている、いわゆる縦割り社会って奴だ。

 ここも領主一員という役員がいるけど、騎士団長、執行長官、裁判長官、魔法長官という四つの部署がある。

 そして部署間同士は互いに仲が悪く、更に騎士団の中でも第一部隊と第二部隊の仲が悪いそうだ。

 例え役員である領主一員であってもそれぞれの部署がかなり権力を持っているので根回しは必要になる。普通に突っ込んでいくと、なんでお前の為にやらなきゃいけないんだと、お断りされるからだ。

 この前俺はソーレイに剣を教えて貰いにいったけど、トリルコル子爵に見事お断りされた。でも役員という領主の一員だからこそ嘲笑されつつもロックレイズ君を借りることができたのだ。


 ソーレイの権限が現状どの程度あるのかは分からないけど、少なくとも第一部隊の中では相当あるはずだ。

 騎士団の中でも腕が立つし、知名度も高く、更に子爵家の次期当主だ。マーテリッテが言うには第一部隊の次期隊長候補筆頭らしい。

 そんな彼に話を通しておけば今後色々な面でやりやすくなるだろう。特に俺は守りの魔道具担当になってるから、それに直結する騎士団の第一部隊と仲良くなっておくことは損ではない。


「貴族は先に根回しが必要とマーテリッテに教わりました。ですから後々は養父様にお願いするつもりですが、先にソーレイへ話を通しておきたいのですよ。もちろんそのお話の際、マーテリッテやロックレイズにも同席して頂きます」

「かしこまりました、ではその旨ソーレイ分隊長に伝え予定を入れるよう致します」

「私は?」

「もちろんクメさんもですよ」


 どうせ俺の側近は三人しかいないのだ。うち一人は借り物だし選択肢などない。

 うーん、マーテリッテ以外の側仕えが、あと二〜三人は欲しいな。


「ロックレイズ、あと追加で頼みたいのですがわたくしの側仕え候補に心当たりありますか。今はマーテリッテしかいなくて大変なのですよ」

「探しはしますがあまり期待なさらないでください」


 たっぷり三十秒ほど考えたあと、一応探しておくという返事がきた。

 うーん、これは望み薄かな。


「いえ、本人が望んだとしても親がどう出るか不明なのです。伝手がある中で成年してるものは大抵婚姻や結婚しているものが多く側仕えになれませんし、未成年だと親の許可が必要なのです」


 これ無理だな、という表情を読んだのかロックレイズ君が慌てて言葉を追加した。

 しかし婚姻や結婚していると側仕えになれないんだ、へぇ。別に子が独り立ちしてもうやることないご年配の方でも良いんだけどな。

 って、そういやロックレイズ君もまだ未成年だった。そりゃそんな年齢の子が自分の親世代に伝手なんてないか。

 ふむ、ロックレイズ君は騎士団でいじめられっ子だったのに、よく伝手なんて持っているな。もしかして庶子同士の伝手かな?

 庶子だと貴族相手の結婚はかなり厳しいらしいので、大半は金持ちの平民と結婚する。そして平民と結婚すれば平民扱いになり、貴族でなくなるから側仕えにできない。

 また未成年は親がうまく上位の貴族へ取り入れる事ができる将来を買って認知している。そんな淡い期待を抱いている庶子に元平民の俺の側仕えなど寄越さないだろう。

 元平民という肩書きさえなければ領主の一員の側仕えだし、おそらくあちこちから殺到するだろうに、全く面倒くさい。


 俺に一礼して部屋から出て行くロックレイズ君の後ろ姿を見てつくづく思った。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 これから側仕えや護衛を増やそうと思うと、どうしても金が必要だ。

 なので昼食後マーテリッテとお茶をしている時に一般的な側仕えや護衛の月給を聞いてみた。


「マーテリッテ、一つ聞きたい事があるのですが」

「何でしょうか?」

「ごく普通の未成年の側仕えや護衛ですが、雇うとどの程度給与が必要ですか?」

「未成年ですとどちらも大銀貨一枚ですね」


 未成年で月給十万か。

 でも未成年のクメさんは月給四十万円だよ?


「クメさんは未成年ですが大銀貨四枚ですよ?」

「クーメレイテアは、十歳の頃にソーレイと模擬戦で引き分けるほどの腕を持っているのですよ? 正直なところ安いくらいです。また僭越ですがわたくしもエグワイド様に認められ魔力奉納要員として名を連ねております」


 つまり二人とも有能だから月給四十万円でも安いくらいだよ、って言いたいのか。

 でも月給四十万円だと年収五百万いかないのだ。有能な人物なら一千万の大台に乗っていても不思議じゃ無いから、四十万は格安と言うことなんだな。

 ちなみに平民は月収銀貨十枚程度で、その金額で四人家族が一ヶ月暮らせる。つまり貴族の未成年と一家を背負っている平民お父さんが同じ給与って事だ。

 いかに貴族へ金が集まっているか、これだけでも分かる。

 ただし裕福層を削る気は今のところないし、そんな権限もない。

 騎士団の第二などはソーレイの忙しさを聞くだけでもブラック企業な部署だ。しかも命がけ。それで給料が安かったらやってられないだろう。今いくら貰っているのかは知らないけどさ。

 他の部署は知らないけど似たようなものだとすると、これを削るのは愚策だ。反乱が起こるだろう。

 削るなんて事、今のところはできないと思うけど。

 取りあえずまずは、この街でなく他の街も含めた貧困層をなんとかするところがスタートだ。

 

 話がずれた。

 とにかく銀貨十枚か。

 ロックレイズ君も同額だとすると、俺の毎月の残り金額は銀貨十枚になる。

 そしてスラムでは毎月だいたい金貨二枚くらいの収入だ。正直心許ない。

 新しい商売、もっと高額商品に手を出していく必要があるな。


「マーテリッテ、高額で取引されるような商品って何かありますか?」

「魔道具でしょう。安価な魔道具でも金貨一枚はかかりますし、大がかりなものになると白金貨も珍しくありません。さすがに守りの魔道具のようなものはそう滅多に取引されませんが」


 数百億の魔道具などそんなぽんぽんと作れるものじゃないだろう。

 しかし最低でも金貨一枚か。

 売るなら一回のみの売り切りではなくできれば消耗品が良いのだが、魔道具に消耗品なんてあるのかな。

 コピー機なんか作れたら面白そうだし、トナー代わりの何かが消耗品になる。白黒なら光を当てて反射した強さを記憶し、それを転写するだけだ。どうやって紙に記憶したものを魔法で焼き付けるのかは知らないし、そもそも需要があるのか不明だが。

 アイロンなら比較的簡単にできそうだけど貴族自らアイロンはかけないだろうし、下手な扱いすると火事になる。

 ルン○みたいな自動掃除機はどうだろうか。でもそれやると掃除係の人の仕事が減る可能性あるし消耗品じゃない。

 ならば紙はあるけどインクしかないので、シャーペンとか鉛筆が作れたら良いだろうか。これは魔道具じゃないけど。

 貴族らしい魔道具なら蹴鞠なんてどうだ。蹴鞠のどこに魔道要素があるのか不明だな。


 だめだ、なにかぐるぐる頭の中でループしてきた。


 いっその事、どこかのヒーローのように一瞬で服を交換できるような魔道具でも作るか?

 常々思っていたけど貴族の着る服は大変なのだ。

 朝起きて軽く湯浴み後、髪を整えて次々と交換しながら今日着る服を決める、これだけで一時間半である。服は最初適当にそれでいいと即決したらマーテリッテに叱られたのだ。

 服を決めてから朝飯に一時間。これも急いで食べると叱られる。

 そしてマーテリッテたちの朝食が三十分、その間俺は予定表に目を通す。

 六時に起きても行動開始するのが九時という実にゆっくりとした朝である。

 時間が勿体ない。

 着る服を瞬時に交換できるのなら三十分以上は短縮できる。


「マーテリッテ、もし衣類を瞬時に交換できるような魔道具があれば、売れると思いますか?」

「売れません。貴族のご令嬢は服を合わせるのも、着替えも楽しむものですから」


 あの苦痛を楽しむ感覚が俺には分からない。

 最初はドレスも三着しかなかったから良かったけど、なぜか一日に一着以上増えて行っているし、今では十着近くになって選択肢が増えて面倒なのだ。

 ドレスを着るだけでも最低十分くらいはかかるのだよ。髪型までセットするしな。

 マーテリッテが言うには、辺境伯家のお嬢様なら一シーズンに二十着から三十着、年間を通して百着くらいは持っているそうだけどね。

 あ、このドレス代は公用なのでパパ持ちらしい。良かった。


「マーテリッテやクメさんもそうなのですか?」

「わたくしは側仕えというお仕事中ですから時間はかけられませんが、昔はそうでしたよ。クーメレイテアは侍女達の着せ替え人形になっていましたけどね」


 クメさんは俺と同じで服なんて興味ないタイプだと言うことだ。

 うん、なんとなく分かる気がする。


「ロイスクレア様は準備に午前中をかけるそうですよ」


 ロイスクレアというのはパパの娘で俺より三歳年下の第一夫人の子だ。既に王都の公爵家に婚約者がいるっぽい。七歳で婚約者とか貴族すげーな。そして俺みたいなパチもん貴族ではなく、生まれた時から辺境伯という生粋の貴族として育っている本当のご令嬢だ。会ったことないけどな。

 ちなみにパパには三人子供がいて、長男が同じ年のハイレス、次男が五つ下のクォレティだ。辺境伯家という高位貴族にしては子供が少ないけど、長男と次男の男が二人いれば十分なんだろうね。


 しかし風呂入って着替えて朝飯に午前中いっぱいかけるのか。なんだそりゃ。

 実に優雅な生活してるなおい。


「そういえば忘れておりました。一週間後にご家族との会食がありますので心構えをしておいてください」


 思い出したかのようにマーテリッテがパパの家族との会食という名の面接予定を入れてきた。この会食を通してようやく正式に領主の一員となる。

 来週はスラム行く予定だし場合によってはソーレイとの話し合いもあるから忙しいな。


「会食ということはテーブルマナーは合格になりましたか」

「正直まだ不安ですが、エグワイド様から急ぐようにとの仰せです。そして会食が終わった後から正式にエーレデル様のお仕事が始まります。出来ればもう少し側近の数を増やして頂きたいと思います」

「ロックレイズにも頼んではおきましたが望み薄ですね。どちらにせよ、まず金策は必要ですので来週スラムへ行くときに色々と考えます」



流れがゆっくりですね。

少し急がせます。


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